緑の木陰のつぶやき

気ままなつぶやき..... 近代史、政治、時事、その他・・・ いろいろ

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 ロケットの話のついでに・・・ 
 ロケット登場の歴史も近代史の1面でしょうから、さらに、おまけを書いておきます。

 ロケットというと、WW2(第二次大戦)中のドイツのV2 があまりに有名になってしまったようですが、実際のところは、ロケットの歴史は不思議な経緯をたどっています。


■ 理論の登場( ロシアから始まる )

 ロケットの元祖は、打ち上げ花火です。固体燃料ロケットです。近代になって、科学技術が進歩し、やがて人間は「宇宙」を意識するようになります。しかし、宇宙でどのようにしたら動くことが出来るのか? 

 そこで提唱されたものが、ロケットでした。しかし、固体燃料では、一旦火をつけたら、燃え尽きるまでどうしようもない。そこで、燃焼を制御できる液体燃料ロケットが登場してきました。具体的な理論・原理を提唱した人としては、ロシアのツィオルコフスキーが有名です。
 ツィオルコフスキーは多段式ロケットにまで言及しています。

 コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー
 ( Konstantin Eduradovich Tsiolkovskiy、1857年 9月17日 - 1935年9月19日)


■ 液体ロケットの基礎の確立( アメリカで基礎が確立される )


ロバート・ハッチンス・ゴダード
( Robert Hutchins Goddard, 1882年10月5日 - 1945年8月10日 )

 当時としては、夢のような話に興味を持って、液体ロケット開発に取り組んで液体ロケットの原型とも言うべきものを作り上げたのはアメリカのゴダードでした。

 世界初の液体燃料ロケットが飛行したのは 1926年3月、わずか50mほどの飛行でした。

 おもしろい写真です。世界初の液体ロケットは実験的なもので、姿勢制御装置も何もありませんでしたから、燃料タンクが下にあり、ロケットエンジンが上にある というものでした(燃料タンクは姿勢を安定させるオモリの役割)。

 ゴダードはあまり時代の先を進みすぎていたようで、周囲の無理解で苦労したようでした。狂人のような扱いをされたりもしたようでした。しかし、孤独な中で地道な研究を続け、ロケット技術は短期間に急速に進歩してゆきます。

 April 19, 1932 という写真がありますが、すでにV2の原型がほぼ完成しています。V2登場の10年ほど前のことです。驚くべき技術でした。 写真は NASA のHPより引用
イメージ 2

 実は、V2開発をしたドイツの技術者達は、ゴダードと交流があり、ゴダードから情報を得ていました。ジャイロを使った姿勢制御装置や、ジンバル(ジャイロと連動し、エンジンの方向を制御する装置)などもゴダードは開発していたようです。

 当時、ひとり、突出した技術を誇っていたゴダードでしたが、彼の論文が示すように、ゴダードのロケットは、あくまで 『 高高度に到達するための方法 』 でした。宇宙へ行くための方法 でした。兵器としての観点はまだありませんでした。 彼は 宇宙を夢見た先駆者の一人 でした。

 やがて、WW2の終わりとほぼ同じ時期にゴダードは亡くなります。


■ ロケット兵器の登場 ( ドイツで兵器として実用化される )

 WW2後期、ドイツは世界に先駆けて液体ロケットを兵器として実用化しますが、結局、戦局を左右するまでには至りませんでした。

 戦後、やがて、ドイツからアメリカにやってきたロケット技術者から、アメリカは思わぬ話を聞かされることになります。
 それは、なんと、ロケット兵器の開発で、ゴダードから色々教わったという話でした。ゴダードのロケットはWW2より、遥か以前に完成していましたから、第二次大戦が始まる前、戦争状態になる前の頃、技術交流をして、教えてもらったという話でした。当時、アメリカはロケットの重要性は全く認識していなかったようで、たいした制約も無くドイツに情報が流れていたようです。

 WW2後の、この時点になって、アメリカはようやく自国のゴダードの存在を、あらためて認識します。
 しかし、すでに亡くなった後でした。生前は、一部の理解者を除き、狂人のように扱われたりもしたゴダードでしたが、これ以後、その業績が大きく評価されるようになります。

 そして、今では NASA の 「 ゴダード宇宙センター 」 にその名前が残っています。


■ 戦略兵器としてのロケット ( ソビエトに戻って戦略兵器として確立される )

 WW2のドイツで、ロケットが兵器として登場してきました。しかし、ドイツのV2は苦し紛れの兵器でした。当時の大型戦略爆撃機と比較すると、搭載できる爆弾の量も限られ、戦略兵器としては、殆ど意味がありませんでした。
 しかし、ここで、もう1つ新たな兵器が登場することで、ロケットの意味が大きく変わってきます。それは核兵器でした。戦後、ソビエトも核兵器の開発に着手し、アメリカに遅れること、5年程で核兵器の開発に成功します。

 しかし、当時、ソビエトの核兵器は全く役に立たない兵器でした。それは、運搬手段が無かったからです。
 空軍力はアメリカが圧倒的優勢で、アメリカの空軍力を突破して、核兵器を投下することは殆ど不可能でした。これでは、さすがの核兵器も何の役にも立ちませんでした。

 そこで、この空軍力の劣勢挽回の切り札として期待されたものがV2の技術でした。
 ロケットに核兵器を搭載すれば、アメリカの空軍力を突破し、核兵器を投下できます。
 そして、ソビエトは大型ロケットの開発に力を注ぎ、ロケット技術ではアメリカを上回ることとなります。ソビエトは、人工衛星、有人飛行と次々とロケット技術の優位性を誇示してゆきます。

 この時点で、アメリカはソビエトの核兵器からの防御手段がないという状態に陥ります。
 この後、大慌てで、アメリカもロケット開発に力を注ぐことになります。

 結局、行き着いた先は、
 お互いに防御できないという状態での 恐怖がもたらすバランス=平和 でした。




 ロケット登場の不思議な経緯
 各国を渡り歩くようにしてロケットは登場してきました。

   ロシア ---> アメリカ ---> ドイツ ---> ロシア(ソビエト)・アメリカ

 事実は小説よりも奇なり ですね

閉じる コメント(5)

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軍事研究にも似た話がありました。ツィオルコフスキーの理論の正確さが、後世になって実証されたわけですから、すごい天才ですね。

2006/6/26(月) 午後 8:33 [ ぬくぬく ] 返信する

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そうでしたか、おもしろそうですね、軍事分野のどのようなところでツィオルコフスキーの理論がつかわれたのですか?

2006/6/26(月) 午後 9:47 こかげ 返信する

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中・長距離弾道弾の中の多段式ロケットは、当然、全てツィオルコフスキーの理論でしょうね。その他というと、どんなところなのか思い当たりませんが?

2006/6/26(月) 午後 9:54 こかげ 返信する

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軍事研究と言う本でありながら、このロケットの話は、民需転換の話でして、極々簡単に、V2からソユーズやサターンロケットの開発に至る過程の話です

2006/6/27(火) 午前 5:25 [ ぬくぬく ] 返信する

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やっぱりロケット関連になるんですね。たしか、ツィオルコフスキーは、ロケットの最終到達スピードを上げる方法として、多段式のロケットというものを提案していたように記憶しています。最終到達スピードを上げてゆくと、人工衛星を作れるというようなこともあったと思います。一方、多段式ロケットの原理を軍用の兵器に応用すると、ICBM(大陸間弾道弾)になってしまう・・・だったような記憶があります。

2006/6/27(火) 午後 1:38 こかげ 返信する

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