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送り出す
6月11日午前、ソウジを火葬にした。
ソウジが死んですぐ、火葬の手配を電話でした。車で30分ほどの場所に、何箇所か動物の霊園兼火葬場がある。実は、レイとタクをもらってきたのも、そのあたりの動物霊園で、遺棄動物の保護もしているところだった。タクのときは、「もらってきた場所で」とそこの霊園で荼毘に付した。ソウジも、と思っていたのだが、あいにく日曜は休みだった。10日中ならば、間に合うかもしれなかったが、今の今、息を引き取ったばかりなのに、あわてて火葬なんて、できるわけがなかった。日曜日も火葬を行っている場所が幸いすぐ近くにあったので、連絡し、時間を決めた。
ソウジを、あらかじめ買ってあったきれいなダンボールに私のお古のセーターとソウジの寝床に使っていたバスタオルを敷き、寝かせた。ソウジの姿は、死後硬直が始まるまでに自然なまあるい寝姿に整え、日本手ぬぐいを巻いて固定しておいた。手足を伸ばしたまま硬直してしまえば、箱にも収まらないし、何よりも痛々しい。目を閉じさせるのと同じで、いわばエンバーミングである。
実は、タクが死んだとき、死後かなり長い間(1時間ぐらいだろうか)病院へ連れて行って蘇生措置をしてもらったりしていたために、目も閉じさせられず、舌も出たまま、姿も手足が伸びきっていて、悲しい姿のままになってしまった。
ソウジのお棺にするダンボールをあらかじめ買ってあったなんて、非情な飼い主だと思われるかもしれないが、ソウジの、遠くない死を覚悟して心の準備をするために、そういうものを用意することは悪くないのではと思う。死んじゃった! というショックの中で、そういうものを買いに走るのは(特に車を運転してなんていったら)危ないしよくないと思う。ありあわせの箱があればそれで十分なのだが、箱とか袋は、欲しいときに丁度いいものがないのがお決まりだ。
ソウジは、ごたぶんにもれず、ダンボール箱の好きな猫だった。きっちり、くるりんと収まって、気持ちよさそうにすやすや寝てたっけ。今のソウジも、そのまんまの姿だ。
お線香と水と、猫缶やカリカリやオヤツを、いままでソウジが使ってた器に入れて供えてやる。
今年はそれほど暑くないのが幸いだが、やはり遺体が傷むとイヤなので、ケーキやナマモノについてくる保冷材が冷凍庫にいくつかあったのでそれをペットシーツにくるみ、ソウジの体の下に入れた。祖母がなくなったのも6月で、たくさんのドライアイスを遺体の下に敷いたら、着せた浴衣がびっしょりになって、「おばあちゃん、冷たそうだ」と家族みんなで悲しく思った。猫は小さいから保冷材でも十分役に立つし、ペットシーツにくるめば水滴で体が濡れることもない。ごめんね、冷たいのは嫌いなのにね。
それから、クウカイの散歩に行った。
どんなに悲しくたって、クウカイは元気で生きてる。さきほどまで、人間たちがわぁわぁ嘆き悲しむ中で、何がおこったのかよくわからないながら、神妙にしていたクウカイもかわいそうだった。
もう、ソウジを気にして散歩を短く切り上げる必要も、なくなってしまった。
翌朝、母に、庭の花でソウジに手向ける花束を作ってもらう。最後まで、庭に出ること、外の空気を吸うことを楽しんでいたのだから、庭の花も一緒に送ってやろう。猫草の束も作って一緒に添えてやる。
荼毘
夫にソウジの入った箱を持ってもらい、霊園へ。
道々、車に乗せるとソウジはカーブでにゃあにゃあ文句を言ったとか、最近はちっとも啼かなくなったとか、そんな話をしている。運転しながら泣くわけにいかないし、私にとっては運転そのものは気持ちを落ち着かせるものなので、ソウジに文句を言われないように、静かに車を走らせる。
霊園では、火葬の準備が整っていて、すぐに案内された。
ソウジを入れた箱ごと火葬にしてもらうつもりだったが、それでは紙や布の灰で本来の灰がわからなくなってしまうとのことで(まあそれでも骨だけ拾えればいいかなと思ったが)ソウジを箱から出して、火葬の台に移すことになった。
ソウジの箱を開けたとたん、係りの人が「ああ、本当に眠ってるみたいですね」と言ってくれた。
変な話だが、悲惨な姿を見てしまうことだって多々あるんだろうと思う。ソウジのように静かに逝った子ばかりじゃなかろう。
台の上にタオルだけ敷き、ソウジを抱いて横たえる。かちんこちんの、冷たい体。
夫の着古したTシャツの切れ端をまいて枕にし、花束と猫草を載せる。係りの人が、カリカリを紙皿に盛って、一緒に供えてくれた。「ソウジ、よかったね、おいしいのもらったよ」
焼香台で焼香し、ソウジにタオルがかけられ、炉の中に入れられる。
炉に点火する、ゴォっという音は、何度聞いても胸が張り裂ける音だ。
待合室へと促されても、私はその場を動けず、声を上げて泣いていた。
タクのときには、あまり泣けなかった。
あまりに突然だったのと、そのときの私の状況がいろいろあって、ゆっくり悲しんでいる時間も心の余裕もまったくなかった。タクを火葬にしたかしないかに、職場に電話をしているような状況だった。
あれは、やっぱりよくなかったと思っている。
45分ぐらいだろうか、係りの人が、準備ができたと呼びに来た。
まだ熱い炉から出されたソウジは、きれいなお骨になって横たわっていた。
不思議と、もう涙がでなかった。骨そのものが、即物的な感じがするものだからかもしれない。
だけど、そのまだ温かい骨片がいとおしいことにも、変わりはなかった。
骨は、タクより太いように思えた。病気をすると骨がもろくて残らないというが、ソウジの骨はしっかり残っているし、あまり変色もしていない。「これ、がんのとこかな?」という、いびつな丸い塊があったが、箸でつかむとほろほろと灰になって崩れた。猫は小さいので、「渡し箸」なんてする必要がない。小さな骨壷に脚からひろいあつめ、ときおり、係りの人がそれを砕く。最後に、頭の骨をのせるまで、せいぜい15分もかからないだろう。
ソウジは、ちっちゃな骨壷にすっかり収まり、きれいな錦の骨壷袋に入れられて夫の膝に納まった。
ペットロス?
ソウジは今、そのきれいな骨壷袋におさまったまま、ウチの居間に安置されている。
生前のかわいい写真を選んで焼き、お骨の前に並べてある。ラプルママさんとパパさんからおもいがけず花束をいただき、これもソウジの「祭壇」を優しく飾っている。
遺体が家にあるあいだ、現し身のソウジへの「執着」(この場合、仏教用語の「しゅうじゃく」だろうか)は大きかったが、お骨になってしまうと、少しずつおちついてくる。ただ、ソウジが生きているときの話や、ソウジが今、どこらあたりに行っただろうか、なんていう話をすると、涙が出てくる。
外へでかけて帰って来ても、ソウジはにゃあ、と迎えてくれない。
息も絶え絶えでも、シッポをわずかに振ってくれてた、それがどれだけ大きなことだったか。
レイとクウカイにはすごく慰められるのだが、ソウジのあけた穴は、容易にふさがらない。
それでいいんだ、と思う。それで当たり前だと。
夫もかなり疲れ果てていて、だるくてたまらないという。
一種のペットロスの心身症のようなものらしい。
これも、当たり前だ。
それでも夫は会社に行き、幸いにもやさしい仕事仲間たちに話を聞いてもらい、慰められているようだ。
私は私で、このブログでたくさんの人にはげまされ、そして友人たちに慰められている。
スーパーで買い物をすると、魚売り場がちょっとだけ切ない。ソウジの食欲を出させるために、何か、食べさせられるものはないかと毎日足を運んで物色したから。
マグロの落とし、アジの干物、今を盛りのカツオのタタキ。みんなソウジの大好物ばかり。
ことに、アジの干物とカツオのタタキは、毎日のようにどちらかを用意していた。もう、買っていってもソウジは喜んでくれない。だけど、ソウジを荼毘に付した夜、「精進落とし」と称して、カツオを買っい、レイもクウカイも、みんなで食べた。精進なんてしてないけれど、せめてカツオをみんなで食べて、ソウジの供養にしようというわけだった。切ないけど、今だからカツオを買って食わないことにゃ、もうつらくてカツオなんて見たくもなくなりそうな気がした。
でもこれからも、ずっと思い出すんだろうなぁ。魚売り場を通るたびに。
これも、しょうがないか。
看取りを終えて
多頭飼い家族は、待ったなし。レイとクウカイは、それぞれ元気だし、これからこの子たちをソウジの命の分、長生きさせたいから、とりくまなきゃいけないこともたくさんある。まずは、やはりレイのご飯のことだ。それはまた、レイのカテゴリーで書いていこうと思う。
悲しみはそうそう簡単になくならないけれども、私は後悔をしていない分、気が楽だという気がする。
幸いにも、ソウジの側にずっといてやる時間が私にはあった。外で仕事をしていたわけでもなく、締め切りも抱えていなかった。ソウジの看病にかかる費用(まだ計算していないが、レイの闘病で10万円近かったので、それ以上だろう)も、なんとか捻出してやることはできた。
動物を飼うということは、自分の命を削って与えること
いつか、獣医師広報版というサイトの記事(だったと思う)で読んだ言葉だ。
まさに、そうに違いない、と思う。
だけど、どれだけの飼い主が、本当にこれを実践できるだろうか。
私も、これが本当にできているとは、もちろん思ってもいない。努力目標だ。
ただ、命が尽きるまで、自分で可能だと思えることを迷わずやることができた。そんな自己満足だけはある。ソウジは苦しまずに逝けたと信じるし、それでよかった、ソウジにも、ちゃんと通じていたはずだ、と思うようにしている。
誰だって、できることには限りがあるのだから。
このページに、FIV,Felv、猫エイズ、猫白血病、猫の介護なんていう言葉で検索した末にたどり着く人も、あるいはいるかと思う。私も、そうだったから。他の人の、猫を介護するブログやサイトの記事で、たくさんの生の情報を得た。そして、本当に助かったし、心の支えにもなった。ただ、「今、看取りました」という生々しい記事には、見知らぬ通りがかりがいきなり「うちも死にかけてて」と書き込みはしにくいし、そうじゃない記事は、3年5年たってて「いまさら質問するのもなんだしな〜」でもあった。
でも、もし同じような立場の方が、この一連の記事を読まれたら。
そしてもし、私に聞きたいことや、言いたいことや、いろんなことがあったら。
すぐであろうと、何年も何年も後であろうと。
いつでも、遠慮なくコメントとして書き込んでほしい。
ネチケットに則ってのコメントであるかぎり、できうる限り、お答えしたいと思う。
それが、私ができるお礼のひとつだと思っている。
ありがとうございました。
ソウジの記事は、一応ここまでにさせていただき、「元ノラにゃんこソウジ」は連載終了にします。
月並みな文句ですが、ソウジの思い出は、みなさんの心の中にも生きてます。
これから書く記事の中にも、またソウジは出てくると思います。
そのときは、よろしくね。
写真は、ソウジの写真で私が一番気に入ってるものを、加工しました。
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