一念眠中千万夢

お風呂で爆睡が特技になってきた…

行事の御報告

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今日は土砂加持法会という、真言宗でもとってもとっても大事な儀式の法会でございました。
『お土砂を加持する』 この一粒一粒のお砂がお加持をすることによって、お釈迦様のお舎利になるのです。お舎利ですから、ほとけさんそのものになるのですね。さっき舎利禮文というお経を唱えましたね。七回、立ったり座ったりしました。七という数字は成就数でございます。ほとけさまの教えがが成り立ってゆく数字でございます。初重(しょじゅう)・二重(にじゅう)・三重(さんじゅう)と言いまして、低いところ、真ん中、高い所をお称えするんですね。全ての功徳を皆さんに持って行ってもらうがために、この三重の音を称えて万遍なくお供えするんです。今日、また皆さんにお配りしますけども、このお土砂はこんな袋に入っています。少ししか入ってませんけど心配いりません、ひとつまみつまんで撒いて頂くだけで充分功徳があります。裏にも書いてますけれども、お大師様が伝えられた、土砂加持法会を修しまして、お加持されたお土砂でございます。このお砂を袋に入れて頂いて肌身に持って頂いてお守りにして頂いてもいい。このままやったら紙がガサガサしますので、中の袋を出してもらって、ご自分で小さい袋作ってもらっても構いません。お土砂を浸したお水、コップにお土砂を入れてもらって、お水を入れてもらって、その上澄みのお水、お土砂ごと飲むとザラザラしますから、上澄みを飲んで頂いてお薬飲んだり、それこそ朝起きて一日の始まりのお水にしてもらったり。お水を足せばいいのですから。皆さん、「その砂、キレイなん?」言いますが、お加持もしてますし、本当に見てもらうとわかるけど、真っ白の砂なんですね。それを「ほんま、大丈夫?」何べんも聞かはる。大丈夫やからって。心配やったら一回洗ってください。洗って頂いて、乾かしてもういっぺんもらってかまいません。そのお水を飲んでもらったらいいです。
それから、亡くなった方には枕経に伺う折、必ずこのお砂を二つ持って行きます。まずひとつをお棺に入れてあげて下さいと。そして、お身体入れたその上にもう一つ、お砂を入れてあげてください、お加持したこのお砂でお身体を清めてあげて下さいね、とお授けしています。また、墓地に撒いてもらってお清めしてもらってもいいです。それこそ今でしたら、家庭菜園をしているところありますので、その畑行ってもらって、全部でなくてちょっとでいいですので、そのご自分たちが作っている畑をキレイに清めてもらう。言うたら大地はほとけさんです。この大地から私たちは恵みを貰っていますので、その大地に感謝する、その思いでお砂を撒いてもらったらかまいません。
それで、どこに撒いてもらっても結構です。おうちがちょっとなぁ、と気になるようでしたら、おうちの周りに撒いてもらったらいいし、まぁ家の中撒いたら掃除せんならんのが大変ですから、その辺は上手に考えて袋ごと置いてもらったらかまへんしね。その辺は上手に使って頂いて。その時に、この光明真言を称えましょう。さっきも回向文で言いました。光明真言をいっぺん称えますと、八万四千巻のお経の功徳がある。八万四千の法門と言って、仏教、宗教というのは解脱をする、涅槃に行く、さとりの世界に入ってゆく。今、自分のいろんな煩悩にまみれたところから逃れて、清らかな世界に行きたいと思うからこそ、宗教があるんですね。法門と言いまして、入り口がいっぱいあるんです。八万四千ですから、八万四千ほどの入り口がある。どこ開けてもらっても、その先はさとりの世界へ行き着くゴールがあるんです。ただ、たまには開けたら遠回りかもしれん。とんでもなくグルグル廻ってまだまだ着けへんな、どうしようかな、と思ったときに「オンアボキャ ベイロシャノウ マカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」と一回お称えすると、八万四千巻の功徳があるんですよ、と言いますから、八万四千の法門、全部開けていって、みんなそこへ行ってほとけさんの世界へ行けるんですよっていうふうに、お経に説かれているんです。ですので、これを撒く時、三回称えてください。三回は吉祥の数字、慶びの数字ですから、ほとけさんがよろこんで「じゃあ、あんた達に幸せあげましょう」って、やって来ます。私たちはお願いする時は必至に手を合わせて頼みますけども、叶った後にありがとうを言わないのでね。それだけを心がけて欲しいんです。叶わんにしても、お願いをした、そしたらその翌日でもかまへんので、「昨日、ありがとうございました」と言う。皆さんも、それこそお出かけして行ってお食事よばれたとか、何かしてもらったら後からお礼言いますよね。ありがとうございました。また次の日、翌々日会ったら「あのとき、ありがとうね」。また会った。「あー、あの時、ありがとうね」もうええねん、言うくらい。それと同じでほとけさんにも、自分たちがその功徳をもらってますから、「ありがとう」という気持ちをほとけさまに向けて頂く。その向けた心は必ず自分に返ってきます。ありがとう、という心を人に向けてあげますと、それは必ず自分に返ってきます。自分たちが、自分はこれして欲しい、あれして欲しい、何もかもして欲しいと思って「これして、あれして」って。「うん、わかったわかった」、初めは、うん、きいてあげるでって言うて、みんないい顏しています。けれどもそのうち、「なんや、お礼も言えへんのかいな」っていう言葉を口にしたことがあるかもしれません。皆さんもね。そんな時にふと、ありがとう、と一言、言って頂けると、された方も、そしてした方も嬉しいわけなんですよ。ありがとう、というのは魔法の言葉でございます。本当に、手を合わせて「ありがとう」ニッコリ笑ってね。しかめっ面でありがとう言うても、誰一人信じてくれませんからね。
それこそ今日は願文の途中でも言いましたけれども、私たちはおかげ様で今こうしておらせてもらっています。昨日がちょうど(震災の)四十九日の日でございました。こちらも法会の準備の途中でしたが手を止めまして、お世話方さんと一緒に、二時半過ぎからちょうどその時間に合わせて、一時間半ほどお参りさせてもらって、供養をさせてもらったんですね。色んなほとけさんがあるんですよ。もう本当に。でもほとけさんになってしまったんです。ですので、その功徳を分けてあげたい。今日も一緒にお参りして頂いた、うちの法類であります伊賀の中心光寺さんと、ふと先日話しまして、土砂加持したそのお砂を持って、あの被災地へ行ってあの土地のほとけさん達を供養しに行きたいねって言うて話をしたところなんですね。それは私も本当、思っていました。このお加持しお土砂を持って行きたいなぁ。そうそう、そない言う「中心光寺さん」からお手紙を頂いてまして、七月の十日(日曜日)に土砂加持法会をするから、「了禅さん手伝ってくれませんか!」って言われたんで、「そらもう喜んで行かせてもらいます」って言うてありますねん。それぐらいこのお土砂というのはお力があるんです。私たちを守ってくれる、そして私たちが迷っているときにこそ大事なことは、手を合わせて信じることなんです。私たちは他には時々裏切られたり、約束破られたりします。けれどもほとけさんはそれを一切しません。そして皆さんの先祖さん、一切皆さんを見捨てません。私たちをどうか、真っ直ぐいきましょうって、見守ってくれています。けれども自分たち、私たちが目をつぶったり横向いたりして、その大きな功徳をみすみす逃しているんです。素直に真正面で向かい合って、ありがとう、と手を合わせて頂いたら、充分それでほとけさまはよろこんでくれる。そしてその自分たちが思っている以上のお力を貸してくれるわけなんです。どうぞそれを覚えておいて下さい。
いっぱい喋りたいねんけど、このあと皆さんにお昼ご飯食べてもらって、ここを場面転換してお砂踏みの準備して、開眼せないけません。それと、今日は座っとりました中に、僕よりちょっと若い子たちが来ておりまして、この後、皆さんがお食事行かれる時に募金箱を持って立っております。今日来いって言ったんです、僕が。震災の義捐金を、どうか皆さん、お気持ちで結構でございますので、少しそれを、皆さんの心をちょっと分けてもらって、本当は皆さん行ってあげて何とかしてあげたいという思いでいっぱいやと思うんです。けれども行っても何もできない。かといって何もしない形になるのもイヤやなぁ。ちょっとこのお気持ちを小さい箱に分けてもらって、入れて頂けると幸いです。それは金剛峯寺の方に、集まったものは青年会から本山へお渡しして、そこから義捐金として使って頂くようになっております。
震災がおこって五日目くらいに、関のドライブインで(托鉢を)したんです。そしたら初めはドライブインで頼むのも、恐る恐る聞いたんですね。結構イヤがりはるんでね。そしたら、どうぞどうぞって言ってやらせて頂いて、天気悪かったんですけども、たくさんの方が目を留めてくれまして。皆さんのお心をそこに託して頂いて、今日も本当に拝んで頂いた中で皆さんのお気持ちは充分に、その亡くなったほとけさま、そして被災地の皆さんが、これから早い復興とそれが思うように無魔成就するように、という思いで今日の法会はひとつさせて頂きました。ですので私たちは守られております。なら、守られている以上はありがとう、という気持ちを持つ、そこにはいつも言います、合掌をすることなんですね。ただ胸張って、ありがとう、言っても、何してんのんって話やから、ほとけさんに向かって、手を合わせてもらったら、これは私が大好きな姿なんですね。うちの先代がよく言っていました。女という字。あれは合掌してこう座っている姿なんやって言うていました。ですから、男は田んぼに力って書きます。おじいさんになって舅という字は男の上に白いと書きますね。頭、白くなっても働けよ、とか・・・女性はいつも女という字が付きますね。娘というのは良い女です。妻というのは髪飾りを着けた女の人です。お婆さん、シワができても女です。姑さん、女が古くなっても、女です。女が付く以上は座って手を合わせてもらうこと。これが女性の持つ母性であり、これは胎蔵界の大日さん、阿字と言いました。オンアボキャのアなんです。このアの気持ちが女性の持つ母性、慈悲、これは胎蔵生という、今、曼荼羅ないですけども、この八葉曼荼羅の中におられるほとけさんがたくさんあります。その世界が、まさにお母さんなんですね。じゃあお父さんはおらへんの?と思います。お父さんは金剛界という、九つの中の世界にいます。ここに掛っています金剛界の曼荼羅で、こちらに掛っているのが胎蔵界の曼荼羅です。お母さんとお父さんがおられます。そのお二人を両部不二、と言います。金胎は二つであって二つではない、一つなんだと。みな表裏一体ではあるけども、全てのいのちはひとつであって、私たちはいつもいつもこの世界で守られていますよ、どうぞ安心してくださいね、どうぞ安心して手を合わせてくださいと。男もどないがんばっても女性からしか生まれません。ですから女性に対して、ありがとう、と言っておくのが肝要かなぁと最近思うようになってまいりました。なかなか言えなかったんですけども、ちょいちょい言うようにしております。どうぞ合掌してる姿はは女という字でありますけども、合掌の姿はほとけさんです。それは蓮の花の蕾です。開きますと、これは蓮の台座になります。蓮が開くと、そこにはほとけさんがいます。ですから皆さんは、ほとけさんを包み込んでいます。いつもいつもほとけさんがあなた方の心の中におられることを覚えて置いて下さい。ではどうぞ、今日はまだ時間がございます。一緒にお参りしてもらって、そしてお時間が許す限り、四国八十八ヶ所霊場をお参り頂いて、遠く四国へ行けなくてもここに来て頂ければお参りができます。どうぞ、お大師様と同行二人。そして私たちはいつもほとけさまに守られている。そういう思いを是非持って頂くようにお願い申し上げます。本日はようこそお参り頂きました。ありがとうございました。
 

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