ぶろぐ版@活字中毒倶楽部

個人ブログは移転しました。やす猫、ねりま猫、みなさまのおかげで終結できそうです。ありがとうございました。

元ノラにゃんこソウジ(連載終了)

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2000年夏、我が家に迷い込んできた小汚いにゃんこは、いつのまにかまるまる太り、美にゃんこになった。だけど、猫エイズ、猫白血病ウィルスキャリアの二重の爆弾をかかえたとんでもねぇにゃんこだった! 2006年、推定8歳。春からエイズの諸症状とがんを発症。懸命に闘病し、生ききり、2006年6月10日、大往生。
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送り出す

6月11日午前、ソウジを火葬にした。
ソウジが死んですぐ、火葬の手配を電話でした。車で30分ほどの場所に、何箇所か動物の霊園兼火葬場がある。実は、レイとタクをもらってきたのも、そのあたりの動物霊園で、遺棄動物の保護もしているところだった。タクのときは、「もらってきた場所で」とそこの霊園で荼毘に付した。ソウジも、と思っていたのだが、あいにく日曜は休みだった。10日中ならば、間に合うかもしれなかったが、今の今、息を引き取ったばかりなのに、あわてて火葬なんて、できるわけがなかった。日曜日も火葬を行っている場所が幸いすぐ近くにあったので、連絡し、時間を決めた。

ソウジを、あらかじめ買ってあったきれいなダンボールに私のお古のセーターとソウジの寝床に使っていたバスタオルを敷き、寝かせた。ソウジの姿は、死後硬直が始まるまでに自然なまあるい寝姿に整え、日本手ぬぐいを巻いて固定しておいた。手足を伸ばしたまま硬直してしまえば、箱にも収まらないし、何よりも痛々しい。目を閉じさせるのと同じで、いわばエンバーミングである。

実は、タクが死んだとき、死後かなり長い間(1時間ぐらいだろうか)病院へ連れて行って蘇生措置をしてもらったりしていたために、目も閉じさせられず、舌も出たまま、姿も手足が伸びきっていて、悲しい姿のままになってしまった。

ソウジのお棺にするダンボールをあらかじめ買ってあったなんて、非情な飼い主だと思われるかもしれないが、ソウジの、遠くない死を覚悟して心の準備をするために、そういうものを用意することは悪くないのではと思う。死んじゃった! というショックの中で、そういうものを買いに走るのは(特に車を運転してなんていったら)危ないしよくないと思う。ありあわせの箱があればそれで十分なのだが、箱とか袋は、欲しいときに丁度いいものがないのがお決まりだ。

ソウジは、ごたぶんにもれず、ダンボール箱の好きな猫だった。きっちり、くるりんと収まって、気持ちよさそうにすやすや寝てたっけ。今のソウジも、そのまんまの姿だ。
お線香と水と、猫缶やカリカリやオヤツを、いままでソウジが使ってた器に入れて供えてやる。

今年はそれほど暑くないのが幸いだが、やはり遺体が傷むとイヤなので、ケーキやナマモノについてくる保冷材が冷凍庫にいくつかあったのでそれをペットシーツにくるみ、ソウジの体の下に入れた。祖母がなくなったのも6月で、たくさんのドライアイスを遺体の下に敷いたら、着せた浴衣がびっしょりになって、「おばあちゃん、冷たそうだ」と家族みんなで悲しく思った。猫は小さいから保冷材でも十分役に立つし、ペットシーツにくるめば水滴で体が濡れることもない。ごめんね、冷たいのは嫌いなのにね。

それから、クウカイの散歩に行った。
どんなに悲しくたって、クウカイは元気で生きてる。さきほどまで、人間たちがわぁわぁ嘆き悲しむ中で、何がおこったのかよくわからないながら、神妙にしていたクウカイもかわいそうだった。
もう、ソウジを気にして散歩を短く切り上げる必要も、なくなってしまった。

翌朝、母に、庭の花でソウジに手向ける花束を作ってもらう。最後まで、庭に出ること、外の空気を吸うことを楽しんでいたのだから、庭の花も一緒に送ってやろう。猫草の束も作って一緒に添えてやる。

荼毘

夫にソウジの入った箱を持ってもらい、霊園へ。
道々、車に乗せるとソウジはカーブでにゃあにゃあ文句を言ったとか、最近はちっとも啼かなくなったとか、そんな話をしている。運転しながら泣くわけにいかないし、私にとっては運転そのものは気持ちを落ち着かせるものなので、ソウジに文句を言われないように、静かに車を走らせる。

霊園では、火葬の準備が整っていて、すぐに案内された。
ソウジを入れた箱ごと火葬にしてもらうつもりだったが、それでは紙や布の灰で本来の灰がわからなくなってしまうとのことで(まあそれでも骨だけ拾えればいいかなと思ったが)ソウジを箱から出して、火葬の台に移すことになった。

ソウジの箱を開けたとたん、係りの人が「ああ、本当に眠ってるみたいですね」と言ってくれた。
変な話だが、悲惨な姿を見てしまうことだって多々あるんだろうと思う。ソウジのように静かに逝った子ばかりじゃなかろう。

台の上にタオルだけ敷き、ソウジを抱いて横たえる。かちんこちんの、冷たい体。
夫の着古したTシャツの切れ端をまいて枕にし、花束と猫草を載せる。係りの人が、カリカリを紙皿に盛って、一緒に供えてくれた。「ソウジ、よかったね、おいしいのもらったよ」

焼香台で焼香し、ソウジにタオルがかけられ、炉の中に入れられる。
炉に点火する、ゴォっという音は、何度聞いても胸が張り裂ける音だ。
待合室へと促されても、私はその場を動けず、声を上げて泣いていた。

タクのときには、あまり泣けなかった。
あまりに突然だったのと、そのときの私の状況がいろいろあって、ゆっくり悲しんでいる時間も心の余裕もまったくなかった。タクを火葬にしたかしないかに、職場に電話をしているような状況だった。
あれは、やっぱりよくなかったと思っている。

45分ぐらいだろうか、係りの人が、準備ができたと呼びに来た。
まだ熱い炉から出されたソウジは、きれいなお骨になって横たわっていた。
不思議と、もう涙がでなかった。骨そのものが、即物的な感じがするものだからかもしれない。
だけど、そのまだ温かい骨片がいとおしいことにも、変わりはなかった。

骨は、タクより太いように思えた。病気をすると骨がもろくて残らないというが、ソウジの骨はしっかり残っているし、あまり変色もしていない。「これ、がんのとこかな?」という、いびつな丸い塊があったが、箸でつかむとほろほろと灰になって崩れた。猫は小さいので、「渡し箸」なんてする必要がない。小さな骨壷に脚からひろいあつめ、ときおり、係りの人がそれを砕く。最後に、頭の骨をのせるまで、せいぜい15分もかからないだろう。

ソウジは、ちっちゃな骨壷にすっかり収まり、きれいな錦の骨壷袋に入れられて夫の膝に納まった。

ペットロス?

ソウジは今、そのきれいな骨壷袋におさまったまま、ウチの居間に安置されている。
生前のかわいい写真を選んで焼き、お骨の前に並べてある。ラプルママさんとパパさんからおもいがけず花束をいただき、これもソウジの「祭壇」を優しく飾っている。

遺体が家にあるあいだ、現し身のソウジへの「執着」(この場合、仏教用語の「しゅうじゃく」だろうか)は大きかったが、お骨になってしまうと、少しずつおちついてくる。ただ、ソウジが生きているときの話や、ソウジが今、どこらあたりに行っただろうか、なんていう話をすると、涙が出てくる。

外へでかけて帰って来ても、ソウジはにゃあ、と迎えてくれない。
息も絶え絶えでも、シッポをわずかに振ってくれてた、それがどれだけ大きなことだったか。
レイとクウカイにはすごく慰められるのだが、ソウジのあけた穴は、容易にふさがらない。

それでいいんだ、と思う。それで当たり前だと。

夫もかなり疲れ果てていて、だるくてたまらないという。
一種のペットロスの心身症のようなものらしい。
これも、当たり前だ。

それでも夫は会社に行き、幸いにもやさしい仕事仲間たちに話を聞いてもらい、慰められているようだ。
私は私で、このブログでたくさんの人にはげまされ、そして友人たちに慰められている。

スーパーで買い物をすると、魚売り場がちょっとだけ切ない。ソウジの食欲を出させるために、何か、食べさせられるものはないかと毎日足を運んで物色したから。
マグロの落とし、アジの干物、今を盛りのカツオのタタキ。みんなソウジの大好物ばかり。

ことに、アジの干物とカツオのタタキは、毎日のようにどちらかを用意していた。もう、買っていってもソウジは喜んでくれない。だけど、ソウジを荼毘に付した夜、「精進落とし」と称して、カツオを買っい、レイもクウカイも、みんなで食べた。精進なんてしてないけれど、せめてカツオをみんなで食べて、ソウジの供養にしようというわけだった。切ないけど、今だからカツオを買って食わないことにゃ、もうつらくてカツオなんて見たくもなくなりそうな気がした。

でもこれからも、ずっと思い出すんだろうなぁ。魚売り場を通るたびに。
これも、しょうがないか。

看取りを終えて

多頭飼い家族は、待ったなし。レイとクウカイは、それぞれ元気だし、これからこの子たちをソウジの命の分、長生きさせたいから、とりくまなきゃいけないこともたくさんある。まずは、やはりレイのご飯のことだ。それはまた、レイのカテゴリーで書いていこうと思う。

悲しみはそうそう簡単になくならないけれども、私は後悔をしていない分、気が楽だという気がする。
幸いにも、ソウジの側にずっといてやる時間が私にはあった。外で仕事をしていたわけでもなく、締め切りも抱えていなかった。ソウジの看病にかかる費用(まだ計算していないが、レイの闘病で10万円近かったので、それ以上だろう)も、なんとか捻出してやることはできた。

動物を飼うということは、自分の命を削って与えること

いつか、獣医師広報版というサイトの記事(だったと思う)で読んだ言葉だ。
まさに、そうに違いない、と思う。

だけど、どれだけの飼い主が、本当にこれを実践できるだろうか。
私も、これが本当にできているとは、もちろん思ってもいない。努力目標だ。
ただ、命が尽きるまで、自分で可能だと思えることを迷わずやることができた。そんな自己満足だけはある。ソウジは苦しまずに逝けたと信じるし、それでよかった、ソウジにも、ちゃんと通じていたはずだ、と思うようにしている。

誰だって、できることには限りがあるのだから。

このページに、FIV,Felv、猫エイズ、猫白血病、猫の介護なんていう言葉で検索した末にたどり着く人も、あるいはいるかと思う。私も、そうだったから。他の人の、猫を介護するブログやサイトの記事で、たくさんの生の情報を得た。そして、本当に助かったし、心の支えにもなった。ただ、「今、看取りました」という生々しい記事には、見知らぬ通りがかりがいきなり「うちも死にかけてて」と書き込みはしにくいし、そうじゃない記事は、3年5年たってて「いまさら質問するのもなんだしな〜」でもあった。


でも、もし同じような立場の方が、この一連の記事を読まれたら。
そしてもし、私に聞きたいことや、言いたいことや、いろんなことがあったら。
すぐであろうと、何年も何年も後であろうと。
いつでも、遠慮なくコメントとして書き込んでほしい。
ネチケットに則ってのコメントであるかぎり、できうる限り、お答えしたいと思う。


それが、私ができるお礼のひとつだと思っている。

ありがとうございました。
ソウジの記事は、一応ここまでにさせていただき、「元ノラにゃんこソウジ」は連載終了にします。
月並みな文句ですが、ソウジの思い出は、みなさんの心の中にも生きてます。
これから書く記事の中にも、またソウジは出てくると思います。
そのときは、よろしくね。

写真は、ソウジの写真で私が一番気に入ってるものを、加工しました。

大往生

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ずっとソウジの闘病を応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました。
ソウジは、本日、2006年6月10日 午後3時半、
家族みんなに見守られて、静かに静かに、虹の橋に旅立っていきました。
享年、推定8歳。
苦しみもせず、本当に眠るように、逝きました。



昏睡

8日夜中に、大量の便をしてから、ソウジはほとんど水を飲まなくなった。

それまで水を飲むために、よろよろと起きだしては風呂場に行き、洗面器から水を飲むとそのままへたり込むことを繰り返していた。いくら水気をふき取っても、風呂場はやはり湿気が多いし寒い。血が薄くなっているソウジは、本来乾いたところで保温してやらなければいけないはずなのだが、風呂場から動きたくないらしかった。風呂場にも乾いたタオルなどを敷いてやっていたが、やはり居間に連れ戻す。

風呂場で、冷たくなってたら、たまったもんじゃない、と思った。
タクが急死したのも、改造前ではあったけれども、風呂場だったからだ。

だが、9日には、ソウジはもうほとんど水を飲もうとせず、朝の散歩のあとは、ほとんど居間の隅のカーテンの下で、うつらうつらと眠って過ごしていた。正確に3時間おきに、オシッコのために起きる。
オシッコだけ済ましてしまうと、あとはほとんど眠っていたが、熟睡とは程遠いようで、体をもてあますように、壁に頭をもたせかけてみたり、頻繁に姿勢を変えていた。

9日の夜になると、水を飲まないのでオシッコの回数も減ってきた。
あまり動こうとしなくなったので、もう、あまり暗い隅にいてほしくなくて、籠に寝床を作り、その中に横たえて、私が寝るときも枕元においておくことにした。が、やはり気に入った場所で寝たいらしく、おきてしまうのでしかたなくクローゼットに入れた。

ソウジは、夜中中、クローゼットの中でわずかに身動きして姿勢を変えたり、出てきてダンボールの寝床に移ってみたりしたが、トイレには行った様子がなかった。

10日の朝が来た。
これで、5日。よくぞ、がんばってくれている。
今日は土曜日。夫が家に居て、ソウジを見てやることができる。

昨日まで、寝室の雨戸を開けると、ソウジは起きだしてよろよろとでもベランダに出てきたのに、今日は起き上がる様子もない。ぐったりしているソウジを抱き上げ、日の光の中に出してやる。細くなった首を上げて、外の空気を感じている様子のソウジ。今日なら、庭にも降ろしてやれるだろう。

朝食をとっているあいだ、ソウジが良く眠っているのでクローゼットにおいたままにしていたら、二階でバタンという物音がした。あわてて飛び上がると、寝ていたはずのソウジが、トイレの外で横倒しになっている。トイレにしきつめたペットシーツにオシッコが大量にしてあった。
ソウジは、トイレに起きて、またそのまま倒れたのだ。どこも汚されていなかった。
目を離すんじゃなかった、と悔いたが、遅い。

ソウジは、そのまま、昏睡状態に入っていった。
たぶん、オシッコの前後の血圧の変化に耐えられなくなっていたのだろう、と思う。
それまでも、なんどか倒れたりよろけたり、みんなトイレの前後だった。
そうまでしても、やっぱり、自力で、黙って、用を足そうとする。
レイちんも、そうだった。

倒れたソウジを、籠の寝床に入れ、階下に下ろしてやった。
ソウジは、呼びかけにときおりわずかにシッポをふってみせるほか、ほとんど反応がなくなった。
目も半開きのまま、浅くて早い呼吸をくりかえし、四肢はだらんと延ばしたまま。
籠のまま、庭にも出してやったが、もう何もわかってないように思えた。
せっかくの、晴れなのに。

黄疸

ソウジの尿が、ひどく黄色いままなことに気づいたのは、ほんの3日ほど前だ。
それまで、定期的にビタミンB液を輸液で入れていたので、オシッコはずっと黄色かったのだが、ビタミン剤特有のにおいが消えても、尿そのものの黄色さは消えるどころかどんどん濃くなっていった。

ビリルビン尿だ、と思った。
ソウジの体中の血液から、赤血球が壊れていく。壊れた赤血球の色素が、尿に出て行く。尿は褐色がかった濃い黄色に染まっていく。

口の粘膜も、真っ白を通り越して黄色くなってきた。肉球のピンクだった部分も、黄色くなってきている。耳の内側も。そして、毛をわけてみてぎょっとした。毛の根元にみえる皮膚が、染めたように黄色かった。

黄疸。
肝機能も、もうひどく悪いに違いない。

腎臓は、浮き出した肋骨の下側で丸く腫れていた。腎臓も、もう限界だろう。

それなのに、ソウジの心臓は、しっかり、しっかり打ち続けている。
たしか、腫瘍のレントゲンをとったとき、心臓も肥大の傾向があったはず。
腫瘍より、エイズより、心臓が先に来るかも、とおびえたときもあった。
そうか、きっと、肥大じゃなかった。心臓に毛が生えてるもんだから、大きく写ったに違いない。

痙攣

ソウジを看取ってこの一週間ばかりは、ほとんど私は眠れていない。
どうしても、夜中に、わずかの物音で起きてしまう。
そのたびに、ソウジがトイレに行こうとしてたり、姿勢を変えたりしている。
呼吸が苦しそうなときは、酸素吸入をしてやっていたり。

もし、眠っているうちに逝ってしまったら。最初はそれが怖かった。
この3日ぐらいは、私が眠っているうちに、ソウジも眠ったまま逝くのならしかたない、と思えるようになっていた。ただ、私が眠っているうちに急激に苦しんだら、と思うと、やはり眠れなかった。

昏睡に入ったソウジの傍らで、私は昼過ぎまで眠っていた。
不思議と、よく眠れた。ソウジは、静かな呼吸をしていて、目を覚まさなかった。

「ソウジの呼吸が速くなったぞ」
という夫の声で、目が覚めた。
「ソちゃ〜ん、聞こえる? ソウジ〜!」家族みんなで呼ぶと、わずかにシッポを振ってみせる。
やがて、シッポを振らなくなってきた。半開きの目は、開けっ放しのために乾き気味に見える。
生理食塩水で目薬代わりに流してやる。

小さな注射器から、水を含ませてやるが、飲み込まずにみんな流れ出てしまう。
ふっふっふっふ、という速くて短い呼吸を繰り返すうち、ソウジが手足を、歩くように動かした。
「ソウジ〜、歩いてるの〜? どこへ行くの〜?」
元気なとき、よくレム睡眠の途中で、歩くような走るような、手足の動かし方をしたっけ。
今も、どこかへ行く夢を見ているんだろうか。

突然、その動きが大きくなり、ソウジが目を見開いたまま、口をカーッと開け、頭を後ろにそらした。
痙攣が来ているのだ。

真っ黄色の口。舌だけが、どうやらピンク色。
汚れた歯。腐ったような口臭。

このまま、どうか死なないで。
「ソちゃ〜ん、どこへ行くの〜、おいで〜、こっちだよ〜!」
呼んでみる。
酸素の缶から、わずかずつ酸素を吸わしてやる。
すると、口を閉じ、目を閉じ、そらした頭がまたゆっくり戻る。つっぱった四肢から、力が抜け、もとの速いけれども静かな呼吸に戻る。

それが、なんどか繰り返された。

酸素の缶が、もうあと1本しかない。たくさん買い足してあったが、所詮ボンベではなく、ある意味嗜好品に近い酸素缶。それでも、少しでも役立っているのだから。また買いに行こうか。間に合うだろうか。
「もう、それがなくなったら、終わりにしてやろうよ。酸素で生きながらえていても、長引くだけかもしれない」
夫が言った。

また、痙攣がおこる。カッとあけた口の中で、舌がひらひらと泳ぐ。最後の酸素缶の封を切り、吸わせてやりながら、言い聞かせる。
「ごめんね、これが最後の酸素だからね、たっぷり吸いなさい。これが終わったら、もう吸わせてあげられない」
もし、酸素が切れたあと、もっともっと、苦しい呼吸になったら。。。

午後2時半。
不思議なことに、最後の酸素が切れると同時に、痙攣はおさまり、二度と起こらなかった。
かわりに、速い呼吸の合間に、大きな深呼吸が混じるようになっていた。

気の進まぬまま、昼食を摂ると、また私は睡魔に襲われていた。
ソウジの昏睡がうつったみたいに、眠くて仕方がなかった。
母も眠くなったといって、二階の自室に入る。

冬場によくしていたように、ソウジを脇の下に抱えるようにして、毛布を被る。ソウジのペタンコになった体を覆う毛布が、わずかに上下する。うつらうつら。それを見ながら、居眠りする。
「ちょっと、郵便出してくる」
夫が出かけようとしたが、何をおもったか、出かけずに昼食の洗い物を始めた。
「行くんなら、ダッシュで行ってきたら?」
「うん、そうする」

大きな深呼吸が、2度、3度繰り返された。
ふっとそれが、さきほどまでより短く止まった気がして、毛布を跳ね除けた。

ソウジの胸が、動いていない?
「待って! ソウジの呼吸が止まったかもしれない!」
夫が、あわてて居間に入ってくる。
ソウジの胸に、耳をおしつけてみる。トックン、トックン、トックン・・・・トック・トック・・・

先ほどまで、しっかり打っていた心音が、途切れがちに聞こえる。

トックン・・・ト・ト・・・・トック・・・ト・・・・・・ト

眠っているようにしか見えない

何度確認しても、心音はそれ以上聞こえなかった。
夫が耳をつけてみたが、やっぱり何も聞こえなかった。
ソウジの胸も、もう少しも動いていない。

午後3時半、丁度。

「母さん、ソウジ逝ったよ」
母を起こす。

人間だって、こんなにきれいに逝けることはめったにないんじゃないだろうか?
目が開いたままだったので、H先生のところに、お礼と報告方々電話をかけ、目の閉じさせ方を聞く。
「最後まで、看取れたんですね?」
「ええ、家族全員が見守れました」
「本当に、いい子でしたね・・・お力落としだと思いますが」

目を閉じさせるには、まぶたと眼球の間に、薄く薄く延ばした綿を入れるのだそうだ。
ツルツルのガラス球のような眼球とまぶたがすべって開いてしまうので、綿で抵抗をつけるのだそうだ。
せっかく聞いたけれども、綿の買い置きがなかったので、死後硬直が始まるまで、目を指で閉じさせることにする。幸いにも、成功した。

ソウジは、眠ってるようにしか見えなかった。
さきほどまで、呼吸していたときのほうが、どこかつらそうな、どろんとした顔だったのに、今はもう、本当に楽そうな、ぐっすり眠ってるような、顔をしていた。

とてもかわいい顔で、涙が止まらなくて、ずっと泣き続けていた。
何も、悔いは残ってない。
だけど、いとおしくて、寂しくて、どうにもならない。
クウカイも、最初は私の鼻をガブガブしたのだが、そのうちやめてしまった。
泣かなくちゃいけないときだってあるんだよ、人間には。わかるね、クウカイ。

写真は、クウカイも見守っているところ、逝く1時間ほど前。
そして、ソちゃんの死に顔。見てやってくれる? 可愛いまんまなんだよ。

明日、ソウジを荼毘に付します。
いろいろ、書きたいことがまだあるので。。。

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まだ生きてるぞ〜っ!

これを書き始めた6月9日午後3時58分現在、ソウジはまだ生きてる。呼吸してる。それどころか、よろよろと歩いて水を飲もうとする気力さえ、ときどき見せる。

数分前、ソウジがまだぐっすり眠って、息をしてるのを確認してからPCに向かおうとしたとたん、背後でバターンと大きな音がした。あわててみると、ソウジがさきほどまで眠ってたピアノの横のカーテンのしたから這い出し、窓ぎわでばったり横倒しになっている。目は開いてるし、息もしているけれども、反応がない。「ソちゃ〜ん、しっかり〜、ほら、ソちゃ〜ん!」

ソウジのお尻の下に、黄色い水溜りができている。オシッコがダダ漏れだが、運良くペットシーツの上だったので、被害はウォッシャブルカーペットの小さなしみがひとつ程度で済んだ。
昨日から、失禁の回数が増えていて、突然「にゃ〜ん」と啼いて起きだしたかと思ったらその場でじゃ〜っということが2〜3回あった。しかも、しきつめたペットシーツをはずしたところでばかりやる(汗)。ところが、昨夜は、何度もトイレに起きていて、ちゃんとトイレに入って用を足していて、夜間には一度も失禁しなかった。

横倒しで失禁しているソウジは、オシッコを出し終わると、意識を取り戻して起き上がり、よろよろ、ふらふらと歩き始めた。水を飲みにいくつもりだ。ホッとしながら、風呂場までついていってやり、水を飲み終えるのを確認する。もう、洗面器にいっぱい満たした水は飲めない。体を洗面器のふちで支えて、首を伸ばしたら丁度水面が口元に来る、そういうときだけ、水が飲める。いっぱいに満たした水では、体を支えきれず、顔を水の中に落としそうで怖いのだろう。

やせ衰えたあばらの下で、心臓は力強く打っている。太ってたソちゃんのあばらを触って、心臓の鼓動が指先に感じられるなんて、ありえない話だったのだが、今は間違いなく、鼓動が触ってわかる。
肥大こそしてるはずだが、心臓そのものは丈夫なのだろう。

5日に、「あと2〜3日が山」といわれて、4日目。
着実に、毎日目に見えるぐらい、衰えは進んでいる。
でも、オレはまだ生きてるぞ。

泣いてばかりはいられないから、笑っちゃえ

ソウジが発病してから、泣きミソの私は、ことあるごとに泣いてばかりいる。やせていくソウジをなでていると、つらくて悲しくていとおしくて、涙ばかりべ〜べ〜出てくる。だいたい、まだソウジは生きてる。なのに、目の前で泣いてはいかん! と思うのだけれども。もし人間の家族なら、どうするんだ!

クウカイは、泣いてる私を見ると、ぶっとんできて、涙を舐めてくれる・・・のではなく、私の鼻をガブガブ齧る。「イタイイタイ、やめなさい!」と私が笑い出すまで、齧り続ける。私が笑い出してしまうと、シッポをプリプリ振ってくれる。ちょーこちゃんが、以前レイちんが大病して私がガックリしてるときに、「クウカイは、亮子ちゃんが猫のことで悲しみすぎないように、神様が授けてくれたんだよ」といってくれた。ホントにそうかもしれない。

ソウジが楽そうに寝ていると、ふいに冗談のひとつも飛び出してくる。なにせ、ソウジは「おかしな猫」だからだ。元気なときの逸話は数知れない。

食い物ドロボーは数知れず、一番おかしかったのは、留守中に台所の鍋から、「タイ風グリーンカレー(激辛)」の具の、骨付きの手羽元を一本盗んだ事件。帰ってきたらダイニングテーブルの下に激辛カレーまみれの手羽元がころがっていて、そのそばでソウジがしょんぼり肩を落として座っていたのだ。
おいしいにおいにつられて、鍋の蓋をはじきとばし、首尾よく手羽元をゲットしたはいいが、あまりに辛くて食べられず、しょんぼりしていたのだ。家族中で「お前はアホか、食いしん坊もたいがいにしなさいよ!」と大笑いした。そのほか、イカリング咥えて意気揚々とリビングを横断してたり、アジの干物を買い物袋から盗んで得意げに見せにきたり(その場で取り上げられて、またしてもションボリ)。

ソウジが物を食えなくなってきたとき、「アジの刺身がいいだろうか? それとも旬だしカツオの刺身はどうだろう? だったら食べるかしら」などと真剣に母と話していた。その最中に、夫が部屋に入ってきて、「何? 回転寿司の美味いネタの話?」と思いっきりズレた発言をしてくれた。「あ〜たの昼飯の話じゃなくて、ソウジのことよ」と言ったら、「何? ソウジを回転寿司に連れて行くの?」(回ってない寿司の話じゃないところが・・・orz)

とたんに、ソウジが目をまん丸にして、回転寿司のカウンターにちんまり座っているところを想像してしまい、家族中でまた大笑いになった。「オオトロ! とか、いくら! とか、高いネタばかり頼みそうだね」「どれにしようか迷って、お皿をつぎつぎ猫パンチしてそうだよ」「喜ぶだろうな〜」

昨夜、ソウジはほぼ1週間ぶりに多量の便をした。汚い話で恐縮だが、腸の中をきれいにしたのかな〜と思うような下痢の便で、もう何週間もロクなものを食べてないのに、たくさん出たね、という感じだった。「水ばっかり飲んで、そうやって体をきれいにして死んでいくもんなんだよ」と母。私の祖母が、3年前に老衰で亡くなったときも、ほとんど食べていなかったのに、なくなる少し前に大量の便をしたのだそうだ。

ソウジがあまりに水ばかり飲むので、「お前、そうやって食べないで水ばっかり飲んで、即身成仏でもするつもりかい?」という話になり、昨夜の便通で、いよいよ体がきれいになったので、「お前は、猫門海上人になるつもりかい? 生臭ものばかり食べていたのだから、修行は足りなさそうだけれどねぇ」と、つい笑った。即身仏になった修行者で、湯殿山の鉄門海(てつもんかい)上人という人が有名なので、それをもじったかなり悪趣味なギャグである。

ソウジは、必死に生きてる。だから、もちろんこちらも必死だけれど、たまにはギャグのひとつも言ってやらないと、ソウジを単なる「悲惨な猫」にしてしまう気がする。それに看取る私の精神も持たない!

もう明日か、あさってか、ソウジの命のともし火は・・・と言っているのに、ちゃんと朝になると、ソウジが息をしてくれてる。
そんなソウジに、敬意と、最大のいとおしみをこめて。

「ソウジ、あんたの命のロウソクは、きっと短かかったんだろうね。でも、すっごくぶっといロウソクだから、もう残りはないのに、なかなか燃え尽きないんだね。あんたらしいよ」

庭に出るよ

4月の末にソウジの声が出なくなったときには、本当にかわいそうだと思った。おしゃべりにゃんこがおしゃべりしなくなるなんて。と。そして、声が出るようになったことは、本当によかったと思っている。

ソウジは、いま、何かあると、「にゃ〜ん」と啼いて私を呼ぶ。息がくるしいときが多いが、「どこかへ行きたい」という意思表示のときもある。たいがい、自分でなんとか歩いていくので「おいおい、ムリしなくていいよ、連れて行ってあげるよ」と抱き上げてやるのだが、それが不服らしく「にゃ〜ぉ、にゃ〜ぉ」と大きな声を出す。「はいはい、わかったわかった」と目的地で降ろしてやると、しばらく腹ばいで休んでから、水を飲んだり、歩き出したりする。

今朝は、どうやら入梅とみえて、かなり大粒の雨がふりしきっていた。
毎朝、短時間、ソウジを庭に降ろしてやるのだが、今日はムリだろう、これからしばらく雨天が続きそうだから、ソウジにはかわいそうだけれども、昨日の散歩が最後かな・・・などと思っていた。
母が庭に出て草花をいじりだすと、ソウジは窓際に来て、「にゃ〜ん」と啼いた。出たいらしい。

ちょっと考えたが、出してやることにした。雨でぬれたら、拭いてやればいい。
ソウジは、飛び石の上にたまった雨水を、ぺちゃぺちゃと舐めた。上で傘をさしていてやったが、水溜りの中に腹ばいになろうとしたので、「もうよそうね」と持ち上げて部屋に連れ戻した。ソウジは「にゃ〜お、にゃ〜お」と啼いて抵抗したが、部屋の中に戻されると、満足したようにまた眠り始めた。

今日の写真は、昨日とおとといの散歩のときのもの。
アースカラーのソウジが、庭に溶け込みそうだ。

さぁ、今日も書き終えた。17時19分。ソウジは無事、息をしてる。

ゆれるともし火

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失禁と嘔吐

ソウジの衰弱が、急激に進み始めた。
3日土曜日、友人たちとその小さな娘が遊びにきてくれた。かつて、ソウジがたくさん遊んでもらった小さな女の子に、ソウジの病気はもう治らないこと、まもなく、この世からいなくなってしまうことを告げ、お別れをしてもらった。ソウジは、小さな手に応えて、シッポを振ってみせていた。

この日の前日から、ソウジは自分から何一つ食べようとしなくなっていた。食べ物を差し出しても、においすら嗅ごうとしない。強制給餌でも、スープ状のものだけはなんとか飲み込むのだが、濃度のある流動食は、口の中から出してしまう。12cc入るシリンジは口が大きすぎるので、3ccの小さなシリンジ3本を用意して、一度で10cc程度、一日3回から4回飲ませたが、そのうち3割ぐらいは、口からこぼしてしまっているのではないだろうか。

シリンジをくわえさせられたソウジの目は、「もう、何もいらないよ」と言っている気がした。強制給餌すると、目が怒っていたのだが、怒りが消えてきて、拒否だけが残っているような感じ。怒った目よりずっと切ない。

4日未明、物音で起きると、ソウジはふらつきながら歩いていて、どすんと腰を落としてそのまま横倒しになり、荒い息をついていた。助け起こすと、しばらくして呼吸も普通にもどり、また箱の中に入って眠った。

日照時間が、どうしてこんなに短いのか。
せめて、ソウジにひなたぼっこをさせてやりたいのに。
そのわずかの日差しの中に、ソウジを出してやる。すると、ソウジの目がわずかに輝きを取り戻して、どこかへ行きたい目つきになる。だけど、もう2、3歩歩いてはしゃがみこみ腹ばいになってしまう。
庭に出したまま、私は少し離れて鉢植えに水をやったり、アオムシを退治したりしながら、ソウジに話しかける。小さい声の返事と、シッポふりふりが返って来る。

その夜、ソウジは失禁した。
失禁というより、脚の麻痺がきて、立ち上がれず、トイレまで行く気力がなくて、そこでしてしまったという感じ。尿で汚れた尻尾を、そのままにしている。いくら後始末の悪いソちゃんでも、そんなことは猫としてありえない。よほど、動くのがつらいのだろう。

5日未明、やはり物音で起きる。
ソウジが、嘔吐していた。一番恐れていた嘔吐だった。嘔吐が来たら、強制給餌ができなくなる。赤っぽい水が大量に吐かれていた。胃液と、a/dのにおいがした。そして、かなり前に庭に出たときに食べた草がそのまま出てきていた。便をしないので、そうじゃないかと思っていたが、やはりまったく胃腸が動いていないらしい。

嘔吐は幸いにも長く続かず、胃の中のものを吐いてしまうと、ソウジはまたクローゼットの中に入り込んで、眠ろうとしていた。スポーツ後に使う、酸素の小さなボンベを数本、スポーツ用品店で購入してあった。少しだけ酸素を吸わせてやると、呼吸は楽になるようだった。

もう、病院へは行かないからね

5日午前、ソウジをバスケットに入れて、H先生のところへ。
まったく抵抗せず、バスケットの底にうずくまるソウジ。
ひとつの決意をして、車に乗る。もう、これで病院は最後にしてやったほうがいいだろう。

体温、35.7度。平熱が38度代なので、あきらかな低体温だ。嘔吐のショック症状が出ているかもしれないという。口の粘膜は、真っ白。貧血もきわまってきている。
これまでの経過を報告する。

「血圧を上げる薬を打つこともできるし、点滴でしばらくは調子が上がるかもしれないですが、ここ2日ぐらいが山になりそうですね。あとは、飼い主さんの意見はどうでしょうか?」

予想通りのH先生の言葉だった。

「もう、給餌や薬などは、ムリしてやらなくてもいいいですね?」
「ええ、そう思います」
「嘔吐は、消化器官がまったく動いてないという意味ですよね」
「そうですね。吐き気止めは打てます。セルシンなら、脳に作用して吐き気を止めるけれども、精神安定剤だから、眠ったままになる可能性もあるかも。プリンペランなら、胃腸を動かして吐き気を止めるけれども、セルシンよりはこの場合は効き目が弱いかもしれません」
「嘔吐は1回だけで、その後水は飲んでるけれども、もう吐いてませんから、たぶん胃腸が動かなくて草が詰まってたせいだと思うので、プリンペランにしてやってください。まだ眠ったままになるのは、ちょっとつらいもの」
「じゃあ、輸液とプリンペランだけにしましょうね」
「ええ、お願いします」

肺に水はたまっていない。心臓も、鼓動が早いけれども、しっかり打っている。
「いろいろこの子にはあるけれども、やはりこのまま、貧血が進行してなくなる可能性が高いですね」
「そうなれば、ある意味幸いです。眠ったままになりますか?」
「そうね。眠れたらいいなっていう感じかな。もしも、うんと苦しむようだったら、そのときは連絡くださいね」
「へんな話ですが、この子は皮膚病でボロボロにもならず、今もひどく痛がってるとか苦しんでるわけじゃなさそうだし、よかったと思って・・・ごめんなさい、やっぱりつらくて」
涙が、こぼれてとまらない。看護士のMさんが、黙ってティッシュの箱を差し出してくれる。

最後の輸液は、念入りにあたためた液を入れてくれた。ソウジは、ちっとも痛がらず、文句も言わない。昔から病院度胸は据わってた。だまって輸液を入れ終えると、バスケットに抱いて戻される。
「帰ろうね、帰ってゆっくりしようね」

バスケットの蓋を閉めるまえに、H先生がかがみこんだ。
「ソちゃん、お〜い、いい子だね」
ソウジの頭を、くしゃくしゃと指先でなでる。
さよなら、とは言わないけれども、それが、先生のお別れの気持ちのようだった。
6年間、ありがとうね。ソウジはまだ生きてるけど、もう、連れてこない。

まだ、消えてないよ

輸液は、輸液なりの効果があった。ソウジは一時的にだが、体温が上がっているようで、帰ってきたら気分がよさそうだった。庭に出してやると、また気持ちよさそうにしている。

だが、失禁の回数が多くなってくる。時間を見計らってトイレに連れて行ってやるのだが、その前にしてしまっていることがある。びしゃびしゃのソウジをふいてやり、後始末をする。ペットシーツをあちこちに敷き詰め、その上に寝かしてやるのだが、体温が低いわりには、フローリングの上が気持ちいいらしく、そこに寝てしまう。ダンボールで「終の寝床」を作ってやっているのだが、クローゼットに入りたがるので、居場所を作ってやる。

6月6日朝。

ソウジの命は、まだ消えてない。
ふらつく足取りで階段を下り、風呂場で水を飲もうとさえする。無理させないようにと抱き上げると、「やりたいようにやらせてくれ」と啼く。
動くつもりなら、おなかも空かないか? だめもとで、スープを用意して差し出してみる。
鶏がらと、かつお節のスープ。

おたまに半分ほどを、器に入れて差し出してみると、なんと、ぺちゃぺちゃ飲み始めた。
5日ぶりに、自発的に何かを「食べようと」したのだ。生きる気力が、まだ消えてない。

少し悩んだ。だったら、強制給餌しようか。

やっぱり、やめた。

もう、「おいしいものを口に入れる」ことだけしか、食事の意味がないから。
体力をつけるとか、栄養をつけて体調を整えるとか、そういうことは、考えたって無駄。
だったら、考えないで、ソウジが欲しいというなら、それだけにしてやればいい。

クカの学校の日で、午前中、誰も家に居なくなるのが心配だったが、スープを飲む気があるなら、勝手にそのまま逝っちゃったりしないだろう。出かけようとしたら、また失禁。シマツをしてたら遅刻。

帰ってきたら、ソウジはクローゼットから出て、部屋の外に出たそうにして待っていた。
よかった。また、わずかの時間、ひなたぼっこをさせる。

午後五時半ごろ、開口呼吸が見られる。犬は体温調節のために口を開けてハァハァ呼吸をするのが普通のことだが、猫が口を開けて呼吸するのは、一種の呼吸困難だ。ソウジは、ときおりハァ、ハァと2、3回口をあけて呼吸し、また普通の呼吸に戻る。酸素を吸わせてやり、新しいボンベを買ってきてやる。

風呂場に下りてくるのに、水を飲もうとしない。飲みたいらしいのだが、途中でやめてしまう。姿勢が苦しいわけじゃなさそう。なんだか、「これじゃなくて、別の水」と言っている気がする。猫は、水ひとつとっても気難しい。器や場所にこだわる猫がいる。水道の蛇口から流れる水を飲みたがる子もいれば、洗い桶の水しか飲みたがらない変わり者もいる。ぬるま湯がいい子もいれば、冷たい水がいい子もいる。
ソウジは、今、どんな水が欲しいんだろうか。

蛇口からたらいにむかって流してみたり、お湯を出してみたりするが、やはり飲まない。それなのに、風呂場のタイルから離れようとしない。熱はもうないはずなのに。
結局、クウカイの水を飲んだ。

居間の隅の、カーテンの下にうずくまる。カーテンに隠れて姿が見えないけれども、ソウジの体にかかったカーテンが、呼吸とともにわずかに揺れる。ソウジの命が、まだ動いている

6月7日になった。
ともし火は、ゆらゆらゆれて、消えていない。

食欲の大波小波

イメージ 1

ストレスがスイッチ?

ソウジをバスケットに入れる。いまのところ、週に2回ぐらい、輸液するためにH先生のところに通っている。抱き上げるたびに、ソウジは軽くなる。あんなに大きくて重かったソちゃんが、かるがると持ち上がる。骨ばったお尻は、私の掌にすっぽり収まってしまう。

私に抱き上げられると、薬を飲まされるか無理やり餌を食べさせられるので、ソウジはにゃあにゃあ啼いて抗議する。その声も、張りを失いぎみ。手足を突っ張る力も、容易にバスケットに押し込まれてしまう程度になってしまった。

前は、ソウジを入れたバスケットはずっしりと重く、「よっこいしょ」と声をかけないと腰を痛めそうだったのに。今は、軽すぎて揺らしてしまわないように、そうっとそうっと、運んでいる。

車の中では、前は啼き通し啼いていたのに、最近はときおり、こちらから「ソちゃん?」と声をかけないと不安になるほど、黙っている。黙って、車の振動に身をゆだねているのだろう。やはり、車を極力揺らさないように、そうっとアクセルを踏み、ブレーキを踏み、クラッチをつなぐ。

そんなにしても、やっぱりまだ輸液に通うのは、輸液の後は、いくらかでも食欲が出て、気分がよさそうになるからだ。不思議なことに、ソちゃんの食欲のスイッチはストレスと背中合わせについているらしい。

猫の食欲スイッチが、快感に伴っていることが多い、ということは、前回H先生から聞いて、たしかにお散歩やマッサージのあとに、わずかながら食欲が出ることがわかったところだった。ところが、お散歩やマッサージの後よりも、強制給餌の後とか、病院から帰って来た直後に、いきなりものを食べだすことに気づいた。

病院から帰って来てバスケットから出したとたんに、何を思ったかレイちんの残したご飯の器に顔をつっこみ、えらいイキオイで残り物を平らげてみたりする。といっても匙に一杯かそこらだけれども。

H先生にそう言ってみると、
「ソちゃんの場合、イヤなことがあると、口直し口直し! っていう感じで、スイッチが入るんでしょうね。輸液そのものにはトクベツなものは入ってないけれど、その意味でも効き目はあるのかもね」
とのこと。強制給餌するたびに落ち込む私に、
「猫は、気分だけで食欲が落ちる動物だから、強制給餌しても大丈夫ですからね、吐かない限りは。ソちゃんは、強制給餌されても、あとがケロッとしてるでしょう? この子はそういうストレスには強いよ」
と言ってくれた。

裏付けるように、ソウジの体重の減りが、わずかながらゆるやかになってきているのも私を勇気付けてくれる。

ソちゃん、6月1日現在、3.75キロ。

少しでもおいしく

ソちゃんの食欲のスイッチが、いくつか見つかると、強制給餌以外でいかに食べさせるか、というか、いかにおいしく食べさせるかが課題になってくる。猫だって「おいしい」というものは良く食べるわけで、ここまで食欲が落ち、体力が落ちているこの子にとっては、それはものすごく大切なこと。

話がずれるが、これだけ好き嫌いの多い猫という動物に対して、ペットフードメーカーの努力はものすごいなぁ、と思う。添加物だのなんだの、攻撃されることも多いペットフード、猫餌だが、「食いつきがいい」ということに関しては、ものすごく研究されているな、と思う。手作りで魚や肉やかつお節をグツグツ煮たりしてみても、猫には砂をかけられてしまうことも多いし、やっぱり「お刺身と猫缶にはかなわないね〜」になってしまう。

まぁ、猫缶はとくに、塩分も味付けも濃い目にできてて、普段からふんだんに与えたいとはちょっと思えないところもあるのだけれども、もう「好きなものを食べていいよ」になっている末期の子に関しては、選び放題選べるところが実はありがたい。

汁気があるもの、ないもの。とろっとしたスープ状のもの、ゼリーになっているもの、ペーストのもの。
噛み応えのある大きめカットから小さなほぐし身のもの。角切りの大きさも様々。かつお節味、それにしらすが入っていたり、なまり節が入ってたり、ホタテやカニやタイやひらめの舞い踊り。

食糧不足で死んでいく人間の子供がたくさんたくさんいるのに、猫ごときにこんな贅沢なものを食べさせていいんだろうか、という疑問は常にどこかにあるものの、今現に、なんとか食べさせなければ明日あさっての命が保障できない「わが子」を守るために、世界的規模の視野はとりあえず捨てることにする。

昨日喜んで食べたものを、今日も食べるとは限らない。昨日まで食べられたものを、今日も食べられるとは、これまた限らない。

昔、ソちゃんは、でかい骨付き肉であろうとなべの中から盗み出し、秋刀魚もアジも、骨ごとバリバリ食べまくっていた。その頃は、ペースト状の缶詰なんて、見向きもしなかった。食欲が落ち始めた今年の初めごろは、なんとなく切り身やほぐし身のほうを喜ぶようになっていた。さらに、2〜3週間前は、猫缶のゼリー状の部分をつるんと飲み込むのが、お気に入りになっていた。

口の中の腫瘍も日に日に大きくなる。幸い、新しい口内炎はできていないようだが、飲み込みづらいのか痛いのか、口の中に入れたものを、顔を振ってそこらじゅうに飛ばしてしまうようになっている。

2、3日前、とろっとしたスープの中に魚の身がほぐして漬け込まれている缶詰を、ゴロゴロ喉を鳴らしながら喜んで口をつけた。ところが、スープはぺちゃぺちゃやって飲めるのだが、魚の身のほうは、口に入れると飲み込めずに残してしまう。これではもったいない。

缶詰の半分を、少量のスープと一緒にミキサーにかけて、どろどろにしてみた。完全な流動食だ。以前ならば、「こんなのいやだよ〜」とばかり、またいで通ってたはずのソちゃんが、そのどろどろを喜んで舐めてくれた。

同じどろどろでも、a/d缶は今でもやっぱり、あまりスキではないらしい。ただし、今のところ一番栄養バランスが優れているのはこれになってしまう。いくら「好きなものを」といっても、市販の缶詰だけではどうしようもないので、a/d缶をスープで溶いたものは、強制給餌用に決めることにする。

生卵の黄身は、舐めてくれればOKなのだが、これも気分で変わってしまう。また、生だと消化不良気味になってきたこともあって、塩気のないゆるい卵豆腐を作って、これも強制給餌に使うことにした。

缶詰をゆるめたり卵豆腐に使うスープは、クウカイ用に買っている鶏の骨ごとミンチや牛骨を、圧力鍋で煮出して作る。脂肪分は冷ましてからラップを表面にあててアクと一緒にきれいに取ってしまうので、カロリーは低めかもしれないが、冷たくすればゼリー状に固まるぐらい、タンパク質は豊富だ。ちなみに、人間用の料理にもクウカイのおじやにも使うので、多量に作っても無駄にはならない。コラーゲンたっぷりでおいしいよ。

猫用には、このスープをお玉いっぱいぐらい器に取り、それにかつお節を入れてレンジで熱くし、かつお節を漉して取り除く。猫が好む香りになるので、イヤな療法食も、少しはマシになるだろう。

「美味しいもの」を小皿にとりわけ、それからa/dや卵豆腐などをシリンジに入れて強制給餌する。タオルで巻かれて口にシリンジを突っ込まれてるソウジの目は、ものすごく怒ってる。なだめたりすかしたりして、どうにかシリンジ1本を飲ませ終えると、「よくがんばったね〜、えらかったね〜」とほめながら、口の周りや胸元を拭いてやり、「美味しいもの」の小皿の前に放してやる。

ソウジは、「やれやれ、ひどい目にあった。口直し口直しっと」と、小皿の中身を一心になめる。

脚の麻痺

今のところ、そうやって少しずつでも食べさせられてはいる。だけど、それでもぜんぜん、足りてないのは目に見えている。本当なら、病気と闘う体力をつけるぐらい、食べさせたい。だけど、それは到底ムリなことだろうと思う。

ソちゃんの病気は、治ることはないのだし、苦しみを長引かせることになりはしないか、それだけは心配。だけど、今ソちゃんは、トクベツ苦しいわけじゃない。ひなたぼっこを短時間楽しむ気もあるし、今日のように薄雲りでも風が気持ちのいい日は、ベランダでうつらうつらするのが気持ちいいらしい。

数日前から、後足に突発的な麻痺が出るようになった。
突然、後足が利かずによろよろ倒れてしまう。レイちんが倒れたときと症状が似ているので心配なのだが、病院でも、「神経かもねぇ。。。でも脳なのか、背中の腫瘍から来ているのか、ちょっと判断がつかないですね」ということになっている。幸い、ほんの数分で普通にもどるので、高いところに登らせないようにして、様子を見ている。もっとも、高いところにもあまりあがらなくなってしまったが。。。

普段でも、足取りはしっかりしているとは言いがたい。
ところが、時折、急に走り出したりして、びっくりさせられる。

ソちゃんは、苦しいとも痛いとも言ってくれない。だから、様子を見ているしかない。
口の粘膜や舌は、ひどく色が薄くなって、貧血が進行していることがはっきりわかる。
血液検査を頻繁にしても、意味はないだろう。打つ手はないのだから。

ソウジの腫瘍が見つかってから、3カ月が過ぎた。

今日もまた、少し楽しいことがあったね。美味しいものが食べられたね。
そうやって、ソちゃんは今日一日、一日と、生きている。

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