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何だか消耗してまんねん。
5年にわたる鬱とのお付き合いが明けてしばらく経つんやけど、闘病期間中に悟らせられて事があってね。
「今までのように全力でぶつかる生き方は疲れるだけで生産的ではない」とな。
それで何とか従来の70%を全力と思うようにして納得してきてんねんな。
今までの人生訓からしたら「何ちゅうだらしのさい」毎日や。
それでも、集中するとこと集中してやってるつもりなんやけど。
そして、これ以上にパワーを上げると周囲とぶつかることが増えてきっと再起不能に追い込まれそうで。
そやけどな。
そやけど、そんな生き方で俺は納得し居てええんやろか。
もう歳やし、波風たてへんという生き方はあるやろな。
なんのために仕事を視tきたんやろ。
自分の保身のためやったか?
時間外でも、ボランティアで幾数回勉強会を切り盛りし、自分の生活なんか二の次にしてたりしてな。
もっともっと、誤解や一方的な責め苦で虐げたれている子ども達に寄り添って救うはずではなかったのか。
少し慣れたら全く違う職場に異動になって、新しい職場で精一杯仕事をするためにはそれまでの専門性とは一旦おさらばしてでも、新職場に求められていることを敏感にキャッチして追求していく。そんな日々ばっかりやった。っそして、そこでもある程度の知見が得られたと言う時に違い職場へ異動となる。
一所懸命やってきたんやよな、俺は。ただ、どこでもそれを続けさせて貰えるようなことはなかった。きっと、上層部の偉いさんは「幅広く経験を積んで」などと、本人の意向や意欲に触れることもしないまま「これが人事育成のあり方なのだ」と決めてかかっておられたのでしょう。
一度でも聴いて頂いたことはありましたでしょうか。もう、定年が間近になって今更そんなこと聴いて頂いても遅くさいのではありますが。
少ない専門職集団であるためなのか、それに対するある買いもある時期を越えて、大きく任用パターンも変わったかと思います。誰が決めてんのや。身近な上司ではないよういにも思う。
我々の専門性は精神科医や専門性のある直属上司でないと適切な評価は出来ないと思っている。
私は、正義感からいたる局面であっても上司の間違った発言や考え方には真っ向から立ち向かってきました。
公務員らしくなかったんでしょうね。きっと、その上司の皆さんにはいぶかしくおもわれていたのでしょうね。
若い頃は「○○○のエース」なんて褒め称えられていたり、「次に○○を引っ張っていくのは貴男よ」なんて評価して頂いた方々はいらしましたが、そんな評価に値する仕事はさせて頂いたことがありません。
定年まで70%でこなせれば最高だと思ってますよ。
あくまで、僕の自己評価に於ける70%な訳ですがね。
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