インド大紀行・灼熱の大地、インド。

これから、始まる楽しい、お話の、はじまりはじまり。それって、インド?

りょうくんのインド紀行

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     インドに来て、最高のご馳走を、食べるべく、まずは中国料理店にはいって、約10ルピ

の、ご馳走を、頼んだ。それは、ランチであります。すげえええ。こんなに、注文したのは、

初めてで、大変戸惑ったけども、最後これで、インドを、旅たつんだッテ、思いで頼んだ。何を頼んだか

忘れたが。なかなか、うまかったよ。でね、夜は夜で、最後の晩餐だ。あははははは。

今度は、インド料理店で、注文してみたら、なんとナンと、多すぎて食べきれ無かったよ。

値段もインドに来て初めてと言うくらい、食べたよ。だって、インドに居る間中は、ほとんど、

下の方は、「ぴーぴー。」って、笛吹いていたからね。トイレでね。あはは。

でも、やっと、ベナレスで移動しないで、ジーと居たので、食事も大学の食堂で同じ物を、

食べてきたから、お腹が慣れてきていたのか、このときはほとんど治っていたんだ。

でも、一日たらふくお腹に食べ物を食べるのは、何ヶ月ぶりでしょうか。約、6ヶ月ぶりに

食事をしたって感じかな。それも、一日、約30ルピーほど、食事をしたのは、インドに着て。

初めてですからね。びっくりですよ。でも、インドレストランにいったら、バンドと、インドの

映画音楽の歌つきで、生で歌ってくれていたんだ。流石、カルカッタだと、感じたね。

男性歌手で、なかなか、うまかったよ。

あと、私は、インドに来て、熱を出したことがあるんですが、そのときから、実はタバコをやめて

いるんだ。でね、カルカッタに来て、再びすいだしてしまった。3ヶ月やめていたんですがね。

でも、インドの「リジェント」がすきで。又、お店で、買ってしまった。一本をね。

インドは、タバコを、一本ずつ売ってくれる。でも、必要なとき、必要なだけすうため、

買うのがいいし、売る方も、それでいいかもね。だって、高いタバコは、すべてじゃんじゃん

売れるとは、限らないですからね。でも、うまくないね、たばこ。

たばこといえば。インドでは、ビッリーを、たまにすったな。でも、ビッリーは、マジで、うまく

ないタバコだよ。すぐ、むせてね。たまんなかったよ。でも、凄く手ごろで、経験ですったのは、

良かったのかもね。

さあ、明日は、バンコクに出発で、いよいよ、日本に帰国だ。やっと、帰れるよ〜〜〜〜。

ダハンニャワード・バハルト(ありがとう、インド。)ナマスカール。

フィルミレンゲー(またあいましょ〜〜〜〜。)

      さあ、カルカッタに向けて、出発だ。約半年の、インドでの滞在が、終ろうとしている。

まさか、こんなに、時間がかかるとは、おもっていなかった。それは、ベナレスの、戒厳令により、

約1ヶ月半の程、延びてしまったことである。

     ところで、みなさんは、三途の川って、ご存知かな。それは、私は、このインドに来て、

凄い熱をだして、ぶっ倒れたことがあり、多分40度以上の熱でしたね。後ほど、また、40度の熱は、

別の機会に、経験するので、そのときに、はなしますが、本当に「三途の川」って、あるんですね。

あと、有体離脱の経験も、その40度の熱を出したときに、経験してしまいました。でも、これらを、

詳しく話しても、少し、やばいので、その経験だけしたと、しておきます。ま、詳しく話さないのが、

いいのかもしれないですしね。でも、「もう、そのときは、死んだと、思ったときでした。」あは。

     話を戻して、ベナレスから、帰りは、体が、もう、疲れきっていたので、なんと、なんと、

エアコンの付いた、1等列車で、日本への、帰りの旅に出ることにしたんですよ。そのときに、

ゆったりと、カルカッタまで、いきたかったんでね。でも、1等の列車は、じつにつまらないですね。。

だってね、途中から、ひとりの乗客が乗ってきましたが、ふたりだけで、ろくに話もしないで、

だまって、15時間ですから、やはり、つまんないね。寝るしかないですが、ひたすら、寝ていましたが、

そんなに寝れるもんで無いですよね。飽きて、飽きて、やはり、インドの旅は、2等のエアコンなしが、

いいですね。たくさんの人の動きを観察しながら、ゆっくりと行く旅がいいですね。インドの列車は、

ただでさへ、遅れて、ゆっくりだからね。それに、1等には、「チャエ、ガラム・チャエ。」て、売りに

こないんですよ。「パーにー、パーニー(水、水。)タンラーパーニー(冷たい、水。)」って、

売りに来るんですがね。2等列車にはね。でも、冷たい水って、本当かなって、おもったんですが。

なかなかどうして、インドの、壷に入った、水は、なかなか、冷たいまではいかなくても、冷えた水

だったな。水は、当時、10パイサ。チャエは、30パイサ。日本では、ライチといいますが、

インドでは、あっているかどうか、うまく、表現できませんが、中国の楊貴妃が、好んで食べた、

「リィッチ」が、あるんですが。この時期、列車で、売っていたので、駅に止まると、買ったね。

安くて、1ルピー(25円)で、20個ぐらい付いていたね。ライチは、中が、大きな種ですが、

水分を沢山、含んでいて、うまかったね。あと、サモサ(インドの、コロッケみたいなもの)が、

少し辛くて、ポピュラーですね。一度、インド料理店にいきましたら、注文するといいですよ。

でも、インドの列車の旅は、退屈ですが、なんとか、カルカッタの、ハウラー駅に、

到着したね。これは、遅れて、12時間のが、15時間で、到着でした。やはり、インドは、

凄い国ですよ。だって、乗客が、起こった顔一つしないで、その足で、カルカッタの大地に、いつもと

変わらない姿で、きえていったんだ。ちなみに、わたしは、チョウリンギー通りの、インド博物館の

路地を入ったところの、アストリア・ホテルに、泊まったよ。いやー。着いた。着いた。

     ベナレスの街は、どこかで、必ず、お祭りが行われていると、言われるほど、祭りだらけ。

最初は、凄く戸惑ってしまうぐらい、おおいんだ。色んな通りで、今日は、、あっち、昨日は、こっち。

明日は、向こうとね。いやはや、大変ですよ。爆竹が、「バーン、バーン」てね、インド音楽が、

鳴り響き、インド人は、踊っているしね。歌ってもいる。なんの祭りかは、知りませんがね。

    ディワリー(Diwali)

富と幸運の女神、ラクシュミーとガネーシャを祭る華やかな祭り。この日の夕方から素焼きの皿に油を入

れた灯明を家の周りのあらゆる所に並べ、光の道を作り出す。子どもたちはお菓子を、大人達はプレゼン

トを交換し合い、楽しい夜を過す。

ところで、この ディワリーの祭りは、ヒンディーの神様の祭りで、ムスリム(回教徒)にとっては、

嫌いな、インド最大の祭りで、それが、10月に、行われて、ベナレスにある、ムスリムが、

多く住む通りを、ヒンディーの神様を称えて、通っていたときに、事件が起こった。

ムスリム(回教徒)は、その神を嫌がり、ヒンドゥー教徒と、喧嘩になり、しまいには、ライフルを、

持ち出して、「ドンパチ、ドンパチ」始まったのです。そのとき、4、5人の死人が出たと、聞いて

います。事件は、それだけでなく、ベナレスの街中が、戒厳令が引かれ、9時過ぎ、外出禁止令に

なり、その事件が起こった、通りは、通行禁止なり、いつも私なんか通っていたとこでしたんで、町に

でるのが、大変でした。それだけでなく、丁度、私は、ベナレスから、日本に、帰るため、ビザが、

切れていたので、更新して、カルカッタに、向かうつもりが、その事件のため、なかなか発行して

くれなかったので、そちらの方が、大変でした。つまり、その事件が、起こったときは、もう、

ビザは、切れていたんです。あははははあ。。。。。

でも、戒厳令は、約1ヶ月続きましたが、やっとおさまって、12月の最初に、ベナレスから、

カルカッタに、向かうことにまりました。その事務所に、何回通ったでしょうか?10回以上通った

でしょう。多分。覚えてないくらい、通ったよ。サイキル・リキシャで、いくのは、マジで、大変

でした。だって、ベナレスの大学から、そこの事務所は、ベナレス近くの、サルナートの、近くで、

ベナレス空港にも、近くでした。10キロ近くあったと、思います。でも、なんだかんだ、かかった

挙句、やっとの、思いで、延長ビザを、取ることが、出来たのです。(ふ〜〜〜〜〜〜。)

でも、こんな、事件に遭遇する自体、大変ですが、ひとつのいい経験でした。じゃん、じゃん。

      やっとの思いで、ベナレスに帰ってきた。やはり、列車の旅は、つかれるね。

インドでの生活も、約3ヶ月が過ぎて、少しずつ、慣れてきて、ヒンディー語も少しずつ、

わかってきていた。私は、ベナレスで知り合った、ネパール人の友達の部屋に居候しだした。

ほんの少しのつもりが、そこから、3ヶ月も友達の部屋に、居候してしまった。でも、毎日、

ヒンディー語の勉強に明け暮れた。午前中は、部屋で勉強で、午後には、町に出かけて行って、

生のヒンディー語を、しゃべって来るんだ。でも、なかなか、大変ですね。語学は、実に、

難しいですね。(ちなみに、友達の部屋は、ベナレス大学の外国人寮です。)

      大学の寮の食事。これがまた大変です。だってね。聞いてくれる。

どんなメニューかって言いますとね。朝は、パン(ブレッド)、エッグ、バター、そして、

チャエですね。昼は、必ずでるのが、マトンのカレーです。それに、ダール(豆スープ)

ご飯、オニオン、にんじん、大根の、サラダ。そこに、とうがらしが、山づみに、お皿に

出されるんだ。夜は、昼とあまり変わらないですが、1品加わるんだ。でも、インドで

驚いたのは、マトンカレーが、ほとんど、毎日出ることです。ほとんど、365日、

同じ食事だ。それだけでも、びっくりですよね。でもね。それが、良かったのかもしれな

いんですが、お腹の、ぴーぴーは、そのころには、直ってきてまして、よかったです。

でも、体重は、凄く落ちたよ。げっそりだ。

でも、久々に、ガンジス川にいってみた、すると、どうだろう、丁度、雨季の時期に

来たときからすると、ガンジスの水がなんと、15メートルぐらい、水位が下がって

いるでは在りませんか。ベナレスのガートの階段が、全く見えなかったのに、階段が、

こんなに、あったのかってね。思うくらい、沢山の階段が、あったよ。

     気候的にも、凄くすごしやすく、いい感じになってきた。でもね。このあとが、

すごい、事件が、ここベナレスで勃発するんだ。それは、つぎに、書くね。

では、その記事を楽しみにしていてくださいね。

      

     

     アグラで、タージ・マハールを、ゆっくり眺めて、その後は、なんと、又、デリーに戻り、

ベナレスに、帰って、ヒンディー語の勉強だ。また、列車の旅ですよ。インドでは、あっちから、

こっちって感じで移動するのが、大変で、列車移動になるんですが、時間がすごくかかるんだ。

また、ニューデリーから、ベナレスに、列車のたびです。

ところで、みなさん、デリーには、デリー駅(オールド・デリー駅)と、ニューデリー駅が、あります。

両方とも、インド全土に向かって、出発しているんですが、まだ、ニューデリーの駅の方が、綺麗かな。

それに、町並みも、ニューデリーのほうが、いい感じで、インドの近代的なつくりですよ。

オールド・デリーは、ムガル王朝の時代からの、つくりの町並みで、ごちゃごちゃですよ。でも、

インドいったら、オールド・デリーに、行って、歩くのもいいでしょう。

ニューデリーは、いい町で、インド門あり、国会議事堂あり、コンノート・プレスあり、

フマユーンあり、ラール・キラー(デリー城)ありで、観光地として、沢山の観光客が、

きているよ。わたしも、そのひとりですがね。

さあ、その、デリーから、離れて、再び、ベナレス(ワラナシ)に、むかうぞ。

大変ですよ。また、列車のたびですから、インド列車の旅は、体中が、砂ぼこりで、真っ黒です

から、それに、日本みたいに、列車に飲み水があるのと違って、その都度、調達ですから、

大変です。あははは。まだ、下のほうは、治っておりますせん。うふ。ピーピーです。

これから、15時間ぐらい(インド時間・アバウト)の旅です。出発進行。ピ〜〜〜、ピ〜〜〜。


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