詩人星ひかるのブログ

ようやく芥川賞に向けてスタートしました。最短コースの2011年前期に受賞となるか……!

考えている私

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書きたいことがいっぱいあるときは、時間がない。
 
時間があるときは、書くことがない。
 
いけません。
 
また言い訳してます。
 
少しずつ少しずつ、一歩一歩、一行一行、一日一日、私は生きます。
 
いろんなことがあるのが人生。
 
いいではないか。
私は私のペースで生きてゆくのです。
 
みんなそうやって生きているんだから。
 
焦ると碌なことがないのも、また私の人生。
 
調子に乗るともっと良くないことが起こるのが、私の人生。
 
少しずつ少しずつ、一歩一歩、一行一行、一日一日、いまこの時を私は生きます。
 
 
(星)

いけません……。

忙しさにかまけて、なにもできません。

あれもしなきゃ、これもしなきゃ。

あれもやりたい、これもやりたい。


こんなことだから、職業作家になんかなれっこないのです。

来月からは、更に忙しくなりそうで、自由が利かないかも知れないときています。


人間、なんで眠らなければならないのでしょう。

人生の三分の一は眠っているという計算。


眠らないでもよくなったらなったで、私はきっとまた別のことをしているんでしょう。

そんな人間なのです……。

私は。

そろそろ連載小説を

やっと書き始めました。

半年掛かりました。

構想が、一週間前にふと浮かび、

「ああ、こうしよう」

という感じで、おぼろげながら、纏まりつつあります。

タイトルは、八月終わりに決まりました。


「七年と七日」

です。

主人公「私」が、職を辞し、その後、ぐずぐずとしてしまった七年の軌跡を
蝉の一生になぞらえて進む物語です。


「ちぎれ雲」も完成させたいのですが、平行してやっていきたいと思います。


では。

みんな活動してるんだ

いま、いろいろな人のブログをブログからブログを渡り歩いて見てきた。

みなさん、しっかりと活動してらっしゃるんだ、と感じた。

ブログ自体の進歩もあるようで(四年前は既に大昔のよう)、いろいろな技術を駆使した
ブログが多かった。

綺麗にデコレーションされていて、とても華やかに見えた。

その点、私のブログは、なんともシンプルである。
シンプル・イズ・ベストではあるけれど、そう思っているのは自分だけだろう。

ここに来てくれる人も一日に一人か二人くらいなものだから、気楽ではある。

以前開始した(別のブログ)当初もそんなところからのスタートだったわけで、
ある意味、新鮮ではある。

果たして、これから、どのくらいの人々が訪れてくれるのだろう。
それもまた楽しみではある。

私も己の性格を知っているから、ブログをやりだすと止まらなくなる。
一日中夜日向お構いなしになってしまう。

いまは、制約あって毎日いじっていられないからいいが、そのタガが外れたら、と思うと
空恐ろしい。

こんな私のブログの数少ない訪問者のある方から、私の目指す、物書きとしてのジャンルは
なんですか? との問い掛けがあった。

いままで、ジャンル問わずいろいろと書いてきて、文字通り、試行錯誤してきたのだが、
ここ一二年で、やっと固まってきたように思う。

いまどき通用するかどうかわからぬが、己をとことん突き詰め、己を見出し、さらけ出してゆく。
しかし、そこにあるものは、人々の共感を得られる内容でなくてはならない、と思っている。
いままでは、読者を無視して、自己満足のためだけで書いてきたんだ。

嫌う人も多いが、「私小説」を書いてゆこうと、思っているし、それしか書いたことがない。
なぜなら、神の目目線の物語が、どうにもこうにも下手くそなだけ、なのである……。

情けない。

この情けない気持ちや己の心の恥ずかしい部分が、「詩」として出てくるのではあるけれど。

私は、自己嫌悪の塊なのです。

そして、この自己嫌悪は、詩ばかりでなく、エッセイにもなる。
つまりは、物を書くこと全ては繋がっているんだと思う。


星 ひかる

題材に恵まれて……。

私も歳を重ねることで、人間に厚みが出てきたと実感するときがある。

酸いも甘いも知っている。

甘いは、ほんの一瞬であるのは世の常だろう。
いままでの人生の殆どは「酸い」の部類である、というか、酸いの部分の印象しか残っていない。

辛いことほど人は忘れにくい記憶ともなるが故、仕方のないことか。

よく考え、実際に調査すれば、五分五分のトントン、かもしれない。

人生トントンが一番なのである。

辛いことがある分、次には楽しいこと良きことがあるし、良きことがあれば、その次には、
辛いこと嫌なこと悲しいことがあり、起こるのである。

谷深ければ、山は高く、山低ければ、谷も浅い、というもの。

私は、高校大学と社会人前半は、甘く楽しいものだった。
その分、後半の現在に至っては、酸っぱく辛い人生を歩んでいる。

そういって、辛いと思っている中にも、僅かであるが楽しいこともあるわけで、やはり、
気持ちの問題だろうし、なにを良しとし悪しととるかは、人それぞれの価値観でもあるし、
かといって、それだけで片付けてもいけないような気もする。
(なにやら判り辛い話しだ。)

私としては、悪いことと思っても、その中でなにを考え、どう行動するかを確りと考えたい、
と思っているし、悪いことなら尚のこと、その後の生き方を見直してみたり、その悪いことを
良き経験と捉えて、その後の人生の参考にしたい、と感じている。

楽観的とまではいわないが、少なくとも、前を向き、明るく考えたい、とも思っている。

こんなこと、つい一年前までは、全くもって考えにも及ばず、寧ろこの逆を正に突っ走っていた
私である。

偉そうになにをいうか、と自分で思い、笑ってしまう。
変われば変わるものである。

そこには、「己の人生は、己の性格が決める」という言葉に助けられている。
「己の性格が、己の人生を決める」とも言い換えられるか。

誰がいったか全く判らないが、いまの私の座右の銘ともいえる言葉である。

(前にもここで述べているが、若かりし頃は、「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」の精神で、
これが私の座右の銘であった。)

(注)侃侃諤諤:権勢を恐れず、思ったことをいう。直言、諫言する、の意。

ここ、二三年にした経験は、私に初めて死を考えさせるものであったけれど、いまの私を
支える経験にもなっているのであるから、摩訶不思議である。

小説だったり、詩を書くにあたっていえば、その題材に尽きることのない経験をさせてくれたし、
あとは、私の技術・技量・気力にかかっているのだ。

14年間勤めた会社を辞めるときに、己から言い放った、「七年後に売れっ子となっている」
という言葉を考えれば、残された時間はあと三年と少ししかない。
成し遂げるために必要なものの一番は、「気力」だと判っている。

身を削って書くからには、なにより「気力」「体力」が大事なのだ。

この私のブログを訪れた方には、どうぞ私の活動と行動を見守って頂ければ、と勝手ではあるが、
思っている。

いまここで、自己分析をするならば、いまいち「行動力」に欠けるかな……。
致命傷か……?


星 ひかる

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