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蛙の漂流 -にどめ-

蛙って、動くものしか目で追えない、

つまり、見えないって知ってました?

あんなに大きな目をしてるのに静止した世界を

見ることができないんですね。

そういう意味では、世界の半分しか知らないともいえるわけ。

人間も実はたいして変わらないんじゃないかって思い始めたは、

会社を辞める算段をつけ始めた、6月の頃だった。

経済状況の変化や組織改編の流れの中で、

やっと自分の状況に気づき初めていたからだ。

変化がなく、居心地がいい頃はなんにも見えないもんなんだよね。

世の中動き初めて、やっと世界の変化に気づく。

そして、それは自分だけじゃなく、世の中たいていみんなそうだって、

後になって思い知らされることになる。

仕事はたいてい空調の利いたオフィスのなかだった。

だから、夏がこんなに暑いもんだって気づいたのも、

辞表を出して、最終出社日を終えたあとだった。

7月の頭、自室のクーラーが壊れたことに気づいて、

暑さで倒れちまったんだ。

あれにはほんとまいった。

・・・・ほんと支離滅裂、非論理的な構成になってきたぞ。

そんなわけで、干上がった蛙は新たな水場を求めて、

外に飛び出していったってわけ。

・・・・今回はここまで

えー、株価が乱高下した師走の日本経済。

気がついてみれば、1万回復してる。

別に何が変わったわけでもないのにね。

日本の主だった企業は、ひたすら海外進出のラッシュ。

これが、日本経済の正体かってな具合に、

数10年遅れた外国で、昔の夢を取り戻そうとしてる。

失われた20年で、何も変われなかったむくいだろうか。

日本本国には、なんも恩恵がない戦略だよね。

頼みは、エネルギー革命とその技術。

仕組みを変えて、その先頭走んなきゃ、

真の復活なんてできっこないぞ。



少し前に、ドラッカーのプロフェッショナルのなんとかって本を読んだけど、

今、大きな意味での現代は、産業革命期に類似しているらしい。

そんなかで面白かったのは、前時代のビジネスを新技術を使って模倣したようななのは、

本当の革命の主役にはなれないってことだった。

産業革命以前には、人を輸送するビジネスなんてなかったのに、

鉄道ができて、それが貨物ではなく、人の移動に使われるなんて画期的だったそうだ。

ITは、金融ビジネスを変えたけれど、

対面のビジネスをシステムに置き換えただけで、本当の革命じゃない、らしい。

ネットショップや旅行もそんなもんか。

価格破壊をしただけで、むしろビジネスを壊してしまっているのかも。

就職や転職のビジネスなんかは、ITで新たなビジネスモデルを生み出したものの一つらしい。

たしかに、方法論を大きく変えたものなんだろうけど、

コミュニケーションの方法が変わったといったほうが、より正確だろう。

ドラッカーは組織の重要性は変わらないっていってるけど、

ITによって新たに生まれたものって、組織の崩壊と個人の台頭なんじゃないだろうか。

みんなで考えて、合意したもので勝負しても、もはや勝てない時代。

システムを支えるプログラム、ソフトウェアなんかの世界じゃ、

すぐれた才能の発掘と活用が不可欠なんて、テレビでもやってたしね。

でも・・・、この数100年間、

民族の解体、地域社会の崩壊、家族の崩壊と核家族の台頭と崩壊、

親子の友人化、個人の台頭、自我の絶頂。

なんてものが進行し、もはやこれ以上分けられるものもないのに、

進化もひとまず休憩すればいいのにね。

蛙の漂流ーいんとろー

何から記せばいいだろうか。

先の見えないトンネルに一筋の光が差し始めたのは、

冬を感じさせる身を切るような冷たい風が吹き始めた、

11月も終わろうかというころだった。

夏に逃げるようにして、4年務めた会社を辞め、

今という現実の厳しさも何も考えないまま,

転職市場に飛び込んだ。

昔から自分の未来にはたいして関心をもっていなかった。

だから、会社を辞めたのも表向き先見の明を働かせて、

当時の会社を見切ったのだと周囲に吹聴していたが、

実際のところは、単に仕事に飽きただけだった。

蓄えは少々あったため、数年は生きられるだろうぐらいのことは

思っていたが、それから先のことはいっさい考えていなかった。

見えないもの、わからないもののことでいちいち頭も煩わせられることのほうが、

何倍も苦痛だったのだ。

現代的? アメリカ的資本主義に侵された者の典型? 

いや、そんなたいそうなもんじゃない。

単に勇気がないだけだ。

『社会人ならば、10年先のイメージを持て』なんて、

そんなもの糞喰らえってな感じで、表向き偉ぶっていながら、

自分の幸せなんてものをつかみに行く自信がなかっただけなのだ。

それでも、空っぽのプライドを維持するために、転職活動には取り組んだ。

気が向いたときだけだけど・・・。

・・・もともと自分のことを語るなんて好きじゃないし、性に合わない。

だから、どこから語ればいいのか、

つまりはこの小説の構成をどうつくればいいのか、

皆目見当がつかないのだ。

過去から時系列的になんて、途中で飽きちゃうだろうし、

ミステリーっぽく、肝心なことに触れないよう計算して語る頭もない。

だいたい人の脳なんてそんな論理的にできてるもんじゃないし、

日本語なんか特にそうだ。

学生時代に、村上龍のトパーズを読んで、その支離滅裂な心理描写に一瞬真理を感じたことがあったが、

たぶんあれは正しいのだろう。

転職活動で、東京中をかけずりまわって得た真理も似たようなものだった。

ありていにいえば、ロジカルシンキングなんてもてはやされながら、

事実社会はロジカルにできてはいなかったってことだ。

まさに井戸の中のなんとやら・・・。

そうそう、タイトルだけは結構意味あるんだよね。

昔の人はえらいよなあ。

おれも大沢たかおみたいに、昔に行ければいいのに・・・。

タイムスリップか。    時間・・・。  うーん。

小説の構成、時間をできるだけ無視してみようか。

時間軸をしっちゃかめっちゃかにして。

そのほうが人間らしいかも。

・・・というわけで今回はここまで。

スクランブル

あれから随分と長い時間が流れた

途方もない時間が

長い一本道は

いつからか無数に分かれる交差点となり

その真ん中で

僕はただ立ち尽くしてしまった

右手を見れば

未だ見知らぬ世界へ続く道が

左手を見れば

見知った世界が上り坂で続いている

後方は

既に途切れてしまったレールが横たわり

遥か遠い前方にはなにやら光が見て取れる

だがそれが

上る朝日か落日かまでは分からない

いやそんなことは誰にもわかるはずはない

それ以前に

現時点であの光がなんなのか

定まってすらいないはずだ

途切れたレールも既に遥か後方で

見えなくなりつつある

その道程で

僕は様々なものを見てきたし

感じてきた

立ち止ったのは

ただ疲れたせいだけだろうか

それとも考えあぐねてしまっているからなのか

選択肢は限られている

ただそれは合理性と現実の枷をはずしてしまえば

無限の分かれ道につながることも意味する

選択権などないに等しい

なぜなら

どちらにいっても

当分は方角もわからない

砂漠化かジャングルのような

岐路がつづくのだから

何から話せばいいのだろうか。

毎日せわしなく流れていた時間が突然止まってしまったあの日。

ただ感傷に浸るだけで、何物にも手をつけられなくなった日々。

そして未だ、依然として動き出す気配を見せない時間は、

今も何かがとてつもない変化によって、

再び動き出すそのときを待っている。

決して戻ることのない過去の時間は、

新しい日々への希望ある布石に過ぎなかったのか、

止まったままのこの時間は、

自らの過ちを悔いるために神が強いた私への試練なのか。

私は再び時を動かすために、

決断を下さなければならない。

時の流れをせき止めているのは、

誰でもない私自身なのだから・・・・。


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