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▼龍馬伝第10話「加尾の覚悟」は岩崎弥太郎が出獄する場面に始まり、最後は収二郎から密命で京に行くことになった初恋の人、平井加尾を龍馬が力いっぱい抱きしめるストーリーでしたね。 「わしはもうどこへも行かんと言うたぞ! 何があっても、わしらは離れんと約束したがじゃないがかえ」 「ごめんなさい・・・・・ごめんなさい!」 グワッシ!(抱きしめる)
▼また時間は前後しますが、千葉佐那との別れも同時に描かれていました。北辰一刀流の目録を与えられ、土佐に帰ることになった別れの場面です。 「私はあなたのことをお慕い申しておりました」 「土佐には、大事なものがあるがです、わしはあそこに帰らんといかんがじゃき」 目録は安政5(1858)年1月に授かり、土佐に戻るのは9月ですから佐那との別れの場面は8月のことでしょうか。
▼第11話「土佐沸騰」では土佐勤王党に龍馬も加盟しました。 武市半平太をリーダーとする土佐勤王党は文久元年(1861)8月江戸で結成され、9月25日に彼が土佐に帰ってから龍馬らが血盟しました。龍馬が脱藩する半年前のことです。 龍馬脱藩の前年、文久元年(1861)9月13日に龍馬が平井加尾に宛てた手紙が残っています。そこには加尾に男装させ勤王活動に協力させようとしていたのか、はたまた、男装させ逢瀬を約束したかのような手紙です。 先づ まづ 御無事とぞんじ上候。天下の時勢切迫し候ニ付き、 一、高マチ袴 一、ブツサキ羽織 一、宋十郎頭巾 外に細き大小一腰各々一ツ、御用意あり度存上候。 九月十三日 平井かほどの 男装させ人目を忍び、会おうとしていた・・・そんな気がします。
▼文久3年(1863)8月14日の姉乙女宛の手紙には、千葉佐那への熱い思いも書き残しています。 しかも加尾よりも美しいと。 「・・・此の人ハ おさなというなり。本ハ乙女といゝしなり。今年廿六歳ニなり候。馬によくのり 剣(金偏に刃 けん)も余程手づよく、長刀も出来、力ハなみなみの男子よりつよく・・・かほかたち 平井より少しよし。十三弦の こと よくひき・・・・・」 第4話「江戸の鬼小町」龍馬と千葉佐那との出会いは嘉永6年(1853)なので、この手紙はその10年後に書かれたものです。
▼まとめ 文久2年(1862)3月24日脱藩した龍馬は、秋ごろには千葉佐那と再会をはたしたのでしょう。 平井加尾から千葉佐那へのロマンスの分岐点は龍馬が脱藩したときなのです。 宮地佐一郎「龍馬百話」に、「女学雑誌」の明治26年(1893)9月号に発表された千葉佐那の談話が紹介されていますが、龍馬は千葉定吉に佐那との結婚を願い出、天下静定の後華燭の典を挙げることとし、双方は結納の品として短刀と桔梗紋服を取り交わしたそうです。 文久3年(1863)に平井加尾は4年間仕えた三条家を辞して帰郷しますが、悲しいかなそのとき龍馬の心は千葉佐那に移っていました。歴史のあやといいますか、運命というものを感じてしまいます。 加尾は龍馬の手の届かぬところに行ってしまいました。そんなときに龍馬は脱藩し、彼のそばにいたのが千葉佐那なのです。 しかし龍馬のロマンスはとどまることを知りませんでした。翌年元治元年(1864)京都の医師楢崎将作の娘お龍と出会い、5月に京都金蔵寺住職知足院の仲人で、お龍と結婚します。あの池田屋事件の前月です。 |
龍馬に学ぶ
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第一話に土陽新聞記者、坂崎紫瀾が登場しました。岩崎弥太郎に「坂本龍馬とゆう名前をご存知ですか」と聞いた人物です。 彼は「汗血千里駒」の著者で、忘れられていた龍馬を世人に知らしめた人です。龍馬にまつわる様々な逸話はこの作品で紹介されました。 記事は、その「汗血千里駒」の最初の単行本が高知市内で見つかったというものです。 広く読まれたのは別の単行本で、新聞連載とは内容がかわっているそうです。したがって当時の新聞の挿絵や坂崎の文章がそのままに残っている、今回発見された単行本は、非常に価値あるものといえそうです。 高知市の自由民権記念館で3月28日まで開催されている「『汗血千里の駒』の世界」に展示されています。 実はこの新聞の写しは東邦出版さんからいただきました。 3月18日に初の現代語訳本が出版されるそうです(\1,000)。龍馬ブームの原典の書ですから是非取り寄せたいと思います。 さて龍馬伝の第九話「命の値段」では「山本琢磨事件」が取り上げられていました。 人様の時計を質入して酒を飲み、切腹する間際に龍馬に逃がしてもらった話でした。 琢磨は龍馬の従兄弟でありますが、武市の妻とも従姉弟でした。 その盗品は、「龍馬伝」では「金色の懐中時計」でした。 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」ではこの話は。。。。。たぶん出ていませんよね?。。。。。 漫画「お〜い竜馬」では、「一個十両もする高価な懐中時計を二個も奪い取った」ことになっています。 宮地佐一郎「龍馬百話」では、「包みの小箱を拾って塾へ引きあげ開けてみると高価な外国時計が入っていた」とありました。 ところが「汗血千里駒」では「当時評判の柱時計であった」となっています。 時計に変わりはありませんが、「時計の大きさが違っています」。 風呂敷を抱えていたのか、懐にいれていたのか、大きなノッポの古時計を担いでいたかもしれません。 どうでもいいディテイルにこだわりたい豚馬でした。 |
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早いもので第10話になりました。今回は、千葉佐那の失恋や平井加尾の三条卿への出仕による別れなど、切ない場面の連続でした。 また、岡田以蔵が武市半平太や平井収次郎らの密談に加えらえず、見張り役を命ぜられた時の場面は、今後、以蔵が暗殺者として武市に利用され、ついには口封じのために毒殺を図られるという、悲しい運命を暗示させる場面として描かれていました。以蔵の、驚きにも似た表情がそれを物語っていました。 男女の別れを中心に描かれてはいましたが、以蔵が見張り役を命ぜられた場面こそ、最も重要な場面ではなかったでしょうか。ほんの一瞬の表情でしたが以蔵役、佐藤健さんの名演技と言えましょう。 ところで、奉行所に落書したかどで入牢していた岩崎弥太郎は、吉田東洋の命を受けた後藤象二郎のおかげにより晴れて出獄が叶い、龍馬に毒を吐きながら長崎に出仕しましたが、史実では、出獄は安政4年正月で、同年4月には名字帯刀剥奪されています。同時に禁足処分を受け、鴨田村にひきこもり私塾を開きますから、この部分がぞっくり省略されて描かれていました。 鴨田村での門弟には、あの大泉洋が演じる近藤長次郎や池内蔵太がいます。二人は龍馬のもとに馳せ参じる前に岩崎弥太郎の門弟でありました。 |





