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8月下旬(八重山)
記憶色なるものの話題が出ました。人は自分を基準として、色を見るしかありませんね。他人にどのように見えているか?という事だって自分とイコールではないのでは?と思うこのごろです。視覚の違い、視野とかを考えても、個人差があるのではないかな、と感じています。視覚だけでなく、「感覚」(味覚や聴覚、嗅覚など)には個人差があり、嗜好もありますね。
記憶色ですが、なぜそのような話になったかと申しますと、「最近のSNSなどで流行っている写真作品について」から発しました。そうなると昔話が出てきます。「色味や発色などは、デジタルになる前、フィルムの頃はフィルムの特性に頼る事が多かった」や、「今より昔は格段に選択肢が少なかった。」といった話も。フイルム時代は「写真を撮る」という作業と、本人が紙焼きを自ら行い、作品として昇華する以外は、多くは分業がなされていたと思います。デジタル時代になって選択肢が多種多様に広がり、一人で色々な「加工」もカンタンにできるようになりました。あまりに色(他にも項目ありますが)をいじりすぎた結果、絵画(芸術)との境が曖昧になってきているのですね。どこまで脚色するのか。心象風景(イメージ写真)が多くなったように思います。言語のように感情を投影した画像を自在に作り出すことによって、言葉とは又違ったコミュニケーション(あるいは言葉の補足や増強)を成立させているのだと思っています。
新旧どちらでもいいんです。過去の方がよい人はフイルムカメラで撮影すればよいのです。(*媒体におとす時にはデジタルに変換を迫られますが。)今は複雑かつ、バリエーション豊かなデジタルの機材や技術があるのですから、私は最先端を知りたいです。昔のレンズや方法からも学びたい。(欲張りです)
このテーマは深いですね。
その皆様の話はやがて、人の「目(眼)」と同じカメラは無く、到底再現は叶わないというところに行き着きました。「色をいじる」という事、記憶を頼りにした色探しの旅には終わりが無いのです。(色校正しかり)
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八重山
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夕暮れが劇的でした。街の灯の明るさを思いました。飛行機からの帰りもこの夕暮れと、東京の街のイルミネーションを見たわけです。それも美しい景色。きらきらと輝くものに魅了されます。地上から星を見る際には、この灯りがとても厄介で、その干渉が無い場所に行くことを求められますが、夜の島でその場所にたどり着くのはなかなか大変な事。連れて行っていただいた場所は畑の中。遮るものがほとんど無い中で、半球を目に出来ました。一度に見ることが出来る範囲に限りがあり、きょろきょろとしました。目が慣れると肉眼でも素晴らしい景色を見る事ができました。
島で、自分が持っていったWIFIでつながず、ホテルのを使ったからだと思います。夜中に記事をアップし、朝、確認し、記事を書き足そうとしたらなんと、ロックがかかっていました。解除するため書類提出などすぐに行いましたが、撮影に出かけた後、手続きが終了していたのを知ったので、結局丸一日かかってしまいました。間が悪いといいいますか、自分がやってしまったことなので仕方がありません。えらく大変な目に遭いました。
昨日、お会いした写真家先生方。
皆様のこの夏休みの状況がスゴイ・・!びっくりしました。ある方は、なんと・・、ラムダのザックに入れたキヤノンの5mk2(か3)、レンズも純正2本、ほかにも一台カメラをいれ、それを九州に帰郷する際、網棚において、忘れて下車されたそうです。未だに出てこないと・・。70万はくだらないと。お話を伺ったら、皆で放心状態になってしまいました。保険をかけておくこと等とても大切だと思いました。ほかにも、ご家族が入院され緊急事態の先生、ある方は、やはりご家族が高熱。我が家も一緒に島に行った家族が高熱(40度)を出し、帰ってきてから大変でした。急に涼しくなったとはいえ気圧も低く、体にこたえます。夏の疲れが出る季節です。皆様も、どうかご自愛ください。
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