象二郎あて龍馬の手紙草案、高知の民家で発見
大政奉還を15代将軍徳川慶喜に迫るため、京都・二条城へ向かう後藤を、「もし失敗したら、私も海援隊を率いて将軍を襲う覚悟。墓の下でお目にかかりましょう」と激励する内容。後藤に渡った手紙そのものは行方不明のままで、写真しか残っていなかった。同館は「大政奉還の原案を考え、時代を動かそうとする龍馬の覚悟と緊張が伝わる第一級の資料」と評価している。 手紙は縦20センチ、横78センチで、大政奉還前日の慶応3年(1867年)10月13日付。大政奉還に失敗し「天下の大機会」を逃せば、薩長から責めを負わされると、緊迫した情勢をつづっている。「先生」(後藤)を「生生」と書き損じており、控えにしたとみられる。 龍馬の直筆で「参政(後藤)が登城するときに渡した手紙の草案なので、見てください」と、後藤に渡った手紙にはない説明書きが加えられており、別の親しい人物に送ったらしい。 持ち主の南道(おさむ)さん(86)によると、旧中山村(現・同県安田町)の村長だった祖父が譲り受けたという。 後藤は龍馬の大政奉還の考えを取り上げ、建白書として慶喜に提出。慶喜は後藤ら40藩の重臣を集めて意見を聞き、朝廷に政権返上を申し出た。手紙は7月17日からの同館の企画展で展示する予定。 最終更新:6月16日3時14分
https://history.blogmura.com/にほん歴史ブログ村一級資料の出現です。まさかの資料がこれからも出てくることに期待が膨らみます
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確かに、大政奉還を15代将軍徳川慶喜に迫るため、京都・二条城へ向かう後藤を、「もし失敗したら、私も海援隊を率いて将軍を襲う覚悟。墓の下でお目にかかりましょう」と激励する内容で、まさに、龍馬の死ぬ覚悟で「大政奉還」を成し遂げようとする、心意気、信念、覚悟が激的に伝わってくる、内容の手紙です。
とにかく、凄い人物だった事は確かですねーー。
彼のような、心意気、信念、覚悟、勇気、理念、そしてその行動力を持った、男になりたいものですが・・。
なんか、この資料の発見で、ますます坂本龍馬っていう男には魅力をおぼえますねー。
トラバしていきますねーー。
2010/6/16(水) 午前 10:40
龍馬、人生最大の山場を記した直筆ですね、実に驚きました。公開が楽しみです。ぜひ見てみたい資料です。
漁師のきんちゃんさん ありがとうございました。
2010/6/16(水) 午後 2:03
貴重なものが出てきましたね。
龍馬の人間らしい一面も伺われます。このような資料が後世に伝わることが、龍馬が愛されていた証拠でもありそうです。
ジョッピンカケタカ…こちらでも頻繁に聞きます^^
☆☆☆!
2010/6/16(水) 午後 2:51
じよっぴんかけたか
そうですか、そちらでも鳴いていますか!?
ありがとうございました(^-^)
2010/6/16(水) 午後 3:15
ドラマの効果か、いろんなものが出てきますね!
これ、実物見に行きたいな〜!!!
(*'-'*)ノポチ☆凸
2010/6/16(水) 午後 10:55
まだ、どこかに・・・きっとあると思いますね(^-^)
古い襖の下貼りになっていたものも多かったでしょうね。
ありがとうございましたm(_ _)m
2010/6/16(水) 午後 11:06
龍馬の残したもの、手紙で色々見えてきますね。
欲に走らず、本当に日本国民のために行動して、周りの人から尊敬されていたんですね。
2010/6/19(土) 午前 8:32
熱い龍馬でしたね
彼を衝き動かした原動力は時代、黒船、家庭環境、教育でした。
いまでこそ有名人ですが、当時は一介の浪人。
名もなき浪人の活躍に後生の日本人は感動しました。
ありがとうございました(^^ゞ
2010/6/19(土) 午前 11:42
まさに
行動
感動
衝動
2010/6/19(土) 午前 11:45