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危険過ぎる。原発は核兵器です。

従軍慰安婦の事

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『独山二−もう一つの戦争』(溝部一人編)が伝える慰安所

1990年ごろ、まだ誰も被害者が名乗り出ていなかった時代に日本政府は「慰安婦は業者が連れまわっていた」と答弁していた。まるで勝手に連れまわっていたと言わんばかりの言い草だったが、それから元慰安婦の方々が名乗り出ると共に公文や元軍人、兵士の書いた著作も多数発掘され、「慰安婦・慰安所」研究は飛躍的に進んだ。
もはや誰も「慰安婦は業者が勝手に連れまわった」と言えないだろうと思っていたら、まだその手の事を言い募る人がいるらしい。さらに少し違った角度から朴裕河が右派と同様に研究を無視して「業者の責任が大きい」論を振り回し始めた。

彼らは、どんな風に慰安所が造られたか?実証研究の成果がまるで分かっていない。そこで元日本軍軍人・兵士たちがどんなことを書いているかをちゃんと示しておこうと思っている。

さて最初は、溝部一人氏の『独山二−もう一つの戦争』である。著者は溝部氏と同じ部隊にいた軍医であり、慰安所の創設に関わっている。

現地軍が慰安所を造る場合、いくつかの方法がある。
① ひとつは業者(自分たちの故郷の人間の例も)に頼んで女性を送ってもらう場合。
② 次に政府(警察を含む)に依頼して女性を送ってもらう場合。この場合、朝鮮および台湾総督府に依頼する場合もある。
③ 進軍する際に強姦した女性をそのまま、監禁し強姦しつづけるような場合。これは裁判では「慰安婦状態」と表現されている。
④ そして進軍し占領した現地の女性を調達する場合である。こうした場合、スマラン事件のように収容所から女性を集めたり、フロレスの事件のように憲兵が配下とした警察隊に女性を集めさせたりもした。日本軍は占領するとその占領地に食料を割り当てて出させたりしたのだが、(これ自体が押しこみ強盗みたいなものだが、さらに進軍中は、強奪した場合も多い)
村なら村で食料を割り当てるついでに、女性も供出させたのである。戦国時代の国取り領主にでもなったつもりだったらしい。
作者は強制売春をさせられる中国人女性を前に「村の治安のためだと泣く泣く来たのだろうか」「戦に敗れると惨めなものだな」と感想を漏らしている。
この部分は研究者には非常に有名である。ただし『正論」とか『WILL』とかしか読まない右派には有名ではない。自称専門家の西岡力にしてもこうした実証研究のための資料を自分の著作で紹介することはない。考察した様子さえない。自称専門家でさえそうなのだから、その影響下の右派の書く慰安婦本は、到底実証的とは言えないものになっている。いわば空想本だろう。あるいは妄想本というべきか?右派がしばしば引用する話に小野田さんの証言があるが(それぐらいしか無いらしいが)、彼はただ客として慰安所に関わっただけなのでその内実が分かっていなかった。しかし、この作者は、慰安所を造る側にいて、それをこと細かく記録している。その細かい部分がなかなか参考になるのだ。






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赤線は当会による)


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隊長会議で「慰安所」について細かい部分まで決定するという舞台裏

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慰安所を造るという話はあったが、それが具体化したのだと述べている。

それは大隊長にはたのしい事なのでニコニコしていたという。

しかし後で出てくるわけだが、女性たちには決して楽しいことではなかったのだ。



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隊長会議で「慰安所規則を制定し、料金も決定している。さらに女性の源氏名さえ決定している。




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「数名はバージン」「みんな素人だ」と述べている。「受け持ち」とか「最大限一人5人」というのは、要するに「素人なので」性行為をして、やり方を教えるという事だろう。
いわば「水揚げ」である。
朝鮮人や台湾人慰安婦たちの証言では、しばしば軍の将校が役得で、最初に「水揚げ」し、処女を奪うという話がある。その相談をしているのがここだろう。

設備(部屋、受付、洗濯、風呂、便所・・などを造る相談をしている。「各人1カ月あたり100円は稼いでもらう」そうだ。




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軍医として検診しているが、15歳の娘もいて、まるで性体験もない女性もいたのである。
それが犯罪だという意識も無いらしい。


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15才の娘に身体を出させようというのか、コラ! 



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将校クラブに5人回すという。

ここでも「娘娘した者は調教」という話が出ている。
大隊長は嬉しそう・・・なんだそうだ。

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要するに、占領地で女性を徴用、供出させ、兵士の相手として強制売春させる。もちろん、業者が勝手に連れ歩いたものではない。軍人のスケベな意思が造ったのである。それにしても供出は、司馬遼太郎が述べたように「匪賊」というか、ほとんど「犯罪者集団」というしかない。それとも国際法には、銃剣をもって押し入った占領地では女性を出させて戦地奴隷型慰安所を造ってよいという規定があると言うのか。
もし私の住んでいる地域にどこかの軍がやってきて、占領したあげく「食料と女を出せ」と要求したら、町長は住民と相談して泣く泣く、何人かの女性を出すかも知れない。もし私の家族がそんな目に遭ったら私は狂ったように抵抗するだろう。
そういう事を「皇軍」はやったのである。
安倍は「20世紀においては女性の人権が・・・我が国も・・・」と魔法の呪文のように繰り返しのたまうが、何をやらかしたのか?本当に分かってて言ってるのか。もちろん勉強不足の我が国の政治家どもがそんな事を理解しているとは到底思えないのである。






転載元転載元: 河野談話を守る会のブログ

 読売新聞のお役に立てなかった私の論文
 
8月25日休暇をとって海外に滞在していた私のところに、勤務先の事務室と所属学会の事務局から、FAXとメールが転送されてきた。どちらも差し出し人は同じ人で、読売新聞政治部の記者である。
 FAXおよびメールの内容は、私に対する取材依頼であった。従軍慰安婦問題を取材する中で私の論文「日本軍の慰安所政策について」を知り、インターネットに掲載されたものを読んだが、今後新聞や出版物でとりあげたいので、論文の理解がまちがっていないかどうか、確認してほしいという依頼である。記者が示した文面は以下のようなものだった。

読売新聞記者の要約

【論文の主旨の要約】
① 慰安所は「軍が設置した兵站(たん)付属施設」だった。
② 警察は、慰安婦募集業者が「皇軍慰安所」などの名前を使って募集を行うことは軍の威信を傷つけ、留守家庭に悪影響を与えるとして、軍直轄という事実を明らかにした形での募集行為を取り締まる方針(隠蔽化方針)を決めた。
③ 「副官通牒」は、出先軍司令部にこうした警察方針を周知徹底する指示文書であり、それによって慰安婦募集業者の活動を警察の規制下におこうとした。
【慰安婦「強制連行」との関連】
 「副官通牒(通達)から『強制連行』や『強制徴集』の事実があったと断定ないし推測する解釈は成り立たない」
 警察資料を根拠に、少なくとも日本本土においては強制連行がなかったという「作業仮説」のもとで解釈を行っている。
 正直言うと、これを読んで面喰らってしまった。【論文の主旨の要約】の部分①②③は、字面だけとれば、たしかに私の論文にはそれに近いことが記されているが(もっともそうはいっても、この要約には正確さが欠けている)、ほんとうに私が主張したいことはぜんぜんくみ取られていない。さらに、次の【慰安婦「強制連行」との関連】にいたっては、私の主張は無視され、まったく逆のことを言っているかのようにまとめられている。これでは、私がこの論文で「強制連行はなかった」と主張しているかのようにとられかねない。いったい、どういう理解をすれば、上記のような要約が出てくるのか不思議である。この記者の論文読解力はいったいどうなっているのか、と。
 そこで、私は取材依頼に対して次のように返信した。この時点では、私は読売新聞記者がなぜ私に取材しようとしたのか、どのような記事を書くために取材しているのか、まったく見当がつかなかったので、自分の論文について誤った記事が掲載されるのを防止するために、読売の記者が提示した文面を修正するかたちで、返答することにした。一から自分の論文の要約を書くのであれば、またちがった内容になるであろうことを、先に注記しておく。
 

永井の返信

 FAX読しました。ご呈示の【論文の主旨の要約】3点および【「慰安婦」強制連行との関連】ですが、著者である私から言わせていただきますと、拙論についての理解としては十分ではないと思います。以下のように変更していただくようお願いします。とくに【論文の主旨の要約】の②(修正分)は、③、④の結論を導くための重要な論点あり、私の論文の核心部分ともいえますので、これを省略はできません。この点ご理解ください。
 また、第二項目は【「副官通牒」と強制連行との関連】ではなく、【「慰安婦」と強制連行との関連】となっています。【「副官通牒」と強制連行との関連】であれば、①(修正分)だけでいいかと思いますが、【「慰安婦」と強制連行との関連】と一般的な設定となっていますので、その場合は②(修正分)が是非とも必要となります。
 以上、文章的には長くなりましたが、私の論文の主旨を新聞読者の皆様が誤解されるようなことがあっては困りますので、詳しく記した次第です。もし、長すぎてお困りになるようでしたら、私の論文について記事にされるのをお止めいただくか、あるいは著者の了解を得ていないことを明記していただくようお願いいたします。
 勝手なことを申し上げて、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくご高配のほどを。
修正分
【論文の主旨の要約】
①慰安所は所属将兵の性欲を処理させるために日本軍が設置した兵站付属施設であり、民間業者が経営する一般の公娼施設とは異なる。軍および政府の関与と責任を否定することはできない。
②1937年末に中支那方面軍が軍慰安所を設置し、その指示のもと売春業者達が日本国内および朝鮮に派遣され、軍慰安所で働く女性の募集をはじめた。それを察知した日本内地の一部の地方警察は、軍がまさかそのような施設を作るとは思いもしなかったので、募集活動の取締と慰安婦の中国渡航を禁止しようとした。
③この動きを知った内務省は、慰安所開設は軍の方針であることを地方警察に周知させるため通達を発し、慰安婦の募集と渡航を容認する一方で、軍の威信を保持し、兵士の留守家庭の動揺を防ぐために、軍と慰安所の関係を隠蔽化する方向で募集行為を規制するよう指示した。
④「副官通牒」は、このような内務省の規制方針にそうように、慰安婦の募集にあたる業者の選定に注意をはらい、地元警察・憲兵隊との連絡を密にとるように命じた、出先軍司令部向けに陸軍省から出された指示文書である。
【「慰安婦」と強制連行との関連】
①現存する1937年末から1938年初にかけての警察報告をみるかぎり、和歌山での婦女誘拐容疑事件(これは大阪の警察が慰安婦の「公募」証明を出したことによって容疑者は釈放された)を除き、警察は「強制連行」や「強制徴募」の事例を一件もつかんでいなかったと言わざるをえない。だとすれば、「副官通牒」から「強制連行」や「強制徴集」の事実があったと断定ないし推測する解釈は成り立たないことになるし、また、これをもって「強制連行を業者がすることを禁じた文書」とする主張も誤りと言わざるをえない。
②秦郁彦氏の研究でも就労詐欺や誘拐によって女性が集められた事例が多いことが明かになっている。「軍慰安所で性的労働に従事する女性を、その本人の意志に反して、就労詐欺や誘拐、脅迫、拉致・略取などの方法を用いて集めること、およびそのようにして集めた女性を、本人の意志に反して、軍慰安所で性的労働に従事させること」をもって「慰安婦の強制連行」と定義してよいのであれば、軍から依頼された業者が詐欺や誘拐によって女性を軍慰安所に連れてきて働かせ、しかも軍慰安所の管理者である軍がそれを摘発せずに、事情を知ってなおそのまま働かせたような場合には、日本軍が強制連行を行なったといわれても、それはしかたがないであろう。
 この返信に対して、読売の記者からは、私の論文要旨に関する修正案をすべて採用する方向で検討したいとの返答があり、また【「慰安婦」と強制連行との関係】と見出しにしたが、じつは【「副官通牒」と強制連行との関係】のつもりであったという釈明があった。もっとも、その後私の論文を紹介する記事が掲載された形跡はなさそうなので、検討の結果取材記事はボツになったようである。
 さらに記者は、私の論文のことを知ったのは、8月5日の朝日新聞の特集記事「慰安婦問題を考える上」で私の論が引用されていたからであること、朝日の記事を最初に読んだ時には、「副官通牒」の前提となる内務省警保局長通牒について、私が「強制連行のような違法行為が実際におこなわれていたので、警察が業者に対し、軍との関係を口外しないように規制した」ものと主張しているように思えたが、実際に私の論文を読んでみたところ、そうではなさそうなので、私の論文の主旨を正しく紹介したいと思って、取材したのだと、説明してくれた。
 この説明から、読売の記者は朝日新聞の慰安婦問題特集を批判する材料として、私の論文に注目し、取材を申し込んできたことがわかった。さらに、この記者が「強制連行の有無」にしか関心を寄せていないこと、つまり「慰安婦問題とは強制連行の有無の問題にすぎない」という枠組みでしか、この問題をみようとしない人物であり、かつてこのブログで「慰安所・慰安婦関係の公文書の解釈と評価を、ただそれが「強制連行・強制徴集を示す証拠であるのか、ないのか」といった単一の判断基準のみでおこなおうとする傾向を、典型的なかたちで示している」と批判したサンケイ新聞の古森義久記者と同じ思考をする人物であることが了解されたのであった。
 
 その2日後から読売新聞は慰安婦問題に関して朝日新聞を攻撃する特集記事を連載しはじめた。私に取材依頼をしてきた記者が、この特集記事でどのような役割を果たしたのか、私にはわからない。しかし、YOMIURI ONLINEに掲載された記事を読む限り、特集全体が上記のような思考の枠組みで書かれているといってまちがいないであろう。ともかく、私の論文は読売新聞のお役には立たなかったようである。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
永井 和 さんからの転載です。
 
永井和の日記
永井和さん
 
 
 
「海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていた。」 
           (中曽根元首相が自ら“手記”で明記)
 
 
 
 
中曽根元首相の“手記”が収録されている『終りなき海軍』(文化放送開発センター)
 
 朝日新聞の慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
 だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。
  
 大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。
 
 何かというと左翼のでっちあげとわめきたてて自分たちを正当化しようとする保守派やネトウヨのみなさんには申し訳ないが、これは捏造でも推測でもない。中曽根元首相は自分の“手記”の中で自らこの事実を書いており、しかも、防衛省にそれを裏付ける戦時資料が存在していたのだ。そこには、部隊の隊員によるこんな文言が書かれていた。
 
「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」
 
 まず、“手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。
 
 タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。
 
「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」
 
 おそらく当時、中曽根は後に慰安婦が問題になるなんてまったく想像していなかったのだろう。その重大性に気づかず、自慢話として得々と「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書いていたのだ。
 
 ところが、それから30年たって、この記述が問題になる。2007年3月23日、中曽根が日本外国特派員協会で会見をした際、アメリカの新聞社の特派員からこの記載を追及されたのだ。
 
 このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。
 
 だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の“手記”のほうがデタラメということになってしまう。だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。
 
 いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。 
 
 国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。
 
 資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
 
 本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。
 
 宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。
 
「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる
 主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」
 
 さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。
 
 それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。
 
 そして2つの地図を見比べてみると、“ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。
 
 つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。
 
 もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。
 
 しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。
 
 実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。
 
 つまり、中曽根首相がこうした“強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。
 
 朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。
 
 しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。
(エンジョウトオル)
 
 

転載元転載元: 宝の山(別館)

本当にうんざりする。朝日新聞の「慰安婦問題を考える」の記事に対する日本の政治家と一部極右メディアとアホンダラネトウヨの反応のことだ。
 
吉田清治氏の著書や証言を朝日新聞が「虚偽」だと結論づけ謝罪したことから国内の「日本軍強制性奴隷」をなかったことにしたい奴らが問題の本質ずらしに躍起になっている。
 
 
■読者のみなさまへ
 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました
とコメントし、虚偽と決定づけた理由を記している。(一部抜粋)
   97年3月31日、特集記事のための取材の際、吉田氏は東京社会部記者(57)との面会を拒否。虚偽ではないかという報道があることを電話で問うと「体験をそのまま書いた」と答えた
 
  今年4〜5月、済州島内で70代後半〜90代の計約40人に話を聞いたが、強制連行したという吉田氏の記述を裏付ける証言は得られなかった。
 
  干し魚の製造工場から数十人の女性を連れ去ったとされる北西部の町で経営に携わった地元男性(故人)の息子は「父から女性従業員が連れ去られたという話は聞いたことがない」と語った。
 
  「かやぶき」と記された工場の屋根は当時の様子を記録した映像資料によると、トタンぶきとかわらぶきだった。
 
   吉田氏は著書で、43年5月に西部軍の動員命令で済州島に行き、その命令書の中身を記したものが妻(故人)の日記に残っていると書いていたが吉田氏の長男(64)に取材したところ、妻は日記をつけていなかったことがわかった。
   吉田氏はまた、強制連行したとする43年5月当時、済州島は「陸軍部隊本部」が「軍政を敷いていた」と説明していた。この点について、永井和・京都大教授(日本近現代史)は旧陸軍の資料から、済州島に陸軍の大部隊が集結するのは45年4月以降だと指摘。「記述内容は事実とは考えられない」と話した。
私感だが②を除いたものに関していえば、だからといって「慰安婦を強制連行した」ことを否定できるだろうか?証言から、戦後45年以上も過ぎていて記憶違いも当然あるだろう。
④の「トタンぶきとかわらぶき」を「かやぶき」と言ったことも済州島の家屋が当時ほとんど「かやぶき」だったことから印象の強さでそう思い込んでいても何の不思議もない。
①なんて、だからどうした?だし、
③にしても息子が聞いていなかっただけだろ。て話だし、
⑤だって息子が母親の行動を100%理解しているわけねえだろ。て話だ。
⑥では永井和・京都大教授は証言のまま受け取れば「事実とは考えられない」となるだろうが、それも旧陸軍の資料上で「済州島に陸軍の大部隊が集結するのは45年4月以降」だが、大日本帝国は最終決戦を琉球ではなく済州島で。。と考えていたのではないかという痕跡が済州島にある。
それは日本軍によって無数に掘られたトンネルで、トンネルの中には指揮をとる為の小さな空間(部屋)もいくつか見つかっている。掘られた通路を進んでいくと海や周りを見渡せる山の上に出てくるのである。その他、海岸の岩場には人間魚雷を海に入れるために作られたのではないかとされるコンクリートで作られたものも残っている。また奇襲に備えるためコンクリートの建物(囲い)も(畑の中にポツンと)残っている。
韓国の歴史研究家はこうしたものを日本軍はなぜ作ったのか、結論として日本軍は済州島へ米軍を誘き寄せようとしたが失敗し、結果沖縄で決戦になったのではないか。と見ている。
要するに資料上「大部隊が集結するのは45年4月以降」だがその下準備で済州島に軍人が投入されていたのである(実際にトンネルを掘らされたのは現地の人々)。そのことを吉田氏が「陸軍部隊本部」が「軍政を敷いていた」と説明していてもなんの不思議もないのである。
さて、この中で唯一、虚偽かどうかを判断できるのは②である。
「強制連行した」という証言の裏付けはそう簡単には取れないだろう。なぜなら連行されたということになれば「性奴隷になった」ということになるのである。
日本人性奴隷被害者がなぜ声をあげないか考えてみれば想像は容易い。小さな島で、しかも数え切れない日本軍人の相手を来る日も来る日もさせられたことなど言えるわけがない。儒教の教えの国ならなおさらである。特に済州島民は絆が強いといわれている。言わないことで同じ島民を守ることになるのだ。
また朝鮮半島の各地から少女や女性を集めた日本軍が済州島だけ除外したとは考えにくい。ていうかそんなわけねえだろ。の域である。もし虚偽なら、吉田氏の動機や目的は何か。それによって吉田氏は何を得たのか。。虚偽とするには不可解な部分もまた多いのだ。
吉見義明・中央大教授が吉田氏に面会した際、「(強制連行した)日時や場所を変えた場合もある」と説明した上、動員命令書を写した日記の提示も拒んだといい、吉見氏は「証言としては使えないと確認するしかなかった」という。
要するに「使えない」というだけのことなのだ。
よって吉田証言は日本軍強制性奴隷問題の根拠として採用されていない。にも関わらず「朝日・慰安婦捏造」などと煽り、まるでこんなちっぽけなしょうもないことで性奴隷がなかったように騒ぐ日本の政治家と一部極右メディアとアホンダラネトウヨ。コイツらがいかに性奴隷問題について疎いか(無知か)を見せつけられた一件だった。
 
私が一番共感できたのは吉見教授のコメントだった。
 
被害者に寄り添う報道必要 吉見義明さん(中央大教授)
 
 
 
こんな日本国内のどーでもいいバカ騒ぎを尻目に 4日、ニュージャージー州ユニオンシティに9番目の慰安婦碑の除幕式が行われた。また韓国人元慰安婦2人と極秘に米ホワイトハウスや国務省の関係者と相次いで面談し、来月も面談が予定されているらしい。
 
国連のピレイ人権高等弁務官は6日(現地時間)に声明を発表し「いわゆる慰安婦として知られる被害者らは、第2次世界大戦が終わってから数十年が過ぎた今になっても、相変わらず人権が蹂躙されている」として、日本を全面的に批判し、「日本は戦時性奴隷(慰安婦)問題に対し包括的かつ公平、恒久的な解決策を打ち出すのに失敗した。日本の公人たちが事実をさらに否定し、被害者を侮辱しても日本政府は知らない振りをしている」と述べ、国務省のサキ報道官も5日「旧日本軍が193040年代に性を目的に女性の人身売買に関連したことは嘆かわしいことであり、その規模は大きく、明らかな人権侵害だ」と述べている。
 
国際社会がニッポンとは真逆のまともな精神状態で良かったと胸をなでおろすばかりだ。国内での今回の騒ぎも国際社会では、卑怯者があの手この手で問題のすり替えに躍起になっている姿がどう映るのか、そしてそれがどう反映されていくのか。早く結末を見たいものだ。

転載元転載元: 自浄能力のない国に、もの申してやるよ。有り難く頂戴しなさい。

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