■五月旅’07 広島■
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元来は地上3階・地下1階の煉瓦造りの構造の中央に、地上5階建て・高さ25mのドーム部がある建造物。
チェコ人の建築家ヤン・レッツェルによって設計され、ネオ・バロック的な骨格にゼツェッション風の細部装飾を持つ混成様式の建物だった。
![]() 保存のため、多少手は加えられているのだろうが・・・
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![]() 息子っちに必死に「あそこ!」と指さしながら言うが・・・体制が低いので見えないらしい・・・
抱っこしてあげようとしたけれど、重さに負けて、素直にこのあと旦那とバトンタッチ☆した。 右の写真は、絵を描いているお姉さん・・・絵を描く人を写真に撮る。素敵だ(*´ェ`*)ポッ♡ ![]() 一眼レフのフィルムカメラだから撮れた写真だろうか。(2,4,5,6,7枚目もフィルムより)
〔ずっとこのままであって欲しい。そうして私たちの姿を見ていて欲しい〕 自然の作り出す造形美ももちろん好きだけれど、古い人工物もそれ以上に惹かれてならない。 建物には歴史がある。古木と同じように訪れる人々をずっと見てきたはずだと思うから。 石にレンガに・・・・・・色んな人の思いがたくさん刻まれている。 周囲に人はいたが関係ない。澄ませば静かに語りかけてきてくれる・・・。 私の心はしばし原爆ドームと一体となった。
「緑が多いね」という言葉を何度口にしたことか。 「良い公園だね」 人々がそれぞれのスタイルで憩っている姿に何だかこちらまで笑顔になってしまった。 来て良かった。これらの姿が「平和」であるということなんだろうなって・・・心からそう思えた。 けれど世界のどこかではまだ争っている人々がいる。 ギスギスした心をしていて辛くはないのだろうか。 安息の日々を望むことがそんなにも難しいことなのだろうか。 手に持つ武器をただ下に置くことがどうして出来ないのだろう。
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我が家が広島へ旅に出たのは4月29日の事。それからすぐに連載を続けたのですが・・・ 途中色々とあって・・・連載がSTOPしておりました。読んでくださってた方々すみません(_ _ o)ペコッ
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まずは「広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)」の前に立った。バスガイドさんの案内で来てる方が多い。みなさん、訪れた記念にと背景にニコヤカに写真を撮られているが・・・(子供にピースまでさせている)それってどうなの? っと思ってしまった。
ガイドさんの説明を聞くと・・・慰霊碑は、はにわの家型につくられていて犠牲者の霊を雨露から守りたいという気持ちをあらわしているそうです。
![]() *平和の子の像*
来年、6年生の修学旅行で再びここへ千羽鶴を持って訪れる息子。今回はリハーサルだね。 ![]() *動員学徒慰霊塔*
平和の女神像と8羽のハトを配した高さ12mの有田焼陶板仕上げで末広がりの五層の塔の中心柱に慰霊の灯明がついています。 ドームは目の前だけれど、もちろん寄っていく。 うちの旦那と息子は先に行く。わたしが写真を撮っていると背中で一組の夫婦の会話が通り過ぎた。 「ここは?」と奥さんらしき女の人の声。 「あー学生のやろ?! 見なくてもいいんじゃない?」と旦那さんらしき男の声。 ちょっと不快な気分になった。 木陰で涼しい場所でした。お金を入れるとスピーカーから大きな声の説明が聞けます。 息子っちが聞きたそうにしていたので、お金を入れるように渡してあげました。 しばし聞き入る私たち家族でした。
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紫の円〜赤の円へ ちなみに広島市はかなり上
「てつのくじら」で配っていた呉の観光マップより
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![]() 音戸大橋が見えたり隠れたりして、ああ早く渡りたい! あそこへたどり着きたいという気持ちを更に呼び起こさせてくれていた。
![]() 少し道路を走ってから途中の民家の駐車場でUターンをして再び橋を望んだ。
![]() ![]() 製鋼所なんだけれど、その巨大さに圧倒!! 道路を走りながら見ていると異様なほどの感じを覚えた。
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