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先日の記事で浄土ヶ浜に行ったと書いたが、この宮古で日本初の海戦がありました。
WIKIPEDIAから一部抜粋>>>宮古湾海戦(みやこわんかいせん、明治2年3月25日(1869年5月6日))は、箱館戦争における戦闘のひとつで、盛岡藩宮古村(現在の岩手県宮古市)沖の宮古湾で発生した。海上戦力で新政府軍に対して劣勢に立たされていた旧幕府軍は、新政府軍の主力艦である甲鉄への斬り込みによってこれを奪取する作戦を決行したが、失敗に終わった。これはアボルダージュ(フランス語・Abordage、英語・Boarding)と呼ばれるいわゆる接舷攻撃で、敵艦に乗り込みこれを奪い取るという近代以降では世界でも数少ない戦闘事例である。<<<
新政府軍は箱館五稜郭の旧幕府軍を征討するために八隻の船団で宮古に入港。その情報を得、新政府軍の最新鋭艦「甲鉄」を奪取せんと、旧幕府軍が三隻の軍艦で宮古に向いました。
しかし天候不良・機関不良の為新撰組副長土方歳三らが乗った「回天」一隻で奇襲攻撃を強行したのが宮古湾海戦でした。
戦闘は30分ほどで旧幕府軍の完敗で終了し、この2ヵ月後戊辰戦争は終結しました。
新政府軍には東郷平八郎が砲術士官として従軍しており、この奇襲の衝撃を後年まで忘れず、「意外こそ起死回生の秘訣」として日本海海戦の勝利に繋がったといわれています。
今から141年前のことです。
さて浄土ヶ浜には24年前に仙台に行く途中、駐車場までは行きましたが、強行日程の為何も見ることなく先を急いだ経験があり、このたびの旅行では堪能させてもらいました。第一駐車場までは無料のボンネットバスが周回しておりお世話になりました。ガイドの昔のお姉さんも親切な方で、若い運転手さんも感じの良い方でした。
ボンネットバスも約40年ほど前のものでしょうか。よく手入れが行き届いており、あの急な坂道を轟音とものすごく遅いスピードで、車体をブルブル揺らしながら駐車場まで走ってくれました。当時のことはまったく記憶にありませんが、こんなに配線むき出しで走っていたのでしょうか。景色以上に感激しました。
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