龍馬 ひねもす よもすがら

七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞかなしき

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 前回は幕末の歴史と同時期にアメリカで起きていた南北戦争を簡単に併記した。
 
 「南北戦争」と聞くと「リンカーンの奴隷解放」を想起するだろう。私自身も小学生の頃から「悪の南部」「正義の北部」と完全に洗脳されてしまっている。
 
 「南北戦争」をして「アメリカの戦争上手」を語った作品がある。以前、拙ブログで紹介した「夢の中に生きた男たち」(前田秀峯 廣済堂)だ。
 
太田節三と山本五十六の会話の部分だ。(P-69〜P-70一部引用)
<引用開始>
「・・・それに戦争の仕方が非常にうまい」
「うまいといいますと?」
「たとえば南北戦争だよ」
「あの奴隷解放戦争ですか?」
「うん。これはあくまで私見だよ。北部の工業を保護するために、アメリカはイギリス、ドイツなどヨーロッパからの工業製品の輸入を禁止した。それに対抗してヨーロッパ諸国は南部からの農作物の輸入を禁止した。そのせいで生活できなくなった南部の農家が、生活を守るために団結して北部に戦争を仕掛けたのが南北戦争だと思う」
「人道的な立場から、北部が南部に奴隷解放を要求したためと記憶していますが?」
「理由は後から何とでもつけられる。いつの場合も、勝った方が勝手に歴史を作るもんだ」
「そんなもんですかね」
「とにかく、貿易摩擦でヨーロッパに農作物を売れなくなった南部の農場主達が、にわかづくりの軍隊で北部に戦闘を挑んだわけで、勝負は初めからわかっていた」
「つまり、北部の勝ちと?」
「そう。北部は南部が攻めてくるのを待っていたわけだし、勝ち負けを含めてすべて計算の上での戦争だったと思う」
「その結果、北部は南部の農場主の持ち物であった黒人を北部の工場で働かせるために、奴隷解放という名のもとに黒人を自由にして、一番欲しかった安い労働力を手に入れたわけですね」
<引用終わり>
 
 歴史を斜に構えてみている私でさえ「南北戦争」を「奴隷解放戦争」としかとらえていなかったのだから、ましてや、善良な普通の市民においておやである。
 
 ところで、日本人の多くは東京裁判史観により、日本は侵略者であった、と教育され歪んだ罪悪感を背負って生きている。広島の原爆慰霊碑がその典型だろう。
 
「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませんから」
 
 誰が過ちを繰り返さないのか?アメリカの原爆投下のことではないはずだ。アメリカ市民の多くは正当だと主張しているし、侵略者であったと教育されて育った日本人は、太平洋戦争を起こしたのは日本人だと思い込んでいる。日本人が日本人に対して謝っているのだ。アメリカは包囲網をつくり、日本を経済的に封鎖し、石油禁輸まで行い挑発した。アメリカこそ開戦の責任者なのだということに全く気づいていないし、考えることすらしない。先頃おやめになったルーピーな元総理にいたっては、日本は日本人だけのものではないと主張するのうてんきぶりだった。
 
 「勝てば官軍」と言う言葉は誰もが知っているが、あとに続く「負ければ賊軍」というフレーズを日本人は忘れている。
 
 「負ければ賊軍」は「歪んだ歴史観を押しつけられる」ということだ。それを全く意識しないルーピーな日本人が多いことは非常に嘆かわしいことだ。
 
前田先生の作品の一部を紹介するつもりだったが、またまたグチって終わることになった。いつものパターンだ。
 
ネズッチのようには整わない、ブログのご清読ありがとうございました。  ルーピー豚馬でした。
 
 

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