繚乱の森

きっと明日は素敵な心になれますように

離婚ストーリー(過去)

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2日連続の暴力

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私は前夫から数度殴られている。





例えば、結婚間もない頃車の中で言い合いになった時もそうだった。

運転席に座る夫が左手に反動をつけ水平に、助手席の私の顔面を殴ってきた。

一瞬何が起こったのかもわからない、とにかく悲鳴をあげた。

ある時は、思い切り"ももげり"をされた。

何とも言い難いあまりの痛さに、しばらく動けなかった。





しかし、前夫との離婚直前の暴力が一番壮絶だったと思う。

仕事もせずにパチンコ・借金の前夫を私がひどく窘めたその時、前夫はどこかの糸が切れたようだった。

私の胸ぐらを掴んで、部屋の外に連れていった。

息子達がその殺気を感じて「やめてー!やめてー!」と泣き始める。

前夫は息子達が部屋から出てこないように、そして見せないように、足や手でドアを押さえながら、もう

一方の手を使い凄い形相で私に向かってくる。

そしてこれでもかとグーで殴られた。倒れたら、また起こして殴られた。

また倒れたら起こされて、また。

延々、30発以上続いた。

「痛いのは最初の1回だけで、あとは痛くないんだな」と朦朧する私はされるがままの中でそう思っていた。





翌日、私は私の父に殴られた。

「おまえ達(前夫と私)はいったい何をやっているんだ」という怒りが原因だったと思う。

父と私は正面に向き合っていた。

父は右手を水平に後ろに引くと、反動をつけて私の左耳の辺りを殴ってきた。

その時に多分、鼓膜には強い圧力がかかったと思われる。

それ以降、私は鼓膜の震えに悩まされている。

それは今も、多分死ぬまで続くだろう。

TVの音に反応して鼓膜が震える、何かにゾッとした時鼓膜がぴりぴりと震えるなどだ。

とても不快だが、もう一生ものだと思っている。





2日連続で暴力を受けて心身はボロボロだった。

前夫に「父から殴られた」と言ってみた。

父には「昨日30発以上も殴られたばっかりなんだよね」と言ってみた。

2人はそれぞれ相手を責め「そんなことをされたのか!」と言った。





でも、私にとってはどちらも同じ。

「だって、あなただってやったじゃない!」

「お父さんだってやったじゃない!」

私はそれぞれに、そう言った。





再婚する時、今の夫にその事を話した。

「だから、私は暴力されたら絶対無理だから」

再婚して15年、今の夫は私に暴力をふるったことは1度たりともない。





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離婚してから息子2人を連れて実家に戻りました。

その頃は本当にお金がない状態でした。

子供に「お菓子買っていい?」と聞かれても、「お金ないんだよ」と答えるしかなかった。

ある日、父が「これを当面の生活費にしなさい」と渡してくれたのが10万円!

千円にも困る私でしたので助かったのは勿論ですが、それにしても大金でした。




それから仕事を探そうとハローワークへ。

見つけたのはその日が締め切りの求人でしたが、すぐさま帰宅してお昼ご飯を食べながら

履歴書を書きました。

子供が2人の母子家庭…どう考えても条件は悪い…。

でも、「どうしてもやりたい」と思えた公務職だったので張り切って面接に出向きました。




30人以上の応募者がいる中、採用が私に決まりました。

「妊娠したら辞めてもらう事になるけど」と言われたが、そんな事はありえないと思って

いたので「大丈夫です!それはありえません」と答えました。

その職場で働けた事、やりがいがあったし頭の良い人ばかりだったので勉強になりました。




ただ、母子家庭(離婚者)として感じた”位置づけ”には悲しいものがありました。

数学で習う中に『集合』があると思うのですが…

例えば左の丸の中は独身者、右の丸の中は既婚者、母子家庭はというとどこにも属せない

丸の外だという事を本当に思い知らされました。

「情けないな…」とどれだけ思ったか知れません。

母子家庭には”独特なレッテル”があるように思えてならなかったのです。

仕事が楽しかったのがせめてもの救いでした。




それから、子供の病気などを理由に欠勤するとヒンシュクをかう事に気づきました。

気づいてからは自分の体調と称して欠勤するようにしていました。




お給料から『見た事もないお金』(前夫が勝手に保証人にした負債)の返済にかなり持って

いかれました。

仕事と家の往復だけの毎日、ワンパクだった子供達の騒がしさに辛くあたってしまった事も

ありました。



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中学生の恋から結婚

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私が中学2年生の時に、中学3年生の前夫と初めて出会った。

親友が彼と幼馴染だということで幼少の時の話を聞いたら、家族愛に恵まれていなかったと知る。

同情はほどなくして恋心に変わる。



女子に人気のあった彼にとって、私などは単なる後輩でしかなかった。

それでも想い、想い、想い続けた。

今のように携帯電話もない時代、いつかかるのかもわからない電話を待つだけの日々。

それでも、バレンタインデーだけはチョコレートを渡す段取りをつけていた。



高校3年生の時に正式に交際をスタートさせる。

進路はそれぞれ違っていたけれど、それからずっと続き私が24歳の時に結婚をする。

私の父が会社を経営していたので、婿に来てもらうと同時に次期後継者として会社にも入社した。

2人の息子にも恵まれ、仕事も順調にいっていると思っていた。



でも、7年後ついに結婚生活はピリオドを打った。

最終的な原因は、ギャンブル(パチスロ)での金銭問題でした。

開けてみたらとてつもない金額だった。

ブラックマネーにも手を出し、私の実印を持ち出して勝手に保証人にしていた事も発覚。

取立てしか来ない電話の音に子供達が全く反応しなくなった。

「とても普通じゃない」

数日後、離婚届を提出した。



『前夫は私と子供達を守らなかった』と私は思っている。

どんな事があっても私達を崖の先に置き去りにするようなことだけはしないと思っていたけれど、

前夫はただ逃げていただけだった。

死ぬ気でできない、そんな人だった。

「どうしてこんなことになったのかな…」そう問う私に「おまえと結婚したから」と言った。

この場に及んでも人のせいにするんだ、言葉も出なかった。



でも、人間なら誰でも良いところもある。

前夫ならば子煩悩ということと、私の親・兄弟にいつも優しくしてくれたこと。

そして私に「おまえが楽しそうにしているのを見ているのが好きだ」と言ってくれていたことは

よく覚えている。



私の人生最大の後悔というならば、前夫に言ったひとことだと思っている。

悔しくて、やりきれなくて、情けなくて、言ってしまった。

「ねぇ!死んでよ!」

この暴言には本当に心から悔いている。



中学2年生の恋から17年間、長かった気もするし、あっという間だったような気もする。



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