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永住外国人の地方参政権付与は短慮だ \?\᡼\? 1イメージ 1

 党として積極的に推進する「公明・日本共産・社民党」鳩山由紀夫氏や前原誠司氏など賛成派を多く抱える「民主党」党としての見解はまだないが代表が積極的な「国民の生活が第一」、国民の支持を得ることもなく国益に反する行動をとるのは「短慮」やめるべきだ。

 小沢一郎氏の「永住外国人への地方参政権付与」論は、グローバリズムとボーダーレス社会の構築を目指す平和主義的発想からは理想論かも知れない。北欧の国々では一般的に永住権取得者には地方参政権、EU域内では、永住権取得者には相互に地方参政権を与えている。しかし、EU諸国をはじめ多くの先進国においては、移民受け入れは多くの社会問題を惹き起こしている。格差社会の現出と社会保障費の増大をもたらすと同時に、民族・宗教対立などの様相も示している。英国も例外ではない。

 また英国は、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して、全ての選挙において選挙権と被選挙権を与えている。先の英女王即位60周年テムズ川水上パレードを見てもわかるように、英連邦加盟(旧も含む)68ヵ国と宗主国英国との良好な関係と、わが国と韓国・北朝鮮、台湾、中国の関係を同レベルで語ることは出来ない。日本と英国ではまったく事情も違うし歴史も違う。
 外交における2国間関係やアジア共同体などの共存関係の構築は、形から入るのではなく相互の外交努力で良好な関係を作り上げることからはじめなければならない。

 小沢一郎氏は、「永住外国人への地方参政権」付与について、
  1. 外国人の大半を占める在日韓国・北朝鮮の人々は、明治43年の日韓併合によって、その意に反して強制的に日本国民にされ戦前戦中を通し日本に多大な貢献があった。
  2. 国籍を取得する為の法律的要件が厳しく制度の運用が差別的である。
 以上の2点を理由に挙げている。

 しかし、1946年3月までに在日韓国・朝鮮人のうち140万人の帰還希望者が日本政府の手配などにより北朝鮮に帰還している。帰国を希望しない者または特別の事情で帰国できない者のうち、徴用で来日した者は245人が残留した。在日本大韓民国青年会の中央本部が、在日1世々代に対する聞き取り調査の結果をまとめ1988年に刊行した『アボジ聞かせて あの日のことを -- 我々の歴史を取り戻す運動報告書 -- 』にも、渡日理由のアンケート結果として、「徴兵・徴用13.3%」と明記されており、「その他20.2%」、「不明0.2%」を除いたとしても「経済的理由39.6%」「結婚・親族との同居17.3%」「留学9.5%」65%以上が自らの意思で渡航してきたことがわかる。現在、特別永住韓国・朝鮮人数は、推定で38.5万人と言われている。そのうち、終戦後わが国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、特別永住韓国・朝鮮人の中の半分を占めていると言われている。1946年3月の朝鮮人数の調査結果と1988年の在日韓国人アンケート調査結果から、徴兵・徴用によって来日した韓国・朝鮮人数は67,620人を超えることはない。したがって、特別永住韓国・朝鮮人の全てが日韓併合による犠牲者とは言い難い。さらに、地方参政権は国交のある国の国籍を有する者のみに付与するとなれば、人道的見地とは言えず、私的な贖罪意識なのか、ますます根拠薄弱であると言わざるを得ない。

 また、帰化後の姓・氏名について、常用漢字、人名漢字以外の漢字を氏名に使用できないなどの制約はあるものの、特別永住者は帰化要件の一部を既に満たしているため、一般の外国人よりも緩やかな条件で帰化が可能である。特に配偶者が日本人の場合、簡易帰化が適用され通常一日程度で手続きが完了する。したがって、「法律的要件が厳しく制度の運用が差別的」と言うのはあたらない指摘である。人名漢字の追加で済むことだ。それよりも、「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」により「両親の一方が特別永住者であった場合、特別永住許可を申請できる。」こととし、世代交代後も変わらない立場を保証すると同時に、「通名」の公的使用など在日特権とも言える優遇策を設けていることが帰化の促進を阻んでいると考えられる。

 現在のように外交的なトラブルが続出し、双方の国民感情が高まっている時点で行おうとすれば、強硬な反対論者からは「自虐史観に基づくと言われ、対象国からは「自ら歴史的蛮行を認めたもの」ととられ、対日要求をエスカレートさせることにつながる。それでは「良好な外交関係の構築」が益々難しくなる。

日本人と外国人

日本人と外国人 \?\᡼\? 1 \?\᡼\? 1

 日本に永住権を持つ定住外国人の地方参政権問題について、賛否両論を並記している記事を読んで感じたことだが、
 賛成論者はグローバル社会の進行に伴い定住外国人が増え、生活、環境などの様々な場面で密接な関わりを持つ地方行政にあっては、自国民と一般外国人という二分法では現実的ギャップを埋められないことから、ヨーロッパ、特にオランダは居住暦5年以上の外国人に地方参政権を与え、EU内ではマーストリヒト条約の批准で、互いの国の定住者が地方参政権を認める方向で動いているなどの例を上げ、地方参政権は居住と結びつき、国政参政権は国籍によって保障されるべきというものである。また、将来的には血統主義に固執する日本の国籍法の改正も考慮する必要があるとしている。

 反対論者は憲法15条の『参政権は国民固有の権利』であることから、93条の『住民が地方議員や首長を選ぶ』とあるのは参政権の各論の部分で『住民=国民』であり、日本丸という船に乗ってるとはいえ、責任のない人に舵を委ねれば無駄な摩擦やとんでもない事が起こる可能性もある。地方参政権の論議は人権論者の情的な自己主張と戦争犯罪や朝鮮併合に対する贖罪意識に起因した危険な発想である。外国人の意見を行政に反映させる目的なら市政モニター制度のようなものがあれば十分であるとしている。

 この賛否両論は、グローバリズム信奉者の理想論と血統主義者の情的な自己主張ともとれる。確かに、二十一世紀の日本は少子高齢化が進み、労働力不足が危惧されている。また、一方では社会、経済のグローバル化が進みボーダレス時代を迎えつつあるにもかかわらず、政治がそれらの問題に対し有効な対策が取れず経済が縮小し続けるような事になれば、優秀な人材の流出はあっても流入は考えられないことになる。しかし、子育ての心配がなくなり、女性の社会進出と高齢者の雇用が促進されれば労働力の問題は完全になくなるのである。労働力不足を単純労働者の受け入れや移民で解決するような政策は愚作であり、看護士や介護士等の受け入れなどにも一定の制限を設けることが必要である。

 日本は島国で単一民族のように語られるが、先史時代には海を介していろいろな所からいろいろな人々が集まり、長い年月をかけて日本人が出来上がったものであり、決して単一民族でないことは最新のDNA科学でも裏付けられている。また、歴史で私たちが知り得る範囲でも、わが国は優秀な頭脳や優秀な技術者を受け入れ帰化を許し、独特の文化を築き上げてきたのである。長い鎖国時代を経て近代化の時代に血統主義的な発想が生まれたに過ぎず、本来の日本人の発想はもっと開かれたものなのではなかろうか。
 その意味では単に定住外国人に選挙権を与えるのではなく、日本国籍の取得を容易にし、日本をもっと魅力のある国に造り上げるための運命共同体に参加を求める方向で、広く門戸を解放することが重要なのではなかろうか。
2001年1月、 Homepage より

戦後65年のつけ

戦後65年のつけ \?\᡼\? 1 \¤\᡼\¸ 1

 わが国は戦後復興から驚異の経済成長を遂げ、世界第2位の経済大国にのし上がった。しかし、経済成長のみに重点を置いた政策は、いろいろなところで矛盾を生じさせてきた。

 列強の植民地政策に対抗し、植民地を解放し大東亜共栄圏を構築するという「アジア主義」とも言える戦前の日本外交の基本方針が、日韓併合、日中戦争、真珠湾攻撃から太平洋戦争へと繋がり、無謀にも各方面に戦線を拡大し敗色が濃くなっても戦争の終結を図ることはなかった。やがては首都を始めとする主要地方都市への悲惨な無差別爆撃、米軍の沖縄侵攻により沖縄では激戦のすえ軍人のほか島民4分の1に及ぶ犠牲を強いられた。更には人類史上初めての2都市への原爆投下を受け、わが国土は壊滅的な打撃の末、焦土と化し無条件降伏となった。太平洋戦争だけでも一般市民80万人を含む300万人超の戦死者を出した。

 この戦争はまさに犯罪行為である。しかし、それは戦勝国による東京裁判で戦争犯罪が裁かれたからではない。無計画な戦争に国民を巻き込み、戦争相手国や戦場とされた外国人民にも甚大な損害を与え、能力以上の戦いを挑み、そこへ玉砕覚悟で国民を送り出し、目的達成どころか自ら戦争終結を図ることもせず、国民に致命的とも言える犠牲を強い、国家そのものを崩壊させてしまった。これは対外的にも国内的にも明らかに戦争犯罪である。対外的には東京裁判の結果を踏まえ、戦後補償は既に済ませている。それは「了」とすべきであろう。それを改めて問題視する必要もなく、問題にしたところで意味はない。逆に、たとえ善意であろうと、わが国側からそれを崩すようなことをすれば、相手からつけ入られるだけで、わが国の立場そのものの否定にもつながりかねない。あってはならないことである。

 そこを出発点として考えるならば、戦前戦中を通し、さきの戦争に至った要因、戦争推進論や反対論、国内の状況、海外における行動、敗戦に至るまでの戦争遂行の意思決定のプロセス、政府・軍部・経済界・教育現場・国民感情など、事実関係を明らかにした上で、その全てについて国内法、国際法に照らし十分な歴史総括を行わなくてはならない。国民を戦争に駆り立て、国を疲弊させ、全ての国民に多くの犠牲を強いたことについての責任を明確にさせる必要がある。戦勝国による裁判で決着を見るような話ではない。

 国内において十分な歴史総括が行われれば、責任や反省は勿論ある筈だが、歴史の捏造や自虐史観からは解放され、日本の進むべき道も明らかになる。そうなれば、国のアイデンティティの証である 『国旗や国歌』 も意味を成すことになる。国旗掲揚や国歌斉唱を義務付けて監視するようなバカなことも起こらない。周辺諸国から一方的に非難を浴び続け、政権が変わるたびに、『反省とお詫びの気持ちを表明し、戦後処理にも継続的対応を約束する。』など、戦後65年以上も引きずっていてはならない問題である。その上、諸外国から義務教育課程で使用される教科書の中身にまで干渉され、子供たちに真実を踏まえた歴史や社会の教育を行ってこなかった。このようなことはもう終わりにすべきである。

 日本の政治には、結果責任を検証する仕組みがない。これは恐るべきことで、誤った政治が糺され、そこに犯罪性があれば刑事責任を負うのは当然のことである。たとえそれが一兵卒であれ現場士官、参謀、大臣であれ同様であり、命令権者で上位になる程責任は重くなる。兵員が敵前逃亡を図れば軍法会議で最低でも懲役刑は免れない。命令を出す側が玉砕を承知で兵員を送り込む行為は兵員の敵前逃亡の比ではないはずである。これは3.11の東日本大震災に引き続いて起きた福島第一原子力発電所の事故についても同様である。政府事故調、国会事故調、民間事故調の結果を踏まえ、「人災」であり、規制側が事業者側の「虜」となっていたのであれば、意思決定権者に「未必の故意」はあった筈である。しっかり総括を行い、政治システムの変更はもとより、システムを運営してきた責任者の責任追及は司法の場において、為されなければならないものである。

 今からでも遅くはない。先の戦争についての歴史総括については、政治的干渉を受けない第3者委員会を設置し、国民に開かれた形でを行うべきである。また、福島第一原子力発電所の事故についても同様である。

 戦後の日本は国として世界に誇れる明確なアイデンティティーを持たず、曖昧模糊とした国である。国際貢献を求められれば金を出すことしかなく、経済力以上の過分な金を出しても貢献の評価は低いままであった。しかし、農・漁業やものづくりからサービスに至る幅広い産業分野における伝統や最先端技術、基礎研究、応用技術、医療、芸術、文学、スポーツなどあらゆる分野で、日本の卓越した力を世界に誇示できている。

 結論から言えば、日本人の個々のアイデンティティーは素晴らしいものがあるが、国としてのビジョンや方向性がないため、国民にしてみれば帰属すべき器である国のかたちが見えず、国を愛することもできなければ、腰を落ち着かせる場所さえ探し当てられない状態なのだ。

新自由主義の終焉(4)   \?\᡼\? 1  \?\᡼\? 1

新しい価値観による改革への着手時期の到来 

 新自由主義は、市場への不要な政府の介入を排し、市場原理を極力活用した経済運営を行うことが国民に最大の公平と繁栄をもたらす(市場原理主義)と信じ、政府の経済・社会政策に当て嵌め、「小さな政府」を主張し、国営事業、公営事業の民営化、地方分権などを訴え、かつ、進めてきた。

 しかし、コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授によると、アメリカの金融危機を経験して、以下のような問題が浮き彫りになった。これらは日本にも同様に当てはまることで、【】は私なりの解釈である。
  1. 市場は、適切な規制がなければ暴走する。アダム・スミスの『見えざる手』など実際には存在しない。
    過度なマネーゲームの規制:金融機関のデリバティブ取引禁止、ヘッジファンド規制

  2. 金融機関などの市場参加者の動機が問題である。ギャンブルを試みて、成功すれば利益を懐に収めて立ち去り、失敗すれば納税者に負担を求める。銀行救済は富の再分配とは全く逆の流れで、盗人に追い銭である。銀行が利益を得ても、周りに(社会にも株主や社債保有者にさえ)幸福をもたらすことはない。
    預金保険の適用や住宅ローン債務者の救済を優先し、金融機関は破綻処理で

  3. イノベーションが「技術革新」や「経営刷新」などの哲学的な意味のない狭義の解釈で行われる限り、すべてのイノベーションがより効率的で生産性の高い経済に結び付くわけではなく、より良い社会の構築にもつながらない。
    本来は、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する。要は、政策においては目標をしっかり定め、合目的のイノベーションが求められる。
        ・地震津波等の防災設備の充実および地域単位の避難訓練の充実 
        ・地震、津波予知のための観測システムの充実 
        ・地方の活性化と雇用対策 
        ・強い農業は地方・地域の活性化で 
        ・新雇用対策 
        ・再生可能エネルギー利用の充実 
        ・生活コストの削減で新規需要創出  
    国と地方の業務分担を明確にし、地方分権を確立する。地方行政はそれぞれの自主性に任せ、国は地方間格差の解消のために調整交付金の分配を行う。】 
        ・交付金は一括交付金とし、人件費を除き使途の制限は一切しない
    社会保障面では年金の不公平医療制度の無駄生活保護の無駄と必要な人に届かない不公平ミスマッチの雇用支援、「細部に目の届かない老人・障害者・児童・単親家庭福祉」など、全てのシステムにおいて制度疲労を起こしている。このまま無駄や不公平を包含したままでの維持はあり得ない。

  4. 経済が後退期に入ると、必ず財政赤字が発生し税収が歳出よりも速いペースで減っていく。従来の正論(IMFなど)では、「信頼回復」のため増税か歳出削減により赤字を削減しなければならないと説く。しかしこうした政策はほぼ必ずといっていいほど総需要を低下させ、経済をさらに深刻なスランプへと押しやってしまい、さらに信頼を低下させる。早目に手を打てばケインズ派の政策(景気刺激策)は機能する。
    消費税増税の廃止、歳出削減をせずに無駄な歳出を止め、イノベーション事業に投入、イノベーションは、行政における無駄や不公平をなくすことで、官民が胸襟を開き、一体となって進める正攻法によるほかはない。以下の無駄を修正するだけでも9兆円超の恒久財源を確保できる。】 
        ・国歌公務員給与は民間給与の1.5倍、民間レベルに合わせ削減(3割削減可能) 
        ・独法職員給与は国歌公務員給与以上、民間レベルに合わせ削減 
        ・地方公務員給与は国歌公務員給与以上、民間レベルに合わせ交付金を削減
     
  5. 金融政策は単なるインフレ対策だけではなく、一定のインフレターゲットを設定し、円安誘導のための通貨供給が必要である。
    政府紙幣の発行、または国債の日銀買い取りなどで通貨発行量を増やし、イノベーション事業に投入
激甚災害の被災者救済への新たな 「ヒント」 に 

 銀行救済は、日本のバブル経済崩壊時やアメリカの金融危機のような場合に採られるべき政策ではなかった。しかし、一つのモデルケースとして昨年の東日本大震災、台風や集中豪雨などと同様の激甚災害時の被災者救済に応用が可能なのではなかろうか?
 被災者の債務のうち、全壊や半壊で使用不可能となった建物のローン債務、津波の被災エリアで建物の再建築が不可能となった土地に対するローン債務については、復興再建のための資金繰り上、個人の能力では殆ど賄いきれない。阪神淡路大震災や新潟県中越沖地震の例でも、再建のためには2重3重のローンを抱えなければならない例もある。この被災者の窮状を自己責任として見過ごしにせず、百年・千年に一度の未曾有の災害に見舞われたこの機会に、適法に造られ天変地異に見舞われ毀損した土地や建物に対する、『ローン債務の特別免除制度』 (徳政令)の導入を検討すべきであった。これらの未曾有の災害では個人や中小企業債務者こそ救済の対象とすべきである。この官制徳政令であれば、債権者への救済はバブル崩壊時の公的資金注入をモデルにすれば良い。
 しかし、激甚災害の都度同じことを繰り返す訳にはいかない。地震・台風・集中豪雨などの災害の頻度が特に高い我が国においては、損失を社会全体で引き受ける仕組みづくりが必要である。今後、新たにローン契約を締結する場合は、全国を対象地域とし、災害の頻度なども考慮の上、地域ごとの保険料率を定め、生命保険による契約者死亡保障の他に激甚災害保険料を上乗せして、激甚災害補償を設けることも検討されるべきであろう。
新自由主義の終焉(3) \?\᡼\? 1  \?\᡼\? 1

新自由主義者が悪代官と手を結んだ

 プラザ合意の直後は深刻な円高不況であり、輸出産業が大打撃を受けそれを支える下請けの中小企業倒産が続出していた。当時の日本のGDPに占める製造業の比率は高く、円高が輸出産業のみならず日本経済全体に与えたダメージは甚大である。製造業の海外流出もこの時期に本格化した。
 しかし、メディアの関心は円高不況から資産価値の高騰に移り、多くの一般の人々もその雰囲気を感じるようになり、円高不況は忘れ去られてしまった。世間がバブル景気を実感できたのは1988年春頃から1991年秋頃までの数年である。バブル経済が崩壊してみるとこの円高不況が、日本経済に大きな影を落とすようになった。採算性を重視した企業は海外に製造拠点を移し、中小下請け企業の倒産が相次ぎ、国内製造業の空洞化が進み日本経済は完全に失速し、デフレスパイラルが懸念されるところまできてしまった。
 2001年4月に政権の座に就いた小泉内閣は、靖国参拝と郵政民営化のみが彼の政治信条で、ポピュリズムというヒトラー的手法で民主主義を操作する経済音痴で大衆扇動型の人気政治家だった。そこに新自由主義者のつけ入る隙があった。その結果、規制緩和、商業・産業の自由化、国営企業の民営化、大企業や高額所得者の減税、社会保障の削減、インフレ抑制を目指す金利政策、小さな政府、労働運動の抑制、経済のグローバル化・ボーダーレス化、移民政策、労働市場流動化など新自由主義的政策が付け加えられた。

  バブル経済崩壊後の救済の手は、金融機関や大企業にしか向けられることはなかった。 
 バブル経済崩壊後、不動産価格の暴落で担保不動産に評価損が生じ、多くの金融機関は不良債権を目一杯抱えることになり、金融機関の信用不安問題が発生した。不良債権処理を進めれば、金融機関は資本不足となり破綻を余儀なくされる。政府は、金融機能の再生及び健全化を行うため1996年7月に銀行・債権回収会社「株式会社整理回収機構(RCC)」を設立し、それでも足らない分を公的資金注入で補う救済策を採用した。同時に、RCCは「債務者企業の再建可能性に応じ、厳正な回収に努める一方、再建すべき企業と認められる企業については、法的・私的再建手続き等を活用し、その再生を図る」ことをその業務とした。しかし、合計約9兆3000 億円の公的資金の注入にもかかわらず、不良債権問題は一向に解決されなかった。それは銀行が不良貸出先に対し「追い貸し」を行うなど、不良債権処理を「先送り」することを金融庁が認めてしまったためである。
 自力での改善の可能性の他に、一時的な公的資金注入、完全国有化、破綻処理の3種類に分け、各金融機関単位で政府が決定を下す方法だと、裁量権に委ねられるものが出て来るなどの不公平が生ずる。破綻処理したものと救済したものとで、その処理が適切であったかどうかは疑念のあるところである。金融再生を公正なルールで行おうとすれば、債権ごとに良否(Good or Bad)で分け、「Bad Bank」は整理回収機構に、「Good Bank」は、規模の適正化などを考慮した上で、金融機関を単独または合併・統合など、「再建後の健全運営が可能かどうかの見極めをした上で救済する。」方法をとるべきであった。

小泉内閣の唯一の功績
  • 不良債権処理の具体策としては、2002年10月の小泉内閣の金融再生プログラム(竹中プラン)の出現を待つしかなかった。バブル経済崩壊後のそれまでの歴代政権は、政治決断を避け「先送り」などで日本経済に「失われた10年」を現出させてしまった。しかし、再生の過程では、多くの企業が銀行とハゲタカファンドの餌食にされたことも事実である。
小泉内閣は悪代官政治
  • 「構造改革」の中身は、規制緩和による弱肉強食型の経済構造への転換だった。
  • 郵政民営化による郵政サービスの低下と郵政資産の喪失懸念が高まった。
     (不動産のたたき売りとTPP加入による金融資産の海外流出懸念)
  • 「三位一体改革」で地方の財源は大幅にダウンした。
    (国庫補助負担金の廃止・縮減、税財源の移譲、地方交付税の一体的な見直し)
  • 「三方一両損」の医療制度改悪による医療の崩壊が始まった。
    (サラリーマンの医療費負担を2割から3割に。高齢者の自己負担増、診療報酬点数を減額)
  • 製造業務への労働者派遣を解禁で終身雇用制を崩壊させた。
    (非正規労働者・ワーキング・プアの増大、格差の拡大)
  • 国民の懸念をよそに、懸案事項を無責任に、済し崩しに変えていく無法政治。
 国営企業の民営化については、中曽根内閣以降、1984年のNTTの分割民営化を始めとし、JT・国鉄・JAL・KDD・東京メトロ・日本郵政・NEXCOなどが次々と民営化された。従来、公共部門が担ってきたものを民間へと移し、「小さな政府」を作り、努力した者が十分に報われる社会を目指そうと言う「新自由主義」そのものの理想の下に推し進められたのである。その他NHKや社会福祉事業なども候補に挙げられた経緯がある。
 しかし、民営化は目指すべき健全な方向よりも、強者と弱者の二極化が進み、弱者は自然淘汰されてしまう弱肉強食社会にいきなり放り出されたことで、効率やサービス向上の名の下に、公共性や安全性が軽視され、JR西日本福知山線のような大事故を惹き起こす結果となってしまった例もある。

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