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核種変換技術は、核廃棄物処理問題解決の万能薬とはなり得ない!
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 近年、核廃棄物の地層処分に変わり、プルトニウムやネプツニウムなどの長半減期の放射性核種のうち、プルトニウムを除く超ウラン元素(マイナーアクチノイド:MA)を特殊な原子炉で燃やし、短半減期の放射性核種に変換するという「消滅処理」が有望視されてきた。

 基本的には、高エネルギー中性子を高レベル放射性廃棄物に含まれるマイナーアクチノイドと核分裂反応をさせて無害又は半減期の短い元素に核種変換して消滅処理をする方法である。高エネルギー中性子を発生させる方法としては、高速増殖炉や核融合炉が考えられるがいずれも実用化の見通しは立たない。また、陽子加速器を使用し、高エネルギー陽子による核破砕反応とその2次的に発生する高エネルギー中性子を利用して核反応を促す方法と、電子線加速器を利用し、光核反応を促し消滅処理する方法だが、理論的にも技術的にも全く確立されていない。しかも、全てが都合の良い短半減期の放射性核種に置き換わるという保証はなく、想定外の結果が生ずる可能性を否定することはできない。

 しかもこの核種変換技術は、核燃料サイクルの中で、完全に不要となるものだけを処理して、最終処分する廃棄物の量を少しでも減らそうとする試みであり処理量も限られ、核燃料の再処理と高速増殖炉の稼働が前提となっていた。核燃料サイクルが破綻した今、最低でも核燃料の再処理とプルサーマル運転を前提としなければ、超長半減期のウランやプルトニウムまで処理できる程の能力はない



2013年4月10日 Homepage  より

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「知能集約と創造的即応力、そして決断力」の欠如\?\᡼\? 1\?\᡼\? 1
 
日本列島の数千万年に及ぶ形成の過程、今なお続くプレート間のせめぎ合い、それは時として大災害として人類に猛威を振るう。人類は幾たびもそれら自然の猛威を経験しながらも、復興を成し遂げてきた。それら自然の猛威は歴史に記録され伝承されてきた、しかし、その大災害の周期はあまりにも長く、人の一生は荒ぶる自然の中の平穏な一過程の間に始まり、自然のダイナミズムを感じる間もなく終わり、自然の猛威を経験した者でさえ、その記憶は風化し、見聞きしたことを次世代に語り引き継ぐことも忘れてしまっていた。
特に自然に対する畏怖や感謝の念を抱くことのなくなった近代以降、人類は傲慢になり自然の脅威さえ人類の科学技術で克服できるような錯覚に陥り、十分な備えを怠ってきた。そして、私たち日本人は、愚かにも机上で作りだされ脆くも崩れ去った「安全神話」に寄り添い、驕りと共にその虚構によって生み出された「手放し難い便益」を享受してきた。
 
福島第一原発の事故発生からまる2年が経過した
 
事故現場に初めて報道のカメラが入った。各テレビ局は、サイト内の状況を映し出し、事故の凄まじさ、異様さ、遅々として進まない収束作業を競って伝えた。そこから見えてくるものは、人間の想像など遠く及ばない地震や津波という自然の猛威、人智を超え暴走し始めると制御が効かない原子力災害とその過酷事故の有様である。
1〜3号機の原子炉建屋の内部は未だ放射線量が高く、人の入場はおろか、ロボットでさえ往ったきり戻ってくることもできない。原子炉の圧力容器、格納容器、それを覆う建屋には、正常に機能する温度計や水面計もなく、メルトダウンした核燃料が圧力容器の底を突き抜け、格納容器の底に溜まっているのか、その格納容器の底をも突き破り原子炉基礎部のコンクリートを溶かしながら地中にあるのか、真実は全くわからず、想像の域を出ていない。
深刻なのは冷却水として原子炉に注ぎ込まれた水が原子炉建屋内の何処へ行ってしまうのか、その他に原子炉建屋内には地下水が流入している。そのままにしておけば溢れて海に流れ込む。それらは全て放射性物質が溶け込んだ汚染水である。その量は何と、日量400トンにも上る。原発敷地内には容量1000トンの汚染水貯蔵タンクが所狭しと並んでいる。すでにその量は27万トンに上り、敷地内にタンクを設置できる限界が2年後に来るという。しかもそれらのタンクは仮設タンクで耐用年数も3年程しかなくい。

 技術立国を自称する日本が未だ「原発事故収束への道筋」も立てられない
 
1、事故収束のために必要な知能の集約がなされていない。
原発事故の収束には、最小限、メルトダウンした核燃料の再臨界などを起こさないための効果的な冷却措置と、これ以上放射性物質を放出させないための措置が必要である。そのためには、冷却水の循環による安定的な冷却措置とメルトダウンした核燃料の位置及び状態の確認が必要となる。
しかし、現実は増え続ける冷却水を貯蔵するためのタンクの増設に明け暮れている。それは原子炉建屋内に流入する地下水を止められないためだ。先ずは、増え続けるこの汚染水問題を解決しなければ放射性物質による更なる環境汚染は避けられない。地下水流入を止める手段として東電が計画する井戸による汲み上げでは不十分である。根本的な解決を図るには1〜4号原子炉建屋を取り囲む地下遮水壁を設けるしかない。その上で、汚染水をこれ以上増やさないために、汚染冷却水を浄化して循環させなければならない。地下水の流入が止まれば、汚染水が原発敷地外に流出する心配もなくなるため、浄化装置に不具合が生じた場合でもバイパスを採ることで循環を継続することが可能になる。今までに貯まり続けた汚染水については、別途に浄化装置を設け、徹底的に汚染物質を取り除くことで海へ放出することができるようになる。
メルトダウンした核燃料の位置及び状態の確認には、温度計と内視鏡の設置が急務である。さらに、その後の原子炉建屋内のがれきの片付けや燃料プール内の使用済み核燃料の回収、メルトダウンした核燃料が十分に冷却され安定状態に至った際の回収作業、完全廃炉に向けた建屋の解体など、一連の作業をスムーズに進めるためにも、人に代わるロボットの開発を急がなければならない。その場合、ロボットの心臓部である電子回路が高温や放射線(中性子線やα・γ線)による機能停止や誤作動の可能性も考慮しなければならない。電子回路の耐熱温度は精々200℃止まりである。電子回路が無力化されるような環境では、ファイバースコープなどを利用した視覚機能を確保した上で、ワイヤー、油圧などの機械的な方法で遠隔操作することも想定しなければならない。高温環境内での高出力装置には液体半導体などの利用も必要になる。
また、原発敷地や建屋内には膨大な量のがれきが存在する。廃炉に向けた建屋の解体などが進めば、その量はさらに膨れ上がる。木材などの可燃性汚染がれきは、燃焼させた際、700℃以上でセシウムを分離させ回収させれば99%以上を回収できるという。不燃性汚染がれは、熱プラズマ技術を利用した放射性物質の溶融・減容処理が必要となる。廃炉を進めるには、原発敷地内に放射性物質の焼却時回収処理と溶融・減容処理とを合わせた複合処理施設を建設し、被災地から回収され中間貯蔵施設内に集められた汚染がれきも含め、除染・減容処理をしなければならない。また、減容処理後の高濃度の放射性廃棄物と、使用済み核燃料については最終処分先を決めなければならない。それらの作業はロボット技術を駆使し、人体被ばくを極限まで抑えるため、日本の技術の粋を尽くして対処すべきである。

2、事故収束から廃炉に至るプロセスを進めるには創造的即応力が必要
「地下水流入を止める」 ⇒ 1〜4号原子炉建屋を取り囲む地下遮水壁
「汚染水をこれ以上増やさないため」 ⇒ 汚染冷却水の浄化循環
「溶融核燃料の位置及び状態の確認」 ⇒ 温度計と内視鏡の設置
「作業をスムーズに進めるため」 ⇒ ロボットの開発
「廃炉を進めるには」 ⇒ 
   被災地から回収され中間貯蔵施設の汚染がれきも除染・減容処理 
最終処分先」 ⇒ 最終処分場としての可能性

3、技術的な連携ができれば、残るは推進のための決断力
これらのプロセスは事故を起こした東京電力はもとより、国策として原発を推進してきた国の責任で産官学の英知を総動員して進めなければならない問題である。しかし、現実は全て東電任せで、国は勿論、原発推進側の企業や科学者、反対に原発を廃炉に導こうとする知識人たち、その何れからも積極的なアプローチはない。知能の集約が進まない原因は、国が東電任せにして責任を回避しているからに他ならない。
電力畑の技術者や原子力関連技術者が集まったところで、地下水の流入阻止、汚染冷却水の浄化循環、現場の状況確認、ロボットの開発、汚染がれきも含む除染・減容処理や高濃度の放射性廃棄物の最終処分先などの問題を総合的に進めるための判断ができるわけではない。創造的即応力が発揮されないのは、総合的な戦略を練り、それぞれの必要な技術分野の責任者を決め、予算配分をした上で指示を出すプロジェクトリーダーがいないためである。更に、国には、プロジェクトリーダーに全権を委ね、東電や関連政府機関をその下に付け、全面的なバックアップをするという決断力がないためである。

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少子高齢化対策(2)

高齢化対策は、雇用支援と健康増進のための環境整備で
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 高齢化対策では、企業定年年齢の引き上げや地場産業などへの高齢者雇用支援、地域コミュニティーなどによる子育て支援事業への高齢者の参加を推進するなど、雇用やワークシェアリングなどの推進で、高齢者の雇用確保と社会参加を促し、健全な生活リズムを保つことで、心身の健康維持とボケ防止などにもつながり、充実した老後を送れる環境を作ることが必要である。

老後の安心を担保する社会保障改革は不平等の解消で

 高齢化対策では年金、健康保険、医療システムの問題を抜きにして考えることはできない。
 少子化対策でも述べたように、働き手の人々から見れば、年金保険料や健康保険料は税金と同じように支出の部の中で大きな比重を占めている。地方においては、自治体の運営する国民健康保険料は健康保険税と称し、年金から天引きしたり預金差し押さえなどの強制徴収も行われている。

 ところが、対象者が生活保護世帯となると、対応が全く変わってしまう。当然に支払保険料は免除され、医療費の負担さえ免除されてしまう。近年、ニュースや問題として度々報道される餓死や孤独死などの被害者は、賃金ギリギリで働く労働者や老齢国民年金のみで暮らす人々、職を失い生活保護の申請をしていないか、申請を却下された人々、その殆どが、社会から見放され、公の制度からも全く援助を受けていない、これらサイレント・マイノリティの人々である。これらの問題の解決を試みずに、弱者の保護を主張して生活保護者の権利だけを擁護する知識人と言う輩の姦しさだけが目につく。

 年金の入りである年金保険料と出の年金給付のあり方については、国民年金、厚生年金、共済年金があり、負担及び給付面でそれぞれの間に大きな違いがある。
  • 国民年金とそれ以外の年金では、2階建部分(所得比例)の有無で支払保険料・給付額双方に大きな隔たりがあり、年金の2階建部分は、一部の者への過大な収入保証に他ならない。
     (国家管掌制度としての保証の平等性を欠いている。⇒民営化が妥当

  • また、厚生年金と共済年金との間では、共済年金の厚生年金の事業主負担に相当する部分が税で賄われており、共済年金の事業主負担部分は、公務員に対する特別利益供与に他ならない。
     (税の使途における公平性を欠いている。⇒即刻廃止すべき
 新しい制度として、税を財源とする最低生活保障目的の老齢基礎年金を設け、唯一の国家管掌年金とする。また、現在の年金制度から新制度への移行期間中の暫定制度として、従来の国民年金相当分を新制度に置き換え、厚生年金や共済年金加入者及び受給者用に、年金の2階建て部分を完全に分離し、老齢基礎年金とは別に、個人の保険料積立額に応じて老齢基礎年金額に加算して支給する積立老齢年金とする。両年金がそれぞれの年金原資を確定した後に、積立老齢年金の運営を国から第三者機関に移行し国債で運用する。⇒<年金制度改革案

 健康保険制度は1927年、一部の業種の職員を対象とした組合組織に始まり、その後さまざまな業種に拡大し、1961年、市町村が運営する国民健康保険制度が整備され、国民皆保険が達成された。
 現在では、健康保険は自治体の運営する国民健康保険(国民健康保険、退職者医療制度適用者)や企業や団体が運営する被用者保険(健康保険、日雇特例健康保険、船員保険、共済保険)があり、それらの保険料徴収基準はまちまちで、運営もそれぞれの市町村や保険団体に任されている。
 国民医療費は国民皆保険が達成された1961年度の5130億円から増加の一途を辿り、1965年度には1兆1224億円、1972年度は3兆3994億円、1975年度は6兆4779億円、1985年度は16兆159億円と増加し、2006年度は85年度の2倍以上になっている。

 このように国民医療費は増大の一途を辿っている。国民医療費が爆発的に増大するきっかけとなったのは、1973年の老人(70歳以上)医療費無料化のスタートだった。専門家は、「これで潜在需要が顕在化した。中には診察や治療は必要としないにもかかわらず、利用するものも増えたようだ。それまでは、65歳以上の老人とそれ以外の一人あたり医療費の比率が2倍から3倍だった。それが老人医療費の無料化によって5倍ぐらいになった。」と言う。これで老人医療費は爆発的に増大し、国民医療費総額を押し上げ、若年労働者の多い都市部の保険団体に比べ、高齢者を多く抱える地方自治体の財政破綻を早める原因ともなり、医療制度そのものの破綻も視野に入ってきた。

 そこで政府は1983年2月に老人保健法を制定し、全ての保険団体に対し、老人医療費として一律の負担を求めることになり、事情は一変した。企業の従業員を対象とする健保組合は、元々組合員の扶養家族における老人医療対象者(加入率)は2%台程度だったものが、全国平均の加入率で負担を求めれれることになり、その負担は4〜6倍にも跳ね上がった。その後、高齢者人口の増大と共に按分率の変更などがあり、健保組合は1994年度に経常収支が赤字に転落、その対策として、国の拠出割合の増やし、保険料面では月額報酬以外にボーナスも対象とし、更には診療窓口負担率を2割から3割に変更するなどの被保険者への負担増を求め、健保組合の収支は改善された。
 ところが、2008年4月にスタートした「後期高齢者医療制度」によって、健保組合の負担は、老人保健拠出金は後期高齢者支援金に姿を変え、暫定措置として従来の退職者医療拠出金に加え新たに前期高齢者納付金の負担を求められるようになった。この前期高齢者納付金が健保組合の財政を圧迫し、継続できないところも出てきている。今、健保組合の9割が破綻の危機あると言う。

 破綻の危機にあるのは健保組合だけではない、年々、増加する公費負担分が国家財政を圧迫しており、このままでは年金と同様に、システムそのものの破綻を免れることはできない。半世紀以上続いて来た国民皆保険も、多くの矛盾を抱え、行政による微修正だけでは維持困難な状況に来ていることは明らかだ。年金と同様に、健康保険制度も国家一制度とし、矛盾や不公平をなくす根本的な見直しが求められる。同時に、それに見合った医療システム改革が求められる。

持続可能な制度を求めるならば、この「年金制度改革」と「医療保険制度改革」は急務である。

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少子高齢化対策(1)

少子化対策は、生活コストの削減で \?\᡼\? 1 \?\᡼\? 1

 少子化対策では、未来を担う子供たちを 『社会全体で育てる』 という概念は誤りではない。しかし、それがいきなり 「子ども手当」 の支給と考えるのはあまりにも短絡的でバラマキ政策と揶揄されても仕方のない稚拙な政策である。子育て世代は、雇用不安や非正規労働問題などで結婚もできないほど収入面での不安があるほか、結婚して子供を作っても配偶者の収入だけで一家を養えるのは限られた人々であり、女性は子供を産んだ後すぐにでも職場に復帰できなければ生活が立ち行かない。
 また、仕事に誇りを持ち子供を乳幼児保育施設などに預け、夫婦共稼ぎをしたいと考える女性、結婚はしなくとも子供だけは欲しいと考えるシングルマザー、結婚生活が破綻し、やむを得ず単親で子供を育てなければならない単親家庭も増えている。

 厚労省の調査では、「保育所定員は2007年以降順次1.6万人、1.1万人、2.6万人、4.6万人、2012年には3.6万人増加し224万人となり、保育所利用児童数も年々増え、2012年には53,851人増の2,176,802人となり、待機児童数も24,825人と2年連続の減少となった。」と報告されている。しかし、この数値だけを見て、簡単に待機児童数をゼロにできると考えるのは甘い見通しだ。

 わが国が労動力不足を解消し安定した経済成長を見込むためには、女性の潜在労働力を引き出さなければならない。東京新聞によると、『生活時間中、男性は仕事など「有償労働」時間が大半なのに対し、女性は30代から家事、育児など「無償労働」の時間が50%以上で、家事は女性が担っている現実がある。』という。このような夫婦双方の意識を変え、多くの女性が社会進出を目指そうとするような社会環境を想定すると、保育所待機児童数は大きく跳ね上がる。女性を無条件に子育てから解放するためには、現在のインフラ整備のスピードではとても追いつかない。そのような状況下で 「子ども手当」 を支給してみても、そのお金が子育てに回るとは限らない。それがバウチャー券でも同じことで、利用施設やサービスが追いつかなければ、金券ショップ行きが落ちである。

 女性の社会進出に必要なのは、バラマキ的な「子ども手当」ではない。中長期的な子育てのための環境整備が必要となる。
  • その一は、無償の乳幼児保育や学童保育施設などの子育て支援の充実と高校授業料無償化、これらは必須であり急務である。

  • その二は、大学入学試験制度の廃止などを含む抜本的な教育改革を進めれば、受験のための学習塾など無駄な子育てコストを大幅に削減でき、その分、子供たちを拘束してきた多くの時間を、現在の教育制度には全く欠如している人格形成や能力開発に充てることが可能になる。同時に、全寮制中高一貫校の普及、又はスポーツや団体活動、趣味などの社会教育システムの充実により、健全な成長や社会への順応性、自立心の向上、能力開発など成長期の子供たちに最も必要な自己の形成をサポートすることが必要である。
    高等教育は必要な時に自分の意思で
    これらを可能にするための制度や環境整備が必要である。先ず、第一番に改善を要することは新卒採用に偏りがちな企業の求職姿勢の見直しと、企業などにおける長期就学休暇制度、特異な才能を伸ばすための奨学資金制度や、進学希望者自身に対する信用貸付及び就学期間の金利を補助する就学資金融資制度を確立する必要がある。また、修学資金融資制度を利用した場合の返済金の所得控除、就労者が復学する場合の学費積立て金の所得控除や、在学期間中の社会保険費用の免除などの支援制度も整備しなければならない。

  • その三は、建築の長寿命化による住宅費の低減や耐久消費財の長寿命化、再生可能エネルギーなどの利用や公共サービスの一部民営化などによるによる水道光熱費その他の公共料金値下げ、年金改革及び医療・介護システム改革による負担の軽減など、生活コストの大幅削減を実現しなければならない。
 このような子育て及び教育環境が整い、生活コストが大幅削減できれば、子育て世代の将来不安は解消され安心して子供を作り育てることができるようになると考えられる。また同時に、企業にあっても有能な人材の確保が可能になる。

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核廃棄物の最終処分に安易な道を選ぶな \?\᡼\? 1 \?\᡼\? 1

 わが国の高レベル放射性廃棄物処理研究の第一人者である、元内閣官房参与・田坂広志 多摩大学大学院教授は、全国の原発サイトの「使用済み核燃料貯蔵プール」は、もし原発を順調に再稼働できても、平均6年で満杯になる状況にあり、青森県六ヶ所村の再処理工場の貯蔵施設も、すでに満杯近くなっている。核廃棄物の最終処分問題の解決法を見出さない限り、原発は、早晩、止めなければならなくなる。
 この問題は、「脱原発・原発推進」のいずれの立場であるかに関わらず、直視すべき「厳しい現実」である。また、昨年9月11日、日本学術会議が内閣府原子力委員会に対して、「地層処分の10万年の安全は、現在の科学では証明できないため、我が国において、核廃棄物の地層処分は実施すべきではない」と明確に提言した。
 政府はこれまでのように、「国内で地層処分を実現する」という一本槍の政策ではなく、種々の可能性を考慮する必要がある。核廃棄物の最終処分については、国際社会全体が責任を持って最終処分の方策を考えるべき問題であり、本来、「各国独自の制度」によって実施するべきではなく、「国際的な共同体制」によって実施することが望ましいと言う。その考え方には同意できるので最終処分場としての可能性』の提案をしてみた。


 しかし、日本列島の陸地で断層運動を生じるような硬くてもろい岩盤があるのは、地下十五〜二十キロメートル程度までで、陸域の地震は、殆どがその部分で起こる。現在、日本全国で約二千箇所の活断層が確認されており、地表面からは見えず断層面の上端が地表から1キロメートル以下の深度まで達している伏在断層も、活断層の範疇に入るため、確認されていない断層がどれほどあるのかは想像もつかない。現実問題として、国内にはオンカロのような地表から数百メートルの比較的浅い部分に安定した地層が存在するなどと言う想定自体、空想の産物でしかなく、「国内での地層処分」はまず不可能である。
 また、「海外での地層処分」は開発途上国や未開発地域を想定していると思われるが、現状では人が寄り付かない地域であるだけで、安全が担保されている訳ではない。地球上のいずれの地域であろうと、そこで放射能汚染が発生すれば、地下水系や河川を経て海洋まで汚染が広がり、生態系にもに重大な影響を及ぼすことになる。全くの論外である。
 更に、プルトニウムやネプツニウムなどの長半減期の放射性核種を、特殊な原子炉で燃やし、短半減期の放射性核種に変換してしまう核種変換による「消滅処理」だが、理論的にも技術的にも確立されていない。この「消滅処理」や宇宙船に積んで燃え盛る太陽に送り込むと言う「宇宙処分」、そのいずれにしても、事故などによって大気中に放射性物質が放出される危険性を孕んでおり、まさに「天に唾する行為」と言えよう。


核廃棄物の最終処分には安易な道を選ぶことなく、日本の英知を結集して技術的な問題をクリアすると共に、安全、且つ創造的な方法を模索すべきである。

 『生命の宝庫であるこの地球は、大いなる天と地によって守り育まれている』

 外部からの宇宙線を遮る電離層が太陽の恵みをもたらし、限りなく澄んだ空は宇宙の営みを私たちに示し、人類に深い思慮を求めている。
 足元の地殻は地球中心部が高密度に圧縮され、放射性元素の崩壊を惹き起こし凄まじい放射線と熱を放出しているにも拘らず、地表面には地震や火山活動など自然の脅威を見せつけることもあるが、大地の恵みや温泉など地上生命体を癒し育んでいる。これほどまでに生命を慈しむための機能を持つ地球、全宇宙を見渡しても非常に稀な星、この環境を守れずして私たちはこの地球に生きる資格があるのだろうか?

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