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「将を射んと欲すればまず馬を射よ」という格言がある。「目的を達成しようと思うならまずその周囲にあるものから手をつけよ」と言う意味だ。
4月14日放送のNHK「歴史ヒスとリア」を観て頭に浮かんだ格言だ。その主人公は吉田松陰だったから浮かんだ。 「松陰・・・・だから将を射ん!?が浮かんだ」
私の中では「吉田松陰のようになりたかったらそれは難しいことだから龍馬にだったらなれるかも知れない」と聞こえる格言だ。
二人に共通しているのは人望と行動力だ。育ちのよさと優しさでもある。名前に「陰」がつくから龍馬の「陽(明るさ)」に対して「陰(暗さ)」を感じるが、おっとどっこい「火の玉」のような男だったことをあらためて知った。
松陰は幼い頃から「私事を捨て公のために生きよ」と教えられてきた。松下村塾では身分に関係なく優しく教える評判の先生だったが、老中を暗殺する計画をいさめる弟子たちに絶交を宣言した松陰は「諸友は功業をなす積もりなり、吾は忠義をする積もりなり」と弟子たちを叱りつけた。(番組から)
松陰の過激な行動は女気がなく潔癖症だったからとも言われるが、徹底した道徳教育の賜物だろう。
女を知らないから過激なのだということで、親戚が妾を世話しようとしたことがある。 が、謹慎中だから松陰はそれを断っている。厳しい道徳教育を受けていない私には信じられない話だ。だから凡人は厳格な松陰には到底なれないから、女性関係も豊かな龍馬にだったらなれるかもしれない・・・をお奨めしているわけだ。
番組では、ペリーのポウハタン号に友人の金子重之助と乗り込み、海外渡航を哀願する様子が描かれていた。このときの吉田松陰評がペリーの遠征記に次のように記されている。
この事件は厳しい国法を犯し、知識を増やすために命まで賭そうとした二人の教養ある日本人の激しい知識欲を示すものとして、興味深いことであった。日本人は確かに探求好きな国民で、道徳的、知的能力を増大させる機会は、これを進んで迎えたものであった。
この不幸な二人の行動は、同国人に特有のものと信じられる。また激しい好奇心をこれほど良く示すものは他に有り得ない。日本人のこの気質を考えるとその興味ある国の将来には、なんと夢にあふれた広野か、さらに言えば、なんと希望に満ちた期待が開かれている事か!
嬉しい記録です!
明治維新の原動力に彼の薫陶をうけた高杉や久坂、伊藤や山県ら長州の若者が大きな役割を果たしている。「龍馬伝」で、もう一話「松陰」を描いてくれたなら明治維新がもう少し見えてきたかと思う欲張り豚馬でした。
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2010年04月15日
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