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沖縄旅行最終回
沖縄合気会の稽古は準備運動が厳しくて、今ではすっかり皆についていけなくなっていた。
そんな中でも初めて参加した小学三年生の孫は、見様見真似でしっかり最後まで練習していたのには驚いた。
この現実は自分の体力の衰えと、4年間もバレエを始め多くの習い事で走り回っている子供の進歩の速さのたまものと痛感した。
山口師範の指導は合気道の練習よりお話の方が断然長くなる。
準備運動が終わって息の切れた呼吸を正坐して整えながら、いつ終わるとも知れない哲学的な話を清聴する。
人間は刺激によって向上し生長する。
初めての経験は刺激的であり、その強弱によってその後の人生に影響を与える。
刺激を求める人にとっては日々新たであり、求めない人にとっては
単なる毎日の連続かもしれない。
マンネリとは刺激のない惰性の繰り返しであり、弊害こそあれ得るものは少ない。
肉体的にも精神的にも、時の変化に刺激的に対応してこそ敏感に生きる適切な対応能力を増す。またそこから導き出てくるものが新しい発見であったりもする。
階段を上がるとある段階で必ず踊り場がある。
平坦で一休みするための工夫で、知恵から必然的に生まれたものであろう。
人間も人生において登りのみ続くのではなく、必ず次のステップへの踊り場があり、それを必要とするのである。
しかしそれはあくまで次の準備のためであり、踊り場が続くのはマンネリが日常化することであり、それは進化の過程か見ると正しくはない。我々は刺激を求め、また刺激を感じるところから生命力は沸いてくるし、充実感も伴うものである。
我々は平均化した日常に麻痺していないか、自己分析してみる必要があるのではないだろうか。
筋肉は刺激を受けて強くなり、強い筋肉はもっと刺激を求めてやまない。精神も刺激を受けて発奮し、強固となる。
刺激を拒否する自分、刺激に耐えられない自分があるとしたら、マンネリの日常にどっぷりつかった、ふやけた自分がそこにあることに特に、年配者は気づいてほしい・・・
いつもこんな調子である。
ハナシも難しくて良く解らないが、合気道はもっと難しくて、先生の手に触ると自分の力が全く入らなくなって気が付けば転がっている。何か不思議な常識を超えた技を感じる。
くどいほど教えを受けても解らない。何とかしなければ・・・
友人は其れなりに進歩していて、親切に教えてもらったが頭が悪いのか全く分からない。あと一年ほどで何とかしなければ・・・
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