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倒れた時に、引き起こすのが友情、共に倒れるのが愛情とはよく言ったものだ。 そこで、ただ倒れた相手を見つめているのは、ただの傍観者になってしまう。 傍観者は、物語には登場しない。 傍観者は、喜怒哀楽を表現できないし、享受できない。 傍観者ではなく、関わりを持とうとすると、その対象へ何らかの感情を抱かなければならない。 友情?愛情?嫌悪? ・・・・・・ 物語の登場人物の何万分の一に、自分がいるとする。 自分は主役ではない。しかし、傍観者ではいたくない。 どんなに愛情を抱いても、共に倒れるのとは違うし、友情を抱いたところで、倒れた主役たちを、直接引き起こしてあげることは出来ない。 でも、声を嗄らして応援することはできる。拍手をして勇気付けることはできる。 応援する人として物語に登場する時、その応援する人の中では、自分が主役であり、元来の主役が脇役に回る新しい物語が始まる。 傍観者では味わえない、自分が登場する物語…。 味の素スタジアムで開幕する、自分だけのトウキョウ物語。
悲劇の結末でも、薔薇色のハッピーエンドでも、灰色のしっくり来ない結末だったとしても、自分の物語を味わいたい。 |
文頭
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2008年の東京が始まった。 不安と期待が交じり合った何とも言えない心境でいられる、シーズン前のこの時間を、まずは大切にしたい。 そして今シーズンは我慢のシーズンになることを覚悟したい。 ガーロの時のように、前半戦で結果が出なかったからといってブーイングは止めよう。 選手が戦わなかったら、気持ちが見えなかったら、ブーイングしなければならない。でも、チャレンジしての敗戦は、唇をかんで受け入れて、拍手で選手を勇気付けたい。 まだまだフロントへの疑心は拭い去れない自分がいる。 また、ここ2年と同じような迷走に陥った時、今度こそ誰が責任を取るのか、どういったリスクマネジメントを考えているのか、正直不安が大きい。 しかし、私はただの一サポーター。一ファンでしかない。 ゴール裏でゲーフラを掲げ、大声で歌い、飛び跳ねたとしても、フロントに何かが伝わる訳ではないだろう。ただ、それが現時点で私に出来るクラブへの唯一の貢献なのかもしれない…。 結局、ソシオも更新を決意した。
さぁ、新シーズン…自分にできる事を地道にこなし、共に闘おう東京!! |
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人生とはチョコレート箱のようなもの。中味は食べてみるまで分からない。 (映画『フォレスト・ガンプ』より) 愛する東京のシーズンが終わった。 文句ばかり言っていたのに、終わってしまうと悲しみ、淋しさが先に来る。青赤を観ないで過ごす日々は、観ている日々に比べて充足感が若干異なるように感じてしまう。 その青赤東京。 来年は主力が入れ替わるのかもしれない。今まで東京のために全力で戦ってくれていた選手の何人かは、確実にいなくなるのだ。 違う色のユニホームを着ている選手たちを見ると、どうしようもなく胸が締め付けられる。 でも、それが人生なのかもしれない。 『サカつく』『ウイイレ』といったゲームなら、リセットボタンを押せば、全てが元通りになる。 でも人生は違う。一度進んだら、絶対に元には戻れない。だからこそ、冒頭の言葉のように、食べてみるまで分からないのだ。 サッカーも同じかもしれない。 来シーズンの東京も、観てみるまで分からない。
だからこそ、期待も悲観もできる。 |
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人を愛する事は、その人の全てを受けとめる事・・・ 以前、何かの本で読んだ。 FC東京を愛してしまった私たちは、その全てを受けとめなければならないのか・・・ 悲しい季節がまたやって来た。 やり場のない、怒りにも似た感情が蠢いている。 アマラオが退団すると聞いた時、なんでこのクラブで引退までいさせてやれないのか?とフロントを憎んだ。 ケリー退団を聞いた時は、やっぱりな・・・と思った。 ジャーン退団は正直理解できなかった。 日本人選手も、なんで?という放出、移籍は数多くあった。 ただ、今シーズンの退団人事については、腑に落ちない事が多すぎる。 大切なのは、出した後の新加入選手の存在。 補強の結果を見て、自分のこの先を決めようと思っている。 でも・・・ やっぱり東京がない生活は淋しいだろうな。
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色んな想いがある。 悔しさ、虚しさ、悲しさ、怒り・・・。 負けていい試合なんて、プロでは絶対に存在しない。 もし、多摩川クラシコを、我々サポーターが本気でこの先盛り上げていきたいなら、今はこの負けを骨の髄まで染み込ませて、来年以降の復讐を誓おう。 You'll never walk alone
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