戸籍上「文久元年生まれ」も生存…東大阪市 高齢者の所在不明問題を巡り、大阪府東大阪市で、江戸時代の文久元年(1861年)生まれとなる149歳の人を最高齢に、120歳以上の高齢者が228人、戸籍上、生存したままの状態で残っていることがわかった。
いずれも住民基本台帳には登録されておらず、年金や健康保険などの住民サービスは受けていなかった。
同市によると、家族から死亡届や 失踪 (しっそう ) 宣告の手続きがあれば、戸籍は抹消されるが、この228人はそうした手続きがなされなかったとみられる。同市は「以前から戸籍だけ残っているケースは気付いていたが、正確に把握していなかった」としている。
住民登録は居住実態のないことが判明すれば、市の職権で抹消できるが、戸籍の場合は法務省の許可が必要。同市では少なくとも10年間は、戸籍の抹消を行ったことがないという。
市は「戸籍の抹消は義務ではなく、ほとんど行っていなかった。今後はあまりにも高齢の場合、抹消する方向で法務省と協議する」としている。法務省は「他の自治体でも東大阪市のようなケースは考えられるが、調査しておらず実態はわからない」としている。
(2010年8月24日21時44分 読売新聞)
最高齢はいったい何歳なのだろう。とりあえず現時点での最高齢者が東大阪市から誕生した。
文久元年は西暦1861年だ。誰かさんの場合今年で満149歳。 もちろん江戸時代、幕末生まれだ。たぶん生きているわけはないが、この人の場合文久、元治、慶応、明治、大正、昭和、平成と戸籍上行き続けてきた。文久元年、この年の8月に土佐勤王党が結成され、そしてアメリカでは南北戦争が勃発している。
リンカーンの奴隷解放宣言が出されたのが文久3年(1863).。日本では2月に清河八郎率いる浪士隊が結成され近藤勇や土方歳三らが参加した。その清河八郎が結成2ヵ月後に佐々木只三郎らに惨殺さている。また将軍家茂が攘夷決行の期限を5月10日と孝明天皇に奏上したのは、清河絶命の1週間後のことだ。8月には壬生浪士組が「新撰組」と命名された。
元治元年(1864)5月には勝海舟が神戸海軍操練所の頭取に就任、6月に池田屋事件となる。長州ではイギリスに密航していた伊藤博文、井上馨が攘夷の藩論を変えるべく急遽帰国している。
また慶応元年(1865)5月に龍馬の亀山社中が設立されている。この年アメリカ南北戦争は終結し、リンカーンは暗殺され、奴隷制度が廃止された。
龍馬伝では亀山社中の近藤長次郎が密航の責を負い切腹したばかりだが、慶応2年の1月の話だ。この年、誰かさんは数え年6歳になった。
戸籍法の制定は1871年(明治4年)だからこのときまでは確実に生きていた。誰かさん、数え年11歳。
日米とも激動の時代に149歳の誰かさんは生まれた。どんな生涯をおくった人なのだろうか。
戸籍を辿っていけば面白い歴史小説がかけるかも知れない。
東大阪市だけで120歳以上が228人というが全国では何千人になるのだろうか。
土佐勤王党や新撰組もおよそ200人の組織だった。
<120歳以上は何人いるか 推定>
日本の人口 1億2,790万人
東大阪市の120歳以上の人口 228人 東大阪市の人口 504,499人に占める割合は 0.045%
したがって全国の推定120歳以上の人口は 1億2,790万人×0.045%=5万7,555人になる。
何千人どころではなさそうだ。何万人だ。
ちなみに、平均寿命は住民基本台帳から計算しておらず、5年に一度の国勢調査を元に行っているそうだ。
しかも男性98歳以上、女性103歳以上は使っていないという。
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