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新自由主義の終焉(2) \?\᡼\? 1  \?\᡼\? 1

新自由主義の限界 

 ” We are the 99%”、 アメリカ社会が抱える格差拡大の現象はひとりアメリカだけの問題ではなく、アメリカン・スタンダードによるグローバリズムとボーダーレス社会の浸透で、全世界に及んでいる。

 欧州危機問題では、経済統合と通貨統合だけで、政治的統合が出来ていないために、各国が独自の判断でそれぞれに国債や通貨を発行できるようにしていることが本質的な問題である。その上、GDP、所得、失業率について加盟国間格差の問題と加盟各国の国内における地域格差の問題が存在する。これは、安全装置の付いていない爆弾をいたる所に放置したまま、できるだけ爆弾に近づかないようにしながら日常生活を送っているようなもので、誰かが誤って触れるようなことがあれば、即、大事故が惹き起こされることになるのは自明の理である。
 統合欧州内では最も裕福なドイツが、問題発生の都度、その対応を一手に引き受けなければならないため、ドイツは徐々に疲弊する一方で、ドイツにどれほどの耐性があるかで欧州全体の破綻の時期が決まってくる。そこに至る前にドイツの堪忍袋の緒が切れてしまえば、統合通貨ユーロのデフォルトが決定する。しかし、ドイツが離脱を図っても痛みを伴わなずに切り抜けられる訳ではなく、現在の日本と同様、ドイツは強烈なマルク高に見舞われ、ドイツ経済はデフレとなり、全ての域内対外債権は紙切れとなる。ドイツ国民もしばらくは耐乏生活を余儀なくされることになる。
 ドイツ統合後、希望に溢れ西ドイツ側に移住した元東側の人々にとっては、住みにくい環境から逃れ、所得が下がっても故郷での落ち着いた生活を求め、帰郷する人々が増えていると言う。これは既に、新自由主義的なグローバリズムとボーダーレス社会は終焉を迎え、新たな価値観による改革が進められなければならない時期に来ている証拠であり、一つの改革のヒントになるのかも知れない。

 ロシアもかつてのソ連時代と比較し貧富の差が拡大し、企業による環境汚染は度を越し、従業員や周辺市民への健康被害も広がっている。ソ連崩壊後の自由競争社会は、一握りの成功者を除けば、その他大勢の人々は労働条件も悪く、旧ソ連時代を懐かしむ声が増えている。
 社会主義市場経済体制へ移行した中国も、「官の意思とプランニングによって作りだされ、官がその恩恵のほとんどを享受する資本主義である。この結果、党・政府幹部、国有企業経営者、新興資産家及び一部の党に協力する知識人に富が集中し、一般庶民は所得の伸びが低迷するなかで医療難・就学難・住宅難に苦しむこととなり、改革派・新左派双方から現行路線・政治体制の変革が求められている。」という。

バブル景気の陰に隠された急激な円高 

 1985年当時、アメリカは経常収支と財政の莫大な双子の赤字を抱えており、日本とドイツをターゲットに同年9月22日(日)にG5による「プラザ合意」が交わされ、ドル高是正のために、為替変動相場制移行後における恣意的な相場誘導のための協調介入策がとられた。これによって円/ドルは240円から2年後には120円台に高騰し、一時的には160円近くまで減価する場面もあったが、1995年4月には79.75円/ドルの最高値を付け、以降リーマンショックに至るまでの間、100-130円の比較的安定したレンジ内で変動していた。
 また、急激な円高は、製造業などの対外競争力が弱められ、円高不況に陥った。この不況を脱するために、日本の輸出企業は、売上を国内に移したり、国内生産を海外での現地生産に切り替えたり、部品調達を海外から行うといった対策をとり、その結果、多少の円高は、輸出企業にとって大きなマイナスではなくなった。一方、円高は、対外投資を活発化させ、輸入企業にとっては、コスト減による増収効果など、国全体でみると、円高は景気へのプラス材料と考えられるようになって行った。
 プラザ合意と期を同じくして、中曽根内閣は、経済的自由競争を重視し、民間活力による効率やサービスの向上を目指す公共投資を中心とする内需拡大政策が推し進めた。これらの内需拡大策に加え、日銀は1986年1月に公定歩合をそれまでの5%から4.5%に引き下げ、それを皮切りに、その後約1年の間に計4回の利下げを行い、その結果1987年2月には、公定歩合は当時としては史上空前の低金利である2.5%にまで低下した、また、1986年の逆オイルショックでは原油価格が前年の27ドル台から一気に半分以下の13ドルまで下がった。これら円高・低金利・原油安を契機として、日本は資産の高騰と企業業績の上昇により株価も高騰するバブル景気(1986年12月〜1991年2月)に突入した。土地の最高値時には、東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるという算出結果となるほど日本の土地価格は高騰し、日経平均株価は1989年12月のピーク時には高値38,915円を付けた。この時点では、誰も円高が日本経済にとって、重大なマイナス要因になるとは思っていなかった。むしろ、急激な円高が「日本の自信」となり、バブル景気を加速度的に推し進めた感も否めない。
 バブル景気が始まっても、全ての国民や全ての業種が恩恵を受けるわけではなく、全く蚊帳の外に置かれる業種も少なくなかった。不動産バブルは資産の買い替えなど、投資を伴わずに新たな資産を取得できる者にとっては有利なものとなったが、値上がり目当ての土地転がしに手を染めた不動産・建設業者・個人資産家や一般企業、土地の高騰に伴い最高値で戸建住宅やマンションを購入した者にとっては、バブル経済崩壊後に大きな痛みを伴ってその反動が訪れることになる。また、上昇トレンドと信じて株を信用買いで増やししていった投資家にも悲劇は訪れた。それは、資産価格の暴落による評価損の発生である。結果として、投資に失敗した個人の破産や企業の倒産、それら従業員の失業問題、資金を貸し付けた金融機関の破たんに繋がる不良債権問題が発生した。バブル崩壊ではマネーゲームに奔った者だけでなく、多くの国民や一般企業がその影響を被った。虚言に惑わされ妄想を抱いた結果が大きな損失に繋がったケースも数多い。
 しかし、その後の政府の救済策などを見て誰もが感じたことは、巨大な損失を被った金融機関や大企業は、国費投入や会社更生法や民事再生法などの破綻処理ルールで、債務の減免や経営の合理化案などが示され、それに合意すれば、簡単に救済され、時期がくれば再上場の道も約束されている。しかし、個人や中小企業の場合は、破産や倒産に見舞われ自らの命を絶たなければならなくなる者もでた。バブル経済崩壊とともに「日本の自信」「喪失」することとなった。

   結局、
この新自由主義的社会は、進む方向の正邪はさておき、間違いが起これば事後修正を加えながら、常に上を目指して進むことが求められており、誤った場合の事後修正は、弱者の切り捨てで決着が付けられる。
   ということだった。

   もう一つの問題は、バブル期のドサクサに紛れて、恣意的に焦点がぼかされたと疑いたくなる
円高
   である。
「失われた20年」政官財・言論界に妙案無し(3) \?\᡼\? 1  \?\᡼\? 1

  1、TPP参加とFTA等の拡大で日本再生はなるのか?  ⇒ 偽
  2、日銀改革で円高とデフレの解消は実現するのか?   ⇒ 偽
  3、消費増税で財政健全化               ⇒ 偽

 こうしてみてくると、「失われた20年」から脱却するための特効薬は存在しないことが分かる。では、「失われた20年」のなかで、日本人は一体何を失ってしまったのか。それを知った上で、正攻法で取り組むしかない。

 バブル経済の崩壊と共にあらゆる価値観が変ってしまった。予め用意された軌道に乗れば、幸せな家庭を営み、子供の将来や老後の暮らしに対しても何の心配もなかった。しかし、それらはすべて過去のものとなってしまった。経験的に親から子、師から子弟へ、先輩から後輩へと引き継がれてきた、「教訓」や「価値観」、「自信」、「目指すべき目標」これらは全て失われてしまった。
 先ず、絶対と思われていた土地神話が崩壊した。それと同時に、企業収益改善のためには、不採算部門のリストラやM&Aも企業経営上の選択肢の一つとなった。そして正規雇用労働者の代わりに非正規労働者を採用するなど、終身雇用・年功序列の因習がいとも簡単に葬り去られ、成果主義が取って代わり労働環境も一変した。その結果、企業業績は急回復したが、失業者は街に溢れ社会不安が増大した。昭和後半の一億総中流時代は終焉を迎えたのである。

 それを反映するように、公害や環境破壊が人命を脅かし、甚大な被害が出ているにも拘らず、政府や企業は賠償面での足切りを敢行する。教育面では最も大事な自己の確立や責任負担、他人への思いやり、社会生活への適応などの人間形成よりも必要以上の競争を生み出し、いじめや凶悪または刹那的とも言える犯罪が横行し始めている。わが国はやり得、やられ損の社会と化してしまった。
 しかし、これはわが国だけの現象ではなく、アメリカの反ウォール街デモにもみられる。その抗議内容は「私たちは99%」というスローガンを掲げ、1%の富裕層が米国の富を独占しているとし、富裕層はより高い税金を払うべきだと訴えている。

 行政においては、政策の過ちによる「無駄」「不公平」「海外に比べても高すぎる国会議員総経費」「多すぎる国会議員数」「民間と乖離した高額な公務員給与」「高級官僚の天下り先として設立された独立行政法人への税金投入」など、本来の行政コスト以外のものが国民負担の相当部分を占めている。
 この中で公務員給与を取り上げれば、経済成長段階では、民間が主導し、官はその方向付けや支援のみで十分だった。また、民間が潤えば税収も増え官の懐も膨らむ。だが、バブル経済崩壊以降は国家公務員給与が初めて民間給与所得者男性平均を上回った。これは、GHQの求めで公務員の労働3権(労働者の団結権、団体交渉権、争議権)の制限を設けた際、その「代償処置」として人事院や地方の人事委員会による給与改定勧告制度が設けられた。全くバカな話だが、公務員給与を民間給与所得に比べて低すぎないようにする仕組みだけで、民間に連動させる概念が組み込まれていなかった。そのために、民間給与所得者平均が1998年にピークを付けて下げに転じ、2012年度現在では507万円程度に留まる中、公務員給与のみ624万円と2割超の上方で高止まりしたままである。女性を含む民間給与所得者全体平均412万円に対しては、1.5倍にもなっている。
 民間に連動させるためには、国と地方の公務員と独法職員給与を共に3割削減しなければならない。これによって、一般会計の国家公務員人件費と地方交付税の地方公務員人件費削減相当分、さらには特別会計の独法人件費を合算すると年約9兆円超の歳出削減が可能となる。
 社会保障面では年金の不公平医療制度の無駄生活保護の無駄と必要な人に届かない不公平ミスマッチの雇用支援、「細部に目の届かない老人・障害者・児童・単親家庭福祉」など、全てのシステムにおいて制度疲労を起こしている。
 年金や医療保険、介護保険、生活保護制度は、従来のシステムを維持しようとすると、「不公平が増大し、財源が不足する」、つまり、制度自体が既に破綻しているわけで、そのまま維持や改革を先延ばしする選択肢はあり得ない。早急に制度設計から根本的にやり直すべきである。

「日本再生」 と 「政治への信頼回復」 は、
         〜行政や社会保障における無駄や不正・不公平の見直しから

 不公平の是正は一気に行い、官民が同じスタートラインに立たなければならない。景気が回復し、民間給与が上がり税収が増えれば、当然に公務員給与も同様に上がることになる。このように、官民が力を合わせることで、日本の再生が早められ、国民全体が豊かになることを、官僚にも知らしめることが大事である。

 従来型の経済政策は、政官財の利権の構造が国家の財政規模を増大させ、景気が悪化するたびに国債を増発し財政出動で切り抜けてきた。しかし今や、国と地方を合わせた債務残高が国民資産に迫る勢いだが、政官財界には、「財政出動のみが経済再生の手法」との思い込みが抜けきらない。
 しかし、それはあながち間違いとは言い切れない。だが、国の公共投資だけで経済再生を図ると言う在来の手法に固執せず、国と投資は呼び水として用い、民間投資を促すことが賢明だ。そのためには、バラマキや補助金に頼るのではなく、『知恵や意欲、技術の裏付け』、『行動を起こすための資金』、これらを積極的に結び付ける官民一体のシステムと日本独自の国際企業戦略による地方の活性化と産業構造改革が必要である。
 また、国や地方自治体が計画に入れていない分野でも、民間企業が行う一定の合目的事業について、その投資額を法人税から税額控除することによって投資を促進するという手法も可能であろう。
 
 日本再生は、
  国民負担部分に無駄や不公平を残したままで、
        国民に新たな負担をお願いするようなやり方をする政治家には任せられない。
  無駄や不公平をなくすことで、官民が胸襟を開き、一体となって進める「正攻法」によるほかはなく、
        それを敢行する政治家のみが「国民の信頼を得る」ことになる。

「失われた20年」政官財・言論界に妙案無し(2) \?\᡼\? 1  \?\᡼\? 1
 
  命題2、日銀改革で円高とデフレの解消は実現するのか?
 
 みんなの党や大阪維新などが主張する日銀改革だ。保守派の政治家も注目し始めた。「日銀改革で円高とデフレの解消」を図ろうと言うものだ。日銀法改正の内容は、日銀に物価安定の他に「雇用の安定」に資することを求め、政府が「物価変動目標を定め日銀に指示」し、達成できない場合は「内閣による役員の解任権」を行使できる。その他附則で資産買い入れのための基金の創設を謳っている。
 
 (番外編 日銀の金融政策で財政再建と円安誘導は簡単にできる)
 

※前段の1〜3が高橋氏が提唱する金融政策である。
後段の4〜6は、主義主張に関係なく当然に進めなければならない政策である。

  1. 国債の日銀引き受け、既発債を流通市場から吸い上げ、資金供給量を増やしインフレ誘導する。
  2. ドル円の相対的資金量でドル円相場は決まるため、マネタリーベースを増やせば円安誘導できる。
  3. インフレターゲットを決めて資金供給量を増やせば、名目成長率を上げ税収増を図ることができる。
  4. 歳入歳出は、シーリングを決めずに予算の組み替えを可能にする。(それが出来れば財政再建に消費税は必要ない。)
  5. 公務員改革は必要、給与では、大企業に合わせるのではなく統計上の一番多い層に合わせるべき
  6. 歳入庁を作って徴収漏れをなくすのは世界の流れ
 
「第2の命題」では、高橋洋一氏の1〜3の金融政策は良いことずくめの政策のように見える。しかし、高橋氏の主張する金融政策の本家はアメリカだ。2008年9月のリーマンショック、株価は翌年3月に底値を付け(約半分)、同月の不況終了宣言と共に順調に回復を見せ、2011年に入りリーマンショック以前の株価を取り戻すと、以来大きな下げもなく現在に至るまで上昇トレンドを維持してきた。
2006年2月に前任者のグリーンスパン氏に代わって就任し現在に至っているバーナンキ氏の功績であることは間違いない。確かに、企業収益(株価に反映)や輸出量は世界大恐慌から脱出した戦後の景気回復に迫るものがある。しかし、非農業部門の雇用、製造業の雇用、所得、住宅価格、銀行融資は最悪のレベルにある。
 
 
 この状況について、アメリカの次期大統領候補だったロン・ポール氏は、以下のように述べている。
 「今の2%のインフレ目標が、実際に何なのかについて考えれば、これは、ドルを減価し、その購買力を減らす明白な政策であることが分かる。そして、それは、時間とともに、急速に足し合わさるのである。
 年2%の価格インフレは、十年の内に物価が22%上がり、今後20年の内に50%近く上がることを意味している。
政府の役人たちは、このインフレによる値上げは、平均的アメリカ人に影響を及ぼさないと主張する。なぜなら、物価が上がるにつれて、自分たちの家計を守るために、本物のステーキの代わりにミンチ肉のハンバーガーを、本物のベーコンの代わりにシリアルを代用できるからだと。
 しかし、アメリカ国民は、連邦準備制度と価格インフレのために、自分たちの生活の質が悪くなることを見過ごさない。では、今のまがい物のハンバーガーとシリアルが急騰したら、次に何を代用するのだろうか?
 連邦準備制度は、貸出と消費の押し上げを期待して、金利を低く保ち続けている。しかし、金利をゼロに保つことは、貯蓄する気を失わせる。もしも、毎年、少なくとも2%で失うことが保証されていたら、なぜ、0.05%を生む貯蓄口座に、お金を突ぎ込むだろうか?
 連邦準備制度は、そういう政策で、これまでに世界が知る最大の債務バブルを創り出した。延長するゼロ金利政策は、倹約と貯蓄、すなわち繁栄を築く仕組みを骨抜きにするのみである。資本は、消耗し続け、荒廃に陥り、合衆国は、以前の自分の影に過ぎなくなるだろう。」
 
7/23ウォール・ストリート・ジャーナル日本版は、「米FRBは物価の安定と最大限の雇用という二重の任務を課されている。それは微妙なバランスを必要とする。FRBがインフレ制御に集中し過ぎると、成長を窒息させ、失業を増大させるリスクが大きくなる。逆に、雇用促進に集中し過ぎると、インフレは急速に加速して制御不可能になる。バーナンキ議長はこのバランスを保とうとして苦労している。」と言う。
ところが、議会のバーナンキ批判派の議員の大半は、FRBの金融緩和政策が将来のインフレ加速のリスクを高めていると考えている。これに対し、議会の外では、バーナンキ批判派の大半の人々は、全く正反対で、インフレは将来問題になるかもしれないが、現時点ではそうなりそうにない。また、現在高過ぎる水準とだれもが認める失業率の是正に同議長がほとんど関心を抱いていない、と主張する。
FRBの暗黙のインフレ目標は2%である。これに対し、「自然失業率」を6%とすると、インフレターゲットを4.2%(=米連邦準備制度理事会(FRB)が、現在失業率が目標を上回っている分だけ物価上昇を放置してインフレ目標から遊離させた場合のインフレ率)とする必要がありそうだ。
 
 アメリカの経済政策は、破綻に向かって進んでいるとしか言いようがない。ロン・ポール氏の説のように、インフレはアメリカ人の生活の質を落とし、0金利の中でのインフレは貯蓄の目減りを加速し、同時に債務も目減りする。
 
また、同紙は、以下の発言についても紹介している。
 バーナンキ議長は「FRBがインフレ目標を2%から4%に引き上げたら、企業や世帯はFRBが将来、それを再度引き上げるのではないかと考えるだろうと述べた。そして、FRBの(インフレ)規律に対する信頼がこのように喪失すれば、FRBが将来インフレを制御するのが一層難しくなる恐れがある。」と語った。
 ウィスコンシン大学のメンジ−・チンとハーバード大学のジェフリー・フリーデン両教授は「期待インフレ率を引き上げれば、世帯、企業、政府の実質的な負担を軽減でき、投資と消費の両方を促進する」と書いている。また、FRBに対し、インフレ目標を「数年間、4〜6%のレンジにすべき」としている。
 両教授は、この提案が債権者から「怒号を浴びる」公算が大きいことを認識している。債権者は意図的なインフレ(それは保有する債券の価値を下落させる)を自分たちの資産の没収とみなすからだ。両教授は「ある程度まで、彼らは正しい」と言う。しかし両教授は、いずれにせよこうした債務は完全には返済されないだろうと論じる。債券はインフレ、デフォルト(債務不履行)、破産、あるいは交渉による合意を通じて目減りするものだからだ。そうであれば、迅速であったほうがベターであり、それはあらゆる債務を平等に扱うのだから、少なくとも相対的に公平である。両教授は、このロジックは破綻処理の場合と同一だとし、「債権者にとっては何も返らないよりも若干は返る方がベターだ。債務者にとって救済はデフォルトよりもベターだ。債権者と債務者の双方にとって確実性は不確実性よりもベターだ」と主張する。
 
 この一連のインフレターゲット推進派の主張を見る限り、推奨する理論家自身が「いずれは破綻する」ことを容認しており、このデフレを解消する方法は「ハードランディング」以外にはなく、それに向かって加速することが「」であると考えているようだ。決して円高とデフレの解消のための有効な手法とはなり得ないことを証明するものだ。
 高橋氏の経験則からの提言はあまりにも短期間であることと、大上段に振りかざして行った政策ではなく、極短期政策としてならともかく、長期政策としてその実効性を証明するにはデータ不足である。アメリカの失敗データが全てを物語り、結局、「第二の命題も偽」となる。

「失われた20年」政官財・言論界に妙案無し(1) \?\᡼\? 1  \?\᡼\? 1
 
 週刊ダイヤモンド
       金融政策でデフレ脱却できるか
       グローバル化で日本企業は生き残れるか
       日本経済復活の処方箋、答えはどこにあるのか?
       ・・・・etc
 今政官財界で模索される成長戦略は「TPP参加とFTA等の拡大」と「日銀改革で円高とデフレの解消」と言うものだ。この場合、この二つの命題の真偽は如何!
 
命題1、TPP参加とFTA等の拡大で日本再生はなるのか?
命題2、日銀改革で円高とデフレの解消は実現するのか?
 
  「TPP参加とFTA等の拡大」で日本のモノづくりを復活させ、外圧により国内のあらゆる規制を取り払い、新自由主義型の経済原則で全ての産業やシステムを淘汰させることで、日本を再生させようとする考えである。前もって十分な準備をする時間もなく、走り始めた汽車に飛び乗るという、全く無謀な試みだ。
 
    (伊藤元重の日本経済「創造的破壊」論)
  1. 製造業の急速な海外展開を進め、更なる国際化で日本企業の国際競争力を向上させる。
  2. サービス産業の生産性向上のため、医療・介護制度を破壊する。
  3. 政府債務の削減と、持続可能な社会保障制度構築のために、現制度を破壊する。
  4. 関税ゼロを受け入れることで兼業農家の離農を進め、農業経営者の再編を促し、農業の国際競争力を向上させる。
 「第1の命題」では日本企業の海外展開で国際競争力をつける部分では、海外進出を果たせる企業は一時的な成功を勝ち取ることは出来よう。しかし、彼らが目指す競争力とは価格競争力でしかない。進出先における現地雇用は、その国の経済成長を促し、待遇改善のための労働争議等で人件費は必然的に増大する。企業が十分な収益を確保するには、次の移転先が必要となる。その結果、グローバル企業とは名ばかりの根無し草となったり、資本力が低下すれば、M$A等でより資本力のある外国企業に技術やブランド名まで引き渡すことになる。
 同時に、製造業の海外進出で国内の空洞化は避けられない。外圧に押されての規制撤廃は、従来のシステムの良い部分をも捨て去ることにもなりかねない。特に社会保障関連の国民皆保険的な国策システムにまで外圧による修正が入れば、セーフティーネットの崩壊にもつながる。
 また、農業は食糧安保など、懸念される食糧供給的な側面だけでなく、自然環境の保全にも大きく貢献している。専業農家への支援の他に、環境保全機能システムの構築も必要である。
 これらについて、無策のまま自然淘汰に任せる政策なら、政府も国家も必要ない。TPPやFTAは、日本的な「商売」の世界ではなく、国家間、グローバル企業間の「パワーゲーム」でしかない。これらの経済連携協定がアメリカの流儀(新自由主義的な発想で、アメリカンスタンダードに適合させる形)で進められる限り、「第一の命題は偽」である。

エネルギー意見聴取会の「あり方」についての問題 \?\᡼\? 1

 政府は、現在各地で「エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会」を催し、意見を聞いている。
 「現在、政府は、東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、エネルギー・環境戦略の見直しを行っています。6月29日に、政府の「エネルギー・環境会議」(議長:古川国家戦略担当大臣)は、2030年のエネルギー・環境に関する3つの選択肢(原発依存度を基準に、①ゼロシナリオ、②15シナリオ、③20〜25シナリオ)を取りまとめました。この選択肢について国民の皆様より御意見を直接いただく「エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会」を全国11都市で開催いたします。本意見聴取会では、エネルギー・環境戦略の選択肢について御参加頂く方からの意見表明の場も設ける予定です。今後、本意見聴取会をはじめとした国民的議論を礎として、8月にエネルギー・環境の大きな方向を定める革新的エネルギー・環境戦略を決定し、政府として責任ある選択を行います。」と言って以下の資料を提示している。

       資料:エネルギー・環境に関する選択肢

 各地で開かれた「意見聴取会」で、電力会社社員が堂々と意見を述べている。さすがのマスコミもこれを大きく取り上げ、批判を始めた。


 原発事故の検証として、現在までに、政府事故調の中間報告(2011年12月26日)、民間事故調報告(2012年2月27日)、国会事故調最終報告書(2012年7月5日)が発表されている。次週7月24日には、政府事故調最終報告が出される予定だ。政府は拙速にエネルギー・環境問題の方向性の議論を進めるのではなく、各事故調の報告内容から、国民の安全安心を守るために何をしなければならないかを学ぶべきである。

政府事故調の中間報告では、「原発は一旦暴走したら制御の効かない劣った技術」と言っていた。
国会事故調最終報告書では、「原因は人災である」と言った。

 政府事故調は政府自らが諮問を求めたはずである。また国会事故調は、国民が直接選挙で信任を与えた代表が諮問したものである。少なくとも、この二つの報告を無視した政策立案は、国民への背信である。

 電力会社や電事連、原発関連企業は、国の原子力政策が生み出した「モンスター」である。それが今や『規制側を虜にしてしまった』と国会事故調が報告した。国民から真の声を引き出すつもりなら、利益相反のある電力会社や原子力ムラの側の発言は国民に不信感を植えつけるだけで、彼らにとってもマイナスであることすら分からない無神経さを有していることを証明するものである。

 「意見聴取会」のあり方そのものに問題がある。先ず、以下のについて具体的な資料を提示すべきである。
  • 原子力の利用割合を0、15、20〜25%と決める根拠が不明確
  • またそれぞれの場合の代替手段、
  • 地震や津波に対する安全性が確保されていない原発への必要投資額、
  • 原子炉圧力容器の脆性劣化を考慮した残存耐用年数の明示、
  • 新規建設ができない場合の2030年時点での稼働可能原発状況、
  • 使用済み核燃料の最終処理と原発廃炉に要する費用、
それらを示さなければ、国民は何を根拠に意見を言えるのだろうか?

 政府の姿勢が原発維持なのか、脱原発なのかはっきりせず、意欲的な提案もない。結局「意見聴取会」は、単なるセレモニーで終わってしまうものとしか思われない。国民の多くは0を望むだろうが、15%に妥協するような決着となるかも知れない。仮に中をとって15%とした場合、2030年までに廃炉とするものが多く、15%を維持するために新規建設を認めなければならなくなる可能性も否定できない。

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