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詩集『父の散歩道』
星 ひかる
< 10 >
実家に泊まるのは 十五年振りでした
私は ひとつひとつ
家具やら 調度品やら
見廻します
それらは なにひとつ
変わったところのないように思え
親しみを込めて
この私を 迎えてくれました
唯一 変わったもの
それは テレビでした
「お父さんがね どうしても薄型のテレビが欲しい
っていってね 一週間前に買い換えたばかりだったのよ」
淋しそうに 母はいいました
主人のいない部屋に
電源の入っていない 黒い画面の薄型テレビ
その画面には 楽しみにしていた
あなたの顔が見えるようで
私は そこに自分の顔を映してみました
そこには 紛れもないあなたの息子の
私が 映っていました
唯一 変わったもの
それは 私でした
2010年8月26日作
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詩集『父の散歩道』
星 ひかる
< 九 >
お父さん あなたともっともっと
語り合わなければいけなかった
話題は なんでもよかったのです
野球のことでも 学校のことでも 仕事のことでも
他愛のない話を もっともっとするべきでした
私は初めて 人の死に立ち会いました
ついさっきまで 朦朧とではありましたが
言葉を話し 息もし
心臓も動かしていたろう その人は
僅かの間に
動かなくなりました
人の命のなんと儚いことか
その人は 全くの無抵抗のまま
死を目前にして
泣き叫ぶでもなく
これから自分の行くであろう道を 達観したと
誰に告げるでもなく
誰かに 感謝することもなく
嘆くでも 悔しがるでもなく
息を引き取りました
あなたに残された時間も
そう多くはないはずで それは
私に残された時間も僅かということです
あなたのその笑顔も 涙も
あといくつ 見られるのでしょう
あなたの声を
あとどのくらい 聴いていられるでしょう
あなたの温もりを
いつまで 感じることができるのでしょう
あなたの無償の愛を
まだ受けることはできるのでしょうか
私も 不器用ではあるけれど
こんど あなたにする話題くらいは
考えておきます
2010年8月12日作
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タイトル 詩集『父の散歩道』
星 ひかる
< 八 >
あまり口を聞かなかった あなたですが
お父さん あなたの楽しみはなんだったのですか
あなたに こう問うている私は
実をいうと 私自身の楽しみがなんだったのだろう
と思うのです
若い頃には たくさんあったようにも思うけど
歳を重ねるごとに
特にいまの私には
「楽しみはなんだい」
と尋ねられて 直ぐには答えられない自分が
そこにいます
ありふれた毎日を なにも考えなしに
やり過ごしてしまっているようで
それは大変もったいないことなのに
それが 当の本人にはわからなくて
気が付いたときには 身体がついていかなかったり
心が小さくなってしまったりで
その場に 留まるしかないのです
でも いまこうして
あなたの歩いて来た道を辿ってみて
なにかが
見えてきたような気がしているのです
不思議なことですが
これが あなたと私は
やはり 繋がっているということなのですね
あなたが見たであろう
あの木の緑や 川の流れや
眩しい太陽の光りは
この私の眼の奥にも
脳の中にも
心の底にも
しっかりと入り込んできました
あなたが生きてきた証しを
私が受け止めないで
誰が受け止めるというのか
いいえ
私に 受け止めさせて
ください
2010年8月2日作
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タイトル 詩集『父の散歩道』
星 ひかる
< 七 >
私に もし子供があったなら
と考えることが ときどきあります
あなたと母の孫です
結局のところ その願いは叶わず
あなたと母にも 淋しい思いをさせています
私の遺伝子が 後世に残ることを
想像できない私です
これでよかったのだとも 思います
残念にも 思います
子供が欲しかったような
いらないような
別れた妻には 罪悪感だけが残ります
おそらく彼女も
この先 子供を持つことはないでしょう
お互い 独りが好きでしたから
人間 独りで生きてゆけるはずもないのに
お互い 独りになりたがっていました
いまになって
独りになるのは
人生の 最後の最後でよかったのに
と思うのです
2010年7月24日作
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タイトル 詩集『父の散歩道』
星 ひかる
< 六 >
お父さん あなたが愛した私の母は
ここにいます
あなたと母の間には
紛れもない 純愛がありました
私もあなたの子
あなたの姿をみて育った子です
私もまた 純愛に徹した人間でした
ただ 夫婦の間に純愛は成立しても
無償の愛は存在しないことも知り
私は 十二年の結婚生活を破綻させました
その十二年は
正に 純愛の日々でした
私の中の 純愛の同義語である
無償の愛は
あなたと母が 私にくれる愛の形です
それは 夫婦の間にも 形こそ違え
確かに存在するのです
夫婦の間にある 無償の愛は
互いに 求め続けることはできても
与え続けることは できないものなのです
少なくとも そのときの私には
難しすぎました
2010年7月21日作
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