私的現代ビジネス論

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最近、少し興味深いアニメにはまっている。

"yahoo"で動画配信されている

『イヴの時間』というアニメだ。

公式サイトはこちら
http://timeofeve.com/

原作・脚本・監督は、”吉浦康裕”氏。

制作は、”Directions"という映像プロダクション会社。

正直そっち方面はあまり詳しくないのだが、有名なのだろうか。

内容は、未来の日本(らしき!?)国で生きる二人の高校生が、

とある喫茶店を見つけたことで遭遇する奇妙な体験を描く。

このアニメの世界は、人間型ロボット(アンドロイド)が、

”家電”として社会に普及している世界という設定で、

ここでいう”奇妙”とは、そんな架空の社会での通念から逸脱している

という意味で奇妙なのである。

この世界で、社会問題となっているのが、一部の人々による

アンドロイドへの過剰な依存。

今でいえば、ネット依存や携帯依存にあたるのだろうか。

もしくは、本や2次元と現実がごっちゃになっている人たち・・・。

そう考えると、実際ロボット開発やコンピューターの進化、脳科学の進歩が

進む現代からみても決して、空想の人ごとでは片づけられない世界観ではある。

---

興味深い設定はいくつかあるが、ここは”ビジネス論”的視点から

面白いと感じたことを述べることにしよう。

このアニメの設定にある”アンドロイド”は、先にも並べたように、

ネットや携帯なんかと同じく、

電化製品でありながら、ただの道具以上の存在になってしまう

要素をはらんでいるという点である。

いわばその商品・サービスに対し過度に中毒症状を起こしてしまうのである。

資本主義社会の原動力は、人々の満たされていない欲求であり、

それをを叶えるための商品やサービスを社会に提供していくことを経済活動の

手段とする。

かっては、テレビ、洗濯機、冷蔵庫がそうであり、

こういった家電は、家事を楽にしていっただけでなく、

人々に余裕ある時間をもたらしていった。

特にテレビは、登場当初多くの人を釘付けにし、熱中させた。

その後人々の生活の中で、テレビは欠かせないものとなっていった。

マクルーハンいわく、テレビは映画なんかとことなり非常に

感性的・感情的なメディアであり、論理性に欠ける。

インターネットも同種類のメディアだが、

つまり、人の感情が入り込みやすい性質をもっている。

ある程度物質的豊かさを手にした社会の人々が求めるもは何か。

1960年代以降の企業社会にとってそれは極めて重要な命題だったはずだ。

テレビという極めて人の感性に訴えかける装置を利用して、

様々な商品を売り込んでいったことからもそれは理解できる。

1980年代から1990年代にかけて、もはや普通に生活する上でたいして

不便を感じなくなった一般消費者に対し、企業社会が打ち出したサービスが、

コンピューターであり、インターネットである。

後に、このサービスは多分に中毒性をはらんで社会に浸透していった。

かってのテレビと同様である。

現代日本において、テレビの視聴者が減少し、ネット利用者が拡大している背景には、

テレビとドラッグに飽きた消費者が、ネットという新種のドラッグに群がった結果であろう。

金融バブルなんかもそうだが、資本主義社会とは常に新しい中毒を求めて成長する社会である。

個人投資家熱なんかも、ひとつの中毒であったわけだ。(今も継続しているが・・・)

--

では、次にくる中毒はなんだろうか。

『イヴの時間』のように、ロボットに中毒を感じる時代は来るのか。

今ある不況は、時代という大きな中毒から冷め、

新たなものを見つけ出す好機ともなりうる。

ただ、その中毒が人々の心を蝕むものであることも事実ではあるが・・・・・。

ビジネス論。

久し振りの今回は、少しスケールの大きなお話。

昨晩、米国下院議会で金融安定化法案が可決。

選挙を控えた議員たちの不安をなんとか説き伏せ、

無事可決。

すぐさまブッシュ大統領は法案に署名し、

ひとまずひと安心!?

米国株式市場では、

市場関係者は、法案成立を見越して買いを入れていたところ、

成立と同時に一斉に売りを入れ、

一時300ドル超まで上昇していたダウ平均は、

一気にマイナス圏へ。

そういや昔、国内でも小泉政権時代に

郵政民営化法案、このときは否決だったが

似たようなことが起こったような気がした。

市場は常に時代の先をゆく。

これが単なる需給要因によるものなのか、

より長い目でみた先行き不安を示したものなのか。

少なくとも法案の成立だけじゃ、

現状の金融不安が解消されたわけじゃないことは確かなんだが。



米国発の金融危機。

今じゃおそらく世界中の誰もが知っていることとなっている。

何故なら、この問題誰もが人ごとの話じゃないからだ。

先週、行きつけのラーメン屋さんに行ったら、

久し振りに店の店長さんと談笑をする機会があって、

サブプライムに端を発した一連の金融市場混乱の影響について、

延々と話してしまった。

特に原油高の影響は店の経営に大きな影響を与えたらしく、

単なる燃料高に留まらず、

それに関わる魚介スープの材料費が上がったり、

小麦の高騰のあおりを受けたり、

トウモロコシを飼料とする肉類の価格上昇など、

もう直撃しまくりなんだそうだ。

コモディティバブルそのものは一旦弾けているものの、

世界的な過剰流動性状態に変化はなく、

金融再編が一段落すれば再び投資資金は

自らの行き場を探しまわることだろう。

今度は、米国人の手によるものではなく、

再編の担い手の一角、日本人の手によるものかもしれない。



一人はみんな(世界)のために(苦労をし)

みんな(世界)は一人のために(なんざ考えていない)

それがグローバルな経済社会の原則です。

興味深い記事から一言。

北京オリンピックの金メダリストで、

その態度や発言でも話題の柔道100超級覇者石井慧選手。

一方、同じく金メダリストで、

柔道66キロ級覇者内柴正人選手。

後輩である石井選手のモラルを欠いた行動に、

先輩である内柴選手が、再び怒りをあらわにしたという記事。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080926-00000005-sanspo-spo

同年代でもある内柴選手の気持ち、痛いほどわかります。

この年代のビジネスマンなら多かれ少なかれ経験あるんじゃないですか。

実力以上に自信で溢れかえっている20代前半の若者。

ほんとに実力あったら、先輩としては尚始末が悪い。

実力は拮抗もしくは経験値の差でわずかに先輩が上でも、

彼らは、短期的結果を盾にいうことを聞かないでしょう。

そこに内柴選手の苛立ちがあるように思います。

本質的な価値、長期的な価値を伝えるのは難しく、

おそらく経験でしか理解できないことなのでしょうから。

内柴選手が、石井選手に対して

『もっと苦労したほうがいい』

というのもそういう意味だと思われます。

早い話がむかつくんでしょうね。

現代は、必要以上に情報過多で、

本来なら長い時間かけて経験から得るものを

情報によって摂取してしまい、

経験値があがったと錯覚してしまう若者が多いようです。

情報はあくまで情報で、

理解とは異なるものです。



でも、それをわからせるのは至難の業なのですけどねー。

昨夜、NHKスペシャルで

非常に興味深いドキュメンタリーをやっていた。

内容は、日本軍とアヘンに関するものだった。

正直、政治的なものを論じるのは好きではないが、

”組織”というものを考える上でも非常に参考になる内容だったので、

記録しておこうと思う。

番組の内容は、日本軍というより日本軍という組織の一部門である

関東軍が、戦費つまり組織運営費としてアヘンの製造と販売に

手をつけていたというものだった。

数々の記録や証言、研究からそれは事実であったと番組は語っているが、

そうだとすれば、あの戦争は日本の為でも、

ましてやスローガンであった大東亜共栄圏のためでもなかったことになる。

もっといえば、日本軍のためでも、貧しさにあえぐ国民のためでもなかった。

”関東軍”という軍の一組織のために行われたものだったことになる。

組織には、必ず存在する目的があり、

軍組織の目的は、”戦争”を行うことにある。

その戦争を行う組織の存在目的を遂行するため、

侵略を行い、その活動資金調達にアヘンが利用されたようだと解釈できるのだ。

その活動の先頭にたった東条英機は、今風にいえば官僚出身の族議員のようなものだ。

そこには、国家や世界といった本来的な政治家の視野の広さはなく、

自らの所属する組織の利益のみに邁進する、小役人的な姿が浮かんでくる。

政治的なもの言いは、このくらいにしておこう。

国家を企業に置き換えて、組織の在り方、マネージャーの在り方を考えてみた場合、

企業における各部門のマネージャーは、

単に自身の所属する部門の成績・成果に固執するばかりでなく、

その部門の所属する会社そのものについても想像力をめぐらすべきだと思うのである。

もちろん、それは経営者の考えることかもしれないが、

コストを無視して売上だけを伸ばす営業部門が、

企業にとって必ずしも有益ではないように、

各部門の利益が会社の利益になるとは限らない。

各部門の利益は、最終的には会社の利益になるように、

部門の管理を行うのもマネージャーの仕事だろうと思うのである。

現実には、そこまでコントロールするのは至難の業なのだろうが、

そういった部分に目がいかないがために、

一部門が、じわじわと会社の首をしめていくケースは多々ある。

かってリストラとはそういった部門の整理のことを指した。

かってのGEのジャックウェルチがその代表だろう。

現代における欧米の投資銀行も、今その憂き目にあっている。

かっての日本には、それができなかったためにあのような悲惨な事態を招いた。



21世紀となった今、果たして人はどれほど進歩しているというのだろうか。

今、NHKで宮崎駿の特集をやっている。

新作『崖の上のポニョ』公開を記念したものだろうが、

宮崎駿というアニメの監督(マネージャー)の仕事は、

ビジネスの現場においても理想のマネージャーだといえる。

監督(マネージャー)のイメージをスタッフに伝えることから

始まる”映画”という仕事のマネジメント。

ひとつの作品という仕事を完成させるまでに、

監督(マネージャー)の思い描く世界の完成形を実現するために、

スタッフが一丸となって作業を進める。

ビジネスの現場においては、

それぞれのスタッフがそれぞれのビジネスライフを持っているために

ひとつの目標に向かわせて仕事に向かわせることは難しい。

もちろん、営業目標などの数値的目標を設定して、

それに向かって動かすことは可能だろうが、

”結果”が全てといわれるビジネス社会においても、

その”結果”をもたらすためのプロセスが非常に大事なものだ。

”結果”とはあくまで、外部から見た概念であって、

仕事の現場にあっては、その”結果”というゴールにたどり着くための

道筋をいかにするかというのが、仕事の大半を占めるからである。

映画という芸術作品のイメージ、とくにアニメ映画には、

具体的な絵的イメージが存在するため、

監督(マネージャー)の思い描く世界を想像しやすい。

実際には、宮崎監督の描くイメージをほかのスタッフが完全に想像するのは

大変なことなのだろうが、

視覚で認識できるイメージがあるのは非常に羨ましいことである。

最近は、”マインドマップ”などという、

頭の中の考えを視覚的に図式化する手法が広まってはいるが、

スピードの求められるビジネスの世界にあって、

すべてそのマインドマップで意思伝達をするわけにはいかない。

最終的には言葉で伝えなければならないのである。

ひとつのチームが一つのイメージを持って仕事することは、

ビジネスにおけるひとつの理想であるといえる。

人生における目標や理想が異なる複数の人材を

ひとつの目標に向ける絶対方程式はないものだろうか。


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