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日本の全ての子らに告ぐ!
「曙の子らよ、海原の子らよ
花と焔(ほむら)との国、力と美の国の子らよ
聴け!果てしなき海の諸々の波が
日出づる諸子の島々を讃ふる栄誉の歌を
諸子の国に七つの栄誉あり
故に七つの大業あり
されば聴け! その七つの栄誉と七つの使命とを
独り自由に失はざりしアジアの唯一の民よ
1、貴国こそアジアに自由を与うべきものなれ!
かつて他国に隷属せざりし世界の唯一の民よ
2、一切の世界の隷属の民のために起つは貴国の任なり!
かつて滅びざりし唯一の民よ
3、一切の人類幸福の敵を滅ぼすは貴国の使命なり!
新しき科学と旧き知恵と、ヨーロッパの思想と
アジアの思想とを自己の裏に統一せる唯一の民よ
4、此等二つの世界、来るべき世の此等両部を統合するのは貴国の任なり!
流血の跡なき宗教を有てる唯一の民よ
5、一切の神々を統一して更に神聖なる心理を発揮するは貴国なるべし!
建国以来、一系の天皇、永遠に亘る一人の天皇を報載せる唯一の民よ
6、貴国は地上の万国に向かって、人は皆一天の子にして、
天を永遠の君主とする一個の帝国を建国すべきことを教えんががために
生まれたり!
万国に優りて統一ある民よ
7、貴国は来るべき一切の統一に貢献せん為に生まれ
また貴国は戦士なれば、人類の平和を促さん為に生まれたり!
曙の子らよ、海原の子らよ
斯くある如きは、花と焔(ほむら)との国なる貴国の七つの栄誉と
七つの大業なり!」
転載抜粋文献:
「告 日本国」 ポール・リシャール(1874〜1964)著(フランス神学者)
1917年の詩から
大川周明 訳、社会教育研究所
≪転載―――――――――― 終了 ―――――――――――≫
此の詩は、日本人ではなくフランス人の方の詩であることに意義と価値があります。
およそ、100年の時を経て私たちに語りかけ、灯台のように照らすのです。
この詩ができたのは、ちょうど日露戦争が終了して約10年後にできていることに注目します。それまでは、未開の地、極東の劣等民族の「猿」といわれ続けていた日本人が一躍世界の注目を浴び、世界に「日本あり」を轟かせ、列強と肩を並べるまでになっていったのです。
その後、日本はたった一回の敗戦で見事なまでに隷属国家と成り果てましたが、そのDNAはしっかりと残っていたのです。
私たち日本人は灯台元暮らしで、なかなか自分自身のことは客観的に捉えることはできないものです。指摘されて初めて気づくこともある。
しかしながら、その変遷は3・11のときの日本人の世界からの賞賛と尊敬の念で明らかとなりました。政治家や官僚、財界、報道は三流でも庶民は一流であることを見せ付けたことです。それが、世界の奇跡の民の証(あかし)です。
だが何故気づかない。気づけ!気づけ!思い出せ!光の戦士たち
古(いにしえ)の時代から、その魂にきざみし正義と情熱の炎を
その高邁なる気高い使命と精神を!
一人でも多く・・
そして、声高らかに我らが唯一のアブラハムの子孫であると宣言せよ!
スメラミコト出でまし、ミロクの世近づきたり!・・・2012年とはその時
私も影響を受けて下手な詩になってしまいました。<m(__)m>お粗末でした
※天皇陛下の一日も早いご回復を心からお祈りいたします。
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文学
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東日本大震災から今日でちょうど半年が経ちました。
そして、今日は9月11日、ツインタワービルがテロ(本当にテロか疑わしいが)により破壊された日でもあり、ちょうど10年目にあたる年です。
ツインタワーに旅客機が突っ込むシーンは言葉もありませんでしたが、それ以上に3月11日のときのTVで流れる映像はまるで、映画の1シーンでも観るような想像を絶する光景に絶句し、それと遥か海の向こうで起こっていることではなく、日本という身近な現実に起こっていることに「マジかこれは!」という声が何度も出ていたことを振り返ります。
私は、震災後毎月11には、敢えて宮沢賢治を交えたブログを書いてまいりました。
何故かといいますと何度もブログで記してきましたが、宮沢賢治という方は、東北、岩手花巻市の出身で、不思議なことに生まれた年と没年には大変大きな地震が東北地方であり、多くの方々が犠牲となりました。宮沢賢治という方は、僅か37年という短い人生でしたが、その歩いた軌跡は誠に素晴らしく、余に心が綺麗な方であったということが随所に伺えますし、被災されている方を思い、一日も早く心安らかなる日々が戻ることを祈りながら、宮沢賢治という方のメッセージともいうべきものを紹介し、私もそれを自分自身に刻みながらこうしてブログを書いてまいりました。
それも、今日で最後にしようと思います。が、決して3月11日を忘れることではなく、新しい未来に向けて、一日も早い復興を願うことは変わりありません。
宮沢賢治という方がいかに素晴らしい人であったかということは、
(私はそう思います)
大まかな内容は過去のブログに載せておりますので省きますが、人はいかにして短い人生を奉仕と献身の心で生きることが大切かを説いておられます。
人の死とは余に儚く、あっけないものであることをこの震災で知りました。
運命とか寿命とかで片付けられるものも、それまでにどれだけ懸命に生きたかを問われることになることを宮沢賢治という方は問うておられます。
私は、死後の世界というものを見たこともなく、その類の霊感といわれるものも全くないし特定の宗教にも属しておらない普通の平凡な人間ですが、かつて自らの命を賭けて死後の世界というものを切々と語りかけてこられた、人類史上類稀なる偉人といわれております、「釈迦」や「イエス、キリスト」が説き人類に残したものを一笑に付すことなどできないと思っております。
現代は、特に日本においては余に刹那的な自己中心的な事件というものが多発し、世界一安全で治安の行き届いた国は日本であるなどということは、過去のこととなりつつあります。
その刹那的な人間の行動とは、私は宗教観に裏打ちされているものだと思っております。あまりに唯物主義的で物欲、性欲、金銭欲は留まるところを知らない、徹底した個人崇拝の産物でもありましょう。
私は過去のブログでも宮沢賢治の「詩・生徒諸君に寄せる」を載せましたが、この詩を原案として宮崎駿氏の「コクリコ坂」の中の挿入歌に「紺色のうねりが」という歌が流れるということをあるブログで知り驚きました。
私はまだこのアニメ「コクリコ坂から」を見ておりませんが、
3月11日以前にこの作品は既に出来上がっていたので、意図的に宮沢賢治のその詩を使ったのではなく偶然でしかないようですが何故か不思議な感じがします。
私には、この歌が宮崎駿氏を通じて現在の私達に語りかけている宮沢賢治のメッセージのように思えてなりません。
紺色のうねりが
紺色のうねりが のみつくす日が来ても 水平線に 君は没するなかれ われらは山岳の峰々となり 未来から吹く風に 頭をあげよ 紺色のうねりが のみつくす日が来ても 水平線に 君は没するなかれ 透明な宇宙の 風と光を受けて 広い世界に 正しい時代を作れ われらは たゆまなく進みつづけん 未来から吹く風に セイルをあげよ 紺色のうねりが のみつくす日が来ても 水平線に 君は没するなかれ 見れないときはこちら
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あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだめの小いぬ
ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひつゆとしもとをおとす
アンドロメダのくもは
さかなのぉくちのかたち
大ぐまのあしをきたに五つのばしたところ
小熊のひたいのうへはそらのめぐりのめあて
作詞・作曲 宮沢賢治
まもなく、東日本大震災から4ヶ月が経とうとしています。
毎月11には、震災に係ることを綴ってまいりました。それも、宮沢賢治を敢えて取り上げて、ブログを書いております。
宮沢賢治という方は、何度も申しておりますように、東北、岩手の花巻市の生まれで生誕の時と没年に東北で大変大きな地震がありました。
僅か、37年間の生涯でしたが、その生き方と数々の詩や歌や童話は今の私達に貴重なメッセージを送り続けています。
宮沢賢治の「星めぐりの歌」は、「銀河鉄道の夜」の動画中に織り込まれて流れてきます。
「赤い目玉のさそり」・・・アンタレスは蠍の心臓。さそり座で一番明るく赤く輝く恒星です。
北十字(白鳥座)から始まる銀河鉄道の旅は、途中、赤く燃えるアンタレスを
通ります。そこに、乗り込んできたのが、二人の幼い兄妹と一人の青年でした。
彼等は、船が氷河にぶつかり沈没したときに、自分達の乗るはずだった救命ボートに自分たちよりも小さな子どもを乗せるために、自己犠牲の精神で諮らずも命を落としたのでした。
まるで、タイタニックの物語のようでありますが、賢治もそれを意識していたのでしょうか?
赤い炎(アンタレス)が列車から見えたとき、ジョバンニは「あれ、何だろう?」と聞きます。
すると女の子が蠍の火の説明をします。蠍はいい虫だと・・・
ジョバンニは蠍は悪い虫だと反論しますが、女の子は続けます。
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さんそう云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。蠍は一生けん命逃げて逃げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで蠍は溺れはじめたのよ。そのとき蠍はそう云ってお祈りしたというの、 利己主義のためだけに生きていた蠍(人)は最後に命は尽きようとしたとき、生涯の自分の姿にはっと気づき、此の次生まれ変わったなら必ずそのような生き方はしまいと神に誓いました。しかしながら、既にもう遅かった。悲しく儚い物語であるのですが、此の中に込められたメッセージは私達に必ず来るところの死に対する死生観とそれと相反する人生観を問い続けています。
どう生きるかは、あなた方一人ひとりに係っている。しかし、死と向き合った時に決して恥じる人生であってはならぬと・・・奉仕の心、献身の姿、慈悲の心、自己犠牲の精神、こうした姿は、かつての戦争で散っていった兵士の方々は持っていたと感じます。そして、今回の東日本震災でも・・・
もう、南の空にはアンタレスが見える頃となってきました。
梅雨のあがった夜空は美しくその輝きを放ち銀河鉄道の夜となります。
アンタレスを見ると、此の女の子の物語の蠍のことを思い出します。
宮沢賢治の生き方に憧れます。
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詩・生徒諸君に寄せる
中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる 諸君の未来圏から吹いて来る 透明な清潔な風を感じないのか それは一つの送られた光線であり 決せられた南の風である 諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか 今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで すべての信仰や特性は ただ誤解から生じたとさへ見え しかも科学はいまだに暗く われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ 諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに 諸君はその中に没することを欲するか じつに諸君は此の地平線に於ける あらゆる形の山嶽でなければならぬ 宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか 誰の仕事がどうしたとか そんなことを言ってゐるひまがあるか 新たな詩人よ
雲から光から嵐から 透明なエネルギーを得て 人と地球によるべき形を暗示せよ 新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から この銀河系を解き放て 衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を 冷く透明な解析によって その藍いろの影といっしょに 舞踏の範囲にまで高めよ 新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を 素晴らしく美しい構成に変へよ 新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って 銀河系空間の外にも至り 透明に深く正しい地史と 増訂された生物学をわれらに示せ おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少くとも千人の天才がなければならぬ 素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである 潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして 諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る 透明な風を感じないのか 宮沢 賢治
「朝日評論」1946年4月号に掲載されました。
宮沢賢治という方は、「雨にも負けず・・・」で綴ったように震災と深く係っていた方であり、岩手県花巻市の東北の出身です。
今日は、震災からちょうど3ヶ月ということで、宮沢賢治を取り上げました。
イーハトーブとは、賢治自信による造語であり、それは地名であり、強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは、著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県であります。
賢治のイーハトーブ理想郷を心の芯から感じ取れる一つの詩であると思うのです。
東北の復興を願い、私達の心の支えとなり輝かしく力強い未来の希望を感じ取れる詩でありましょう。
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「雨ニモマケズ」
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい
宮沢賢治
今日は、東北大震災から2ヶ月が経ちました。
そして一日中降り続く雨。
改めて震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
宮沢賢治という方が生まれて今年で115年目です。
それがどうしたと思われるでしょうが、宮沢賢治という方が生まれた
1896年には東北で大きな三陸地震があり、没年の1933年にも大変大きな三陸地震があったのです。
賢治は東北岩手の花巻市の生まれで生誕のときと没年に大地震があったことは不思議な感じがしますが、この方は非常にストイックな方であったと感じ、又「銀河鉄道の夜」なども読みますと死後の世界を自分なりに描いておられ、天上界という銀河世界を銀河鉄道に乗り旅をする、けなげで純粋なジョバンニとカムパネルラの少年二人の物語となっております。
しかし、このカムパネルラは最早死んでしまっている。
ジョバンニの夢で二人、旅をしながら、様々な方々と出会い不思議な体験をしながら
『人にとっての幸(さいわい)とはなんだろう』と子どもながらに自問自答しています。
そして、ジョバンニが、「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。皆の本当の幸せを探しに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に行こうね」と言います。
カムパネルラは今度はキッパリと、「あゝきっと行くよ」と答えます。するとカムパネルラの目に急に美しい野原が見えてきます。
「あ、あそこにいるのお母さんだ。あそこが本当の天上だよ」
そう言うと同時にカムパネルラの姿は銀河鉄道から消えました。
カムパネルラは天上界に召されました。
自己犠牲の愛を本当に確信できたからです。ジョバンニも同じ思いで、それから銀河鉄道は無限の空へと走ります。
天上の世界に入る条件は「自己犠牲の献身」。これは「愛」という言葉で表現します。お釈迦様は「慈悲」と言われました。イエス・キリストは「隣人愛」という言葉で言いました。孔子様は「仁」という言葉を使いました。
宮沢賢治という方の『銀河鉄道の夜』が日本最高の童話であるとされる所以でもあり、
海外でも賛美の声があるのは、真理を照らしたことだからではないかと思うのです。
私も本当の幸いを探している一人の旅人であり、皆様もそうであると・・・
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