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管理人:
凄い雪にみまわれました。
17日から19日の間の話です。
約一日半近く停電に晒されました。
私の所のような田舎でもインフラの脆弱さを露呈しましたから、
都会では一端インフラが滞るとパニックと混乱が起こることは
必至と思われます。
雪の猛威は悉く立木をなぎ倒し、その倒れた木は電線をズタズタに
切断し、至る所で停電を余儀なくされました。
倒木は道路を塞ぎ、通行禁止の看板が未だに立っています。
陸の孤島と化した地区さえあります。
電話も携帯さえ繋がらない状態ですから、お年寄りの方々はさぞや
不安な毎日を過ごされていることでしょう。
これも通例の言葉ですが、50数年間生きてきて、初めての経験です。
私の所は比較的短時間で復旧しましたから、大したこともなく、
一晩は、それでも、まさにサバイバルの予行演習ともいうべき夜を
過ごしました。
一週間たっても、10日たっても未だ復旧していない所もまだあります。
噂では、年内は無理ということも囁かれています。
私の家は暖炉がありますから、電気で暖をとるようなファンヒーターや
エアコンは必要ありませんから、リビングに家族一同集まり、暖炉の明かり
とランタンを点け不安もなく、次の日はポータブル発電機を作動させ、
予備ブレーカーに接続させて、リビングの1回路だけ通電させて
普通通りの生活ができましたが、これが、一か月、一年と続くと
そうはいかないことは当然の理です。
でもそうした、想定も考えなくてはならない状況がこれから増えて
来るような予感がしますし、更にこんなものではない創造を超える
ような災害も起きるような予感もします。
皆様も、他人事ではなく、如何にしてこの時代を生き抜くかを
今のうちにお考えください。
残念ながら私たち人類は、肯定的なことよりも否定的なことを信じる
傾向が強いようです。
例えば、宇宙には地球人類より優れた存在はいない。というように
否定的な捉え方をし、肯定的な意識に蓋をします。
又ある人は闇という現実にフォーカスし、それを暴き続け、
終わりのない戦いを繰り返します。
何故かそうした記事に人が集まるのは怖いもの見たさと
否定的なものを信じやすい傾向そのものです。
否定的な出来事、ネガティブなエネルギーを肯定的に捉える癖が
いつしか身についてしまっているのが現実です。
つまり自身の生命の存続に関わるネガティブなエネルギーとは、
恐怖心そのものであり、逆にそれが、高い覚醒効果となって
確かな目覚めを促すという逆説的な展開もあるでしょう。
「備えあれば憂いなし」 ということですね。
それは、ある意味肉体的な存続の話ですが、常に自分は大いなる
存在から守られているということをただひたすら信じることで、
見えないバリアーで生かされていることを感じますし、その時に感謝の
念が奥深くから込みあげてきます。
私という物質的存在として・・
一つ参考になる、災害時の必需品として、ランタンは勿論ですが、
それも手回しのものがいいかと思います。
それと、一番大事なものと言えば、ロケットストーブが一つあれば、
随分と生活する上では、助けになることと思います。
私は手作りのロケットストーブを2つ持っていますが、まだ使ったことは
ありませんが、少ない燃焼材で強力なエネルギーを発しますから、
災害時はきっといろんな意味で役に立つことと思います。
ペロー缶は、ガソリンスタンドでただで頂き、煙突はホームセンターで
安いものを購入、経費で1ストーブ当たり約1800円くらいだったと
記憶してます。
●ロケットストーブの作り方
※私は、一つのペロー缶のみのロケットストーブを2つ確保
しています。十分な火力が得られます。それも少量の木屑又は
牛乳パックがあればそれでも十分なのではないかと思います。
オール電化の家の方は途方に暮れたことでしょう。
依存は支配に繋がります。
電気の有難味は嫌というほど、この時知りますが、全てを電気に
依存するということは、電力会社の支配権の元で生活をするという
ことを気づかれたでしょうか?
次の日、石油ストーブ、それもダルマ型のストーブが飛ぶように売れ、
品切れ状態になったことは言うまでもありません。
暗闇の中での暖かく輝く光ほど安心と安らぎをもたらす
ものはありません。
たった一つの揺らめくロウソクの炎でさえ、私たちは
頼らざるを得ません。
全く停電しなかった場所もありますから、そちらにお住まいの方が
私に仰いました。
「お気の毒に、早く電気がくるといいね」 と・・・
私は、この時ある言葉を思い出していました。
老子の格言の一つです。教訓として私の心に残っています。
「人間万事、塞翁(さいおう)が馬」 ・・・・という言葉です。
その意味は・・・
昔、辺境の塞(とりで)に貧しい老人が
馬を一頭持っていました。が、ある日、馬が逃げ出してしまいました。
村人達は「お気の毒に」と言いましたが、老人は
「さて、そうとも限らぬ」と言いました。
すると数日後、逃げた馬が立派な野生の馬を率いて戻って来ました。
村人達は、「これはよかったな」と言いました。
でも老人は、「さて、そうとも限らぬ」と言います。
立派な馬を手にして喜んだ彼の息子は、ある日その馬から落ちて
足を骨折してしまいます。
村人達は「お気の毒に」と同情しましたが、
老人は言いました。「さて、そうとも限らぬ」。
やがて戦争が始まり、村人達は徴兵されていきました。
けれども、老人の息子は足を折っていたので、徴兵されることもなく
戦死せずに済んだ、という話がもとになっています。
つまり、人生での出来事は、何が不運で何が幸運なのか、一見した
だけではわからない、ということですね。
受験に失敗したからといって、恋人にフラれたからといって、
本当はそれが自分にとって良い結果に結びつくのかも知れない・・・。
と・・言うことなのです。
私にとっては、かけがえのない経験と教訓として今のこの時、
この一瞬を生きています。
光の方へ、光の元へと、そして誰もがその光になることが、
分裂、分断の歴史に幕を下ろす決定権を握っています。
ほんの小さなスピリットの灯として。
小さな 小さなスピリットの灯が集まれば、大きな変化へと続きます。
きっと・・
「光の射す方へ」と舵を切り、真っ直ぐ進む自分をイメージするように
ミスチルの歌詞は、私たちに現実と思っているだけの幻想世界から
本来の世界に導くかのような歌詞が端々に感じられるのは
私だけでしょうか?
「光の射す方へ・・」とエンディングで9回も唱っていることに
何か訴えかけるものとは、あなたの心でしか解からないのかも。
マインドじゃなく・・・
ミスチルというグループのメンタリティーの奥深さを感じます。
「僕らは夢見たあげく彷徨って」
「空振りしては骨折ってリハビリしてんだ 」
「いつの日か君に届くならいいな」
「心につけた プロペラ 時空を超えて 光の射す方へ・・・」
「散らかってる点を拾い集めて真直ぐな線で結ぶ」
「闇を裂いて海を泳ぎ渡って 風となり大地を這う」
「限りあるまたとない永遠を渡って」
「最短距離で駆け抜けるよ光の射す方へ・・・」
●ミスターチルドレン 「光の射す方へ」
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