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日本人の気質は143年前と何も変わっていないようだ。
いくら支那にいじめられても、アメリカが守ってくれないとわかっても
世の中は乱んとして 中ゝ不乱ものにて候。
143年前の今日、慶応三年十月九日 龍馬が坂本家にあてた最後の消息文が残っている。
兄の坂本権平にあてたものだ。
其後(そのご)芸州の船より
小蝶丸ニ乗かヘ須崎を発し、
十月九日ニ大坂に参り申候。則(すなわち)
今朝上京仕候(じょうきょうつかまつりそうろう)」
此頃京坂のもよふ 以前とハ よ程相変(よほどあいかわり)、
日ゝに ごてごてと 仕候得ども(つかまつりそうらえども)、
世の中は乱んとして 中ゝ不乱ものにて候と、皆ゝ申居候事
に御座候」
先は今日までぶじなる事、幸便ニ申上候。謹言ゝ
十月九日 梅太郎
〆
上町本一丁目 坂本権平様
御直披 坂本龍馬
この日京都に入った龍馬は、海援隊詰所の酢屋を避け、土佐藩邸裏の近江屋に投宿した。
大政奉還勅許、六日前の手紙だ。
大政奉還建白書は十月三日、幕府に提出されている。
10/3放送の龍馬伝では、後藤象二郎に大政奉還の建白を訴えていた。歴史の転換点の描写に感動したかも多かっただろう。
後藤が山内容堂や藩主豊範に謁見し建白を訴えたのが7月8日、容堂が後藤に建白を準備するよう命じたのは
7月13日のことだ。
やはり龍馬は偉大だ。
付録 「偉大な熊と鮭と蟹」
でかっ! |
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大変参考になりました。
日本人の気質が143年前と変わっていなければあり難い事です。
基本は「武士道精神」「大和魂」ですから。
朝青竜が引退の時「次に生れてくる時は、大和魂を持った日本人に生
れて来たい」と言った時は、外国人ほど日本人の良さを知っている
と感じた次第です。
2010/10/9(土) 午後 5:17 [ 三四郎 ]