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危機管理と安全保障

危機管理と安全保障 \?\᡼\? 1

 わが国は、広島、長崎への原子爆弾投下という悲惨な核攻撃の体験を乗り越え、核の平和利用を決意し、今や原子力発電は電力供給エネルギーの40%を上回る程である。アメリカやロシアの原発事故の先例、至近の例ではわが国の敦賀原発の事故など、その危険性は十分に認識されていたはずであるが、今回の東海村の核燃料処理工場の臨界事故は、企業としての安全対策の欠如はもとより、政府や行政の指導体制の不備、対応のまずさに驚くばかりである。このことは、事故や失敗を経験しても、政府をはじめ関係機関・企業などはすべて場当たり主義で、そこから学習して次へ備える策が何もないことを浮き彫りにした。

 核に対して最もデリケートなはずの日本人がこの様なずさんな取り組みをしていることを知った世界の人々は、先進技術立国を目指す日本に眉唾の念を抱かせずには置かず、日本製品の『安かろう、悪かろう』のイメージを完全に払拭して、『日本製』を世界市場に君臨させた先人の努力も水泡に帰しかねない。そればかりか、広島や長崎の悲劇に疑いの目を向けても不思議ではないのではなかろうか。歴史から学んだ教訓を今に生かせなければ国は危うく、日本の未来はない。

 危機管理とは経済危機やテロ行為、海外から持ち込まれる禁止薬物・未知の感染症、結核や天然痘などの忘れ去られた感染症の潜伏、毒物や放射線の流出・拡散などのほか自然災害や人災など、全国土および領海、領空において発生する恐れのある社会生活上における『あらゆる脅威への国家的対応』である。

 情報掌握、対応手段の即時決定、専門員に因る脅威の拡散防止のための直接的対応、国民への告知、避難誘導、避難または防護施設への収容など、国民の自己防衛意識だけでは解決できない問題についての行政の役割は重大である。アメリカの小説家トム・クランシーの世界が全くの非現実とは言い切れない。

 しかし、危機対応において自治体の長が担当できる範囲は非常に狭い。科学的知識や機動力、指揮命令の徹底は自治体には重荷であり、より専門的な 『危機対応システム』 と、『被災者救済と災害復興の支援システム』 が必要である。

2001年1月6日 Homepage  より
多数派が法までなし崩しにし始めた \?\᡼\? 1

 6月20日に成立した「原子力規制委員会設置法」、「改正宇宙航空研究開発機構法」、双方とも、『安全保障に資する』という文言を付け加えて防衛利用の道を開いたようだ。

「原子力の憲法」こっそり変更   (東京新聞 2012年6月21日 朝刊
 二十日に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、「原子力の憲法」ともいわれる原子力基本法の基本方針が変更された。基本方針の変更は三十四年ぶり。法案は衆院を通過するまで国会のホームページに掲載されておらず、国民の目に触れない形で、ほとんど議論もなく重大な変更が行われていた。・・・・・≫続きを読む

 わが国は核被爆国として、独立国としての権利(核武装をそう主張する国もある)を放棄し、世界の先頭に立って核廃絶を訴え続けてきたわけでもない。対外的または国内の反対派や良識派に対するポーズなのか、あるいはそれが国益と考えたのか、がんじがらめに自らの手足を縛りつけ、大国の核の傘の下で経済成長のみを追い続け、平和主義を叫び続けてきた。
 このこと自体可笑しなことだが、民主的な法案審議の手続きを踏まずにこっそり重要な基本法を改正してしまうことは許されない。しかも、下位法律の附則で上位法の趣旨に変更を加えるなど許されるものではない。必要があるとするならば堂々とやるべきだ。
 このやり方を看過したら、あらゆることで同様のことを許すことになり、多数派が法までなし崩しにしてシロアリ天国を築きあげることだろう。当然のことながら、国民がそれに気づいた時点では引き返すこともできないほど国力は衰えているに違いない。

脱原発依存の撤回に結びつくのか?

 わが国には、ウランもプルトニウムも十二分にあり、捨て場に困る程あるわけで、脱原発と軍事利用は直接的な関連はないはずである。どちらも直ぐに腐るようなものではない。(腐ってなくなればいいのだが)
 しかし、自民党で防衛通を自認する石破氏は「核兵器は絶対使ってはいけない兵器だ」と言いながら、その半面で、「相手国に核兵器を使わせないため、原発技術の維持が潜在的抑止力となる」という。この石破氏のコメントは、意味のないものだが、これを「尤も」と認識する向きはかなりあるようだ。

 また、学者のなかには、原発を廃炉にするにしても研究者が必要で、その維持のためにも原発の維持は必要と言う者さえいる。しかし、従来の原子力工学や原子炉工学は劣った技術であることが証明された。そこで新たな技術者が育つわけもない。それよりも今後脚光を浴びるバックエンド関連や医療、地震のメカニズム解明などの分野で同様の技術が必要になる訳で、大学などの実験炉まで廃炉にする必要はない。研究者の維持は、国家ビジョンをどのように設定するかにかかっている。

facebook timeline より
生活保護制度の問題 \?\᡼\? 1

 生活保護法では、次の4原則に則り制度が決められ、生活、住宅、教育、医療、介護、出産、生業、葬祭の八種類の扶助のうち、該当する項目の扶助全てが合算され現金で支給されている。生活扶助は1類の年齢別の定額を全家族分が積み上げられ、その他に2類で家族数による一定額が加算される。住宅扶助は地域や世帯人数で額が決まっており、賃貸住宅に住んでいる場合、家賃相当額を認定する。

無差別平等の原則(生活保護法第2条)
 過去の如何に拘わらず、現在の状況で対象の可否を判断する。
補足性の原則(生活保護法第4条)
 売れもせず収益もない不動産でも、保有資産があると対象とはならない。
申請保護の原則(生活保護法第7条)
 生活に困っていても申請手続きをしなければ保護の対象とはならない。
世帯単位の原則(生活保護法第10条)
 家族の扶養能力の有無に拘わらず、被扶養者全員の扶助費を受給できる。

 生活保護制度の問題は、老齢年金受給額や最低賃金よりも結果的に生活保護の受給額の方が多くなることに起因する。
★支給額の計算例(平成17年度の基準[4]) 東京都特別区内在住(1級地の1)★
 <ウィキペディア、生活保護より>
 ●単身世帯 31歳 ⇒ 合計 137,400円(月額)
 ●4人世帯 41歳(障害者1級、障害年金無)、38歳、12歳、8歳、妊娠中(7ヶ月)
            ⇒合計 344,990円(月額)
              ※小中学校の教材費、給食費、交通費等は実費支給。 

 生活保護で支給される扶助費は、細目に別れた扶助費を合算すると、単身者でも老齢基礎年金の受給額をはるかに上回り、家族数が多いととんでもない額になる。
 受給額は真面目に働いている世帯が得られる収入よりも多額となり、仮に働いて得た収入がある場合はその分はそのまま受給額を減額されるため、働くよりも遊んで暮らす方が良いという考えも生まれてくる。また、受給資格の認定の甘さから、働く意欲のない者や不正受給を意図する者まで受給資格を得ている事実もある。
 その一方で、住宅などなまじ資産があるばかりに、申請資格がなく年金収入から資産税や健康保険税などの公租公課を差し引かれ生活困窮のため餓死するケースなど、制度の矛盾が大きな社会問題となっている
 勤労意欲を削ぎ、雇用支援どころか不正受給者が増えるばかりでなく、支給した現金がギャンブルや禁止薬物の購入に使われたり、悪徳不動産業者により住宅扶助費限度額いっぱいに設定されたボロアパートの賃料に消えたり、制度を食い物にする裏社会に流れては制度自体が社会悪を醸成していると言わざるを得ない。これが、 「ベーシックインカム」 に代わったところで結果は同じであろう。
 必要なサービスのみを提供するという、現金交付からサービス提供(現物支給)に切り替える全面的なシステム変更が必要だ。

生活保護制度改革 「現金支給から現物支給へ」

日本国憲法 第二十五条
   すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び
  増進に努めなければならない。

 生活保護などという丸抱えの支援が本当に必要なのか?
 憲法に明記された権利は、本人が扶養義務者の保護がなければ自立して生活を営む能力がなく、扶養義務者が存在しないか又は扶養能力を有さない場合、国が代わって保護又は扶助をすることで、健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう支援する制度とする。この場合の扶養義務の範囲は原則第1親等とする。
 従来の申請主義・世帯単位の原則を撤廃し、簡単だからといって現金支給で済まそうとせず、真に求められるのは保護なのか扶助なのか支援なのかをケースごとにしっかり見極めることが必要である。また、制度自体の名称も「保護」から「支援」に切り替え「国民生活支援法」と変更すべきである。

≪国民生活支援法(骨子)≫
1、制度上の原則
・扶養義務者がおらず、又は扶養義務者に扶養能力がなく、自立して生活を営めない状態にある者を憲法25条の精神に則り保護する。
・生活困窮者にあっては「共通番号カード」で収入や保有資産などが正確に把握できる状態の中で、自助努力の限界を超え、1親等の扶養義務者の支援が得られない場合に一時的な救済によって自立を促す。
また、制度の適用を求める生活困窮者に被扶養者がある場合は、一定期間の経過観察の後、その能力に合わせて家族を分割し、被扶養者を収容保護するなど、扶養義務負担の軽減で実質的な生活困窮者の救済と自立を目指す。
・保護は施設収容などのサービス提供(現物支給)を主とし、扶助は一時的な現金支給や食事提供など、その他に法的支援を行う。一時扶助の期間は、状況が改善するまでの期間とする。(基本扶助期間は6ヶ月とし、上限は病状や産前産後休暇及び0歳児育児休暇を含め最大18ヶ月とする。)
・現金支給に際し、全ての扶助の合計額は、老齢基礎年金支給額を超えることは出来ない。また、別途公的年金等の支給がある場合はその分を減額する。

2、保護、一時扶助、法的支援
・保護=扶養義務者がおらず、又は扶養義務者に扶養能力がなく、自立して
     生活を営めない状態にある場合。
    (原則、養・介護施設や老人ホームなどの施設収容とする。)
  保護者のいない児童
  高齢者で年金その他の収入が最低生活費に満たない場合
  障害のリスクを負い年金その他の収入が最低生活費に満たない場合
  要介護の高齢者又は障害者、重篤な疾病や心神喪失などの場合
・一時的扶助
 出産・病気療養などやむを得ない事由により一時的に生活困窮となった場合で、扶助の範囲は本人と配偶者がある場合は合わせて二人分の生活扶助と一時的住宅扶助のみとし、それ以外は別制度で対応する。
 親族の死去に伴い海外から転入して母国である日本国籍を得、遺族年金その他の収入が一時的に最低生活費に満たない場合
・法的な支援制度
 単親家庭支援として、別居扶養義務者(戸籍上の親、非嫡出子の場合は認知要)からの養育費代行徴収制度を設ける。
 高齢者で土地建物などの不動産を所有する場合は、リバース・モーゲージなどの手法を用い、固定資産税を免除し、死後の不動産売却を前提に生活費の融資制度を創設する。

 健康で働ける世代への支援は、宿泊サービスと食事提供、及び雇用支援に限定する。体調を崩した人や心身症などにより一時的に生活困窮となった場合は、病気療養のアドバイスやカウンセラーなどを配置し、経過観察と就労斡旋などを行うこととする。

2012年5月25日 Homepage  より
財務官僚や野田氏の発想では財政再建は達成できない 。 \?\᡼\? 1

 <国債格下げ→消費増税→デフレ進行→財政逼迫→再増税>
 (予想シナリオ:悪循環)

 現在の政治・財政システムに一切の手を加えず、「三方一両損」などと詭弁を弄する政治家の発想では、日本は悪循環の予想シナリオ通りとなり、最終的には破綻せざるを得なくなる。

  (日本に必要なのは増税ではなく超金融緩和と円安だ)

 上のリンクのような円安誘導や、みんなの党の日銀改革で「円を刷りまくる」という方法もあるようだが、実効があるかどうかや問題を先送りするだけなのか、国民には分かりにくい。

 増税せずに、以下の改革で「死に金を生き金」にするだけで、「デフレ脱却」と「財政再建」を同時に果たすやり方が正統派の政策だ。

 1、公務員給与引き下げ(国、独法、地方を含め9兆円)
 2、老齢基礎年金のみを国家管掌とする。
   報酬比例年金部分を民営化し事業主負担の撤廃(2.5兆円)
 3、現金支給生活保護から現物支給生活扶助へ転換(3兆円→)
 4、これらの削減分のうち約10兆円/年を経済再生5ヵ年計画に投入し、

 公務員給与の引き下げや年金支給額の減額は、消費を抑制するというが、それは誤りだ。公務員給与は「公僕」と言う概念や「安定雇用」が約束されることから、昔は民間よりも安かった。しかし、徐々に引き上げ、民間水準以上になった上そのまま据え置かれたことにより、バブル崩壊後の失われた20年の間に民間給与所得平均の1.5倍にもなってしまっている。

2012年5月24日 facebook timeline より
『小沢氏が動かなかった』 ことで、
民主党に対する国民の期待は完全に潰えた。

 昭和三陸地震は、1933年(昭和8年)3月3日午前2時30分48秒に、岩手県上閉伊郡釜石町(現・釜石市)の東方沖約 200 kmを震源として発生した.。当時の内閣総理大臣は斎藤実(小沢氏の同郷の先輩)だった。第64回帝国議会の会期中に発生し、3月8日に政府が国際連盟脱退を決めるという国際関係でも緊迫した事態に陥る中、震災翌日には応急対策の協議を始め、租税の減免などを決め、被災地に緊急派遣された各省庁の事務官などが復旧のための追加予算の策定作業をし、会期末まで日数がない中で、不十分ながらも追加予算を議会で成立させた。

 日本財団会長・笹川陽平氏が、2012年3月30日、産経新聞 東京朝刊において「小沢さん、故郷復興の先頭に」と、政治家小沢一郎氏に対して提言されている。

 小沢氏が本当に日本のためを思う政治家なら、笹川氏の言われるとおり、身を挺して、震災復興と原発事故収束にあたるべきだった。政権中枢にいなくとも、現場での活動が真に国民のために為るものであれば、小沢氏を慕う政治家たちは、それに協力して大きな動きに発展していった筈だ。そうなれば菅政権とて無視はできず、鳩山でケチが付いた民主党の汚名は一気に晴らせたに違いない。

 今の日本に求められるのはそうした行動力だ。沖縄問題も日米関係の発展的な見直しで沖縄の負担を軽減させる方向で進展させ、日本は侮れない存在であることを印象付ければ、中国、ロシア、韓国にも睨みを効かせることができたかもしれない。党員資格停止処分は、国会議員としての行動まで制限するものではない。結局、そうしなかったということは、小沢氏もそこまでの器ではなかったと考えるしかないのか?

 首相が鳩山、菅、野田と代わっても、民主政権は国民に向き合おうとしていない。ネット規制法、TPP加入問題、消費税増税、原発再稼働や人権侵害救済法制定への画策など、東日本大震災の復興や原発事故収束と賠償、産業再生などの優先的に行われるべき政策をなおざりにして進めるべきものではない。

 社会保障改革は、給付の最高限度を圧縮し、世代間扶養を止め、所得比例部分を民営化しなければ、いくら増税しようとも破綻は避けられない。また、原発再稼働は国にとって大きなリスクであることは国民の共通認識だ。再稼働しない場合の日本経済に与える影響は克服できる問題だ。二者択一の議論になる筈もない。このままなら、民主政権には一日も早い退陣を望むばかりだ。

『小沢氏の無罪判決』 民主党は変われるか?

 平成12年4月26日午前10時、『小沢氏の無罪判決』 が申し渡された。庇を貸して母屋盗られると言うが、菅、仙石、野田、岡田、前原、枝野、それらに連なるマニフェスト違反組を一掃し、民主党の軌道修正は成るのか?

 東日本大震災の復興、原発事故収束と被災者賠償、日本の安全保障、産業再生、これらの優先すべき政策にどう取り組むかだ。小沢支持グループには、仕事人はいると思われるが、リーダーとなれる人材は乏しいように思える。小沢氏自身が立つのか、あるいは若手の実力者を擁立できるか、いずれにして国民に向き合った形での政策実行を期待したい。

2012年4月28日 Homepage  より

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