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もう行かれましたでしょうか。 昼間の混雑を避けて夜の藤を見に行ってきました。 大藤は満開でした。 腕が悪いので本当の色が出ていないようです。 八重の大藤、その香りの強さに完全に酔いました。 藤以外にも躑躅や牡丹などが咲いていました。 |

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こんにちは、ゲストさん
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もう行かれましたでしょうか。 昼間の混雑を避けて夜の藤を見に行ってきました。 大藤は満開でした。 腕が悪いので本当の色が出ていないようです。 八重の大藤、その香りの強さに完全に酔いました。 藤以外にも躑躅や牡丹などが咲いていました。 |
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今日は野木神社の代々神楽の日でした。 創建は1600年前、地域では最も長い歴史を持つと いってもよいと思います。 同じ音ということで乃木将軍の信仰も厚かったと聞いています。 こんな可愛いお願い、叶ったのでしょうか。 ここの公孫樹の木もお乳がたくさん出るようにとの、お母さんの お願いも聞いてくれるとのことです。 小学校3、4年生の女の子による「五行の舞」の奉納です。 「五行」の意味ははっきりしないとのことですが中心に座る女の子 (巫女さんと書かなければいけないのでしょうね)は神様の象徴で、 その周りを春夏秋冬を象徴する巫女さんが感謝の舞を舞っている、 のではないかとは15年ほど前に「五行の舞」を復活させた方の 説明でした。カメラマンがいっせいに動き出します。 舞が終わるとお菓子や紅白のお餅などが撒かれます。 神に感謝の舞を捧げ、おすそ分けのお菓子などを撒く、 それを子供も、大人も喜んでいただく、家族の結びつき 地域の人と人の結びつき、ほのぼのとした幸せな風景です。 十二座(今日捧げられる12種類の舞)の内の1つ「釣りの舞」 です。踊りの主人は事代主命(コトシロヌシノミコト)。大国主命の 子供(?)で、国譲りの説話が主題とか。 スタイルは釣竿を持っている恵比寿様、大漁の神様、福の神です。 ここでは釣り竿で見物客からお賽銭を釣っています。 豊かな実りを天、土の神に祈り、豊かな実りを天、土の神に
感謝して舞う、明日の天気さえ解らなかった時代、人は神様と 一緒に住んでいたのでしょうね。 |
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連ちゃんの春ボケ花見です。 |
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静かな農村の街、産地としては北限のみかんの街、時代劇の撮影地に たびたび選ばれる八郷街、そんな懐かしい景色に出会うことのできる 筑波山の東に広がる八郷町が私は大好きで年に何度か訪れるのですが 今回は萱葺きの屋根をもつお家を訪ねてきました。 いただいたパンフでみるとざっと30ほどの萱葺きのお家が 街中に点在している(すべて人がお住まいになっている)のですが 今回は保存会の会長さんと副会長さんのお家を重点的に拝見させて いただいてきました。ところが副会長さんのお家でとんでもないもの、 私にとってはとても、とても興味深い物(皆さんにとっては一番 どうでもよい物かも)を発見して興奮してしまいました。
佐久の大杉、樹齢1300年とか
会長さんのお宅です 池を掘り釣りや月見の宴を楽しんだとか 生まれて初めて見ました、屋敷内に建てられた金庫の家 虚空蔵菩薩を祀ってあるお堂です 棟をかざる縁起物の模様、ハリの細工と共に棟梁の腕が冴えます
これが私にとってとんでもない物、ガラスが前にあるし
ピンボケで見にくいと思いますが太政官による高札です。内容は徒党を組んではいけない、勝手に村から逃げ出しては いけない、見つけたら届けよ、そうすればご褒美をあげるぞ、と 云うものなのですが日付がなんと慶応四年三月なのです。 慶応元年 二月四日 水戸天狗党、敦賀で処刑さる 慶応三年 十月二十四日 慶喜将軍職を返上 十二月九日 王制復古の大号令 慶応四年 一月十五日 王制復古布告 つまり世の中は天皇が政治を司ると宣言された後の布告(?) なのです。 この二月頃から彰義隊が結成の為に動き出し、三月十三日に勝、西郷の 会見が行われた激動の時期に出されたものであります。 政府があって無いものと同じような状況下で徒党を組むな、逃散するな、と 戒めているのです。 確かにこの地は天狗党発祥の地「何か」を恐れたのでしょうが、「誰が」 恐れたのでしょうか? この札の前に立ち想像をめぐらすと時間を忘れてしまいました。 |
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上野戦争における彰義隊の戦死者の数は300とも400とも いわれています。
三ノ輪円通寺の彰義隊士の墓
「彰義隊を愚かなゲリラ集団と誹るのは結果論にすぎない・・・問題はその真情ににある。非道かんけつな薩長ら官軍への抵抗である。 何が正しいことか、その行動によって示した誠の集団といえる」 上の文章は早乙女貢著の会津士魂(五)彰義隊の巻の一節であります。 ついでに記せば今回この文をかくにあたって参考とさせていただいた諸著は 森まゆみ著彰義隊遺聞、教育評論社山岡鉄舟(全生庵三世牧田和尚編鉄舟居士 乃真面目の現代語訳)、武士生活研究会編近世武士生活史、(台東区発行の) かさね地図で江戸を訪ねる、中川保雄著古河藩幕末史などです。 森まゆみ著の彰義隊遺聞の中で大変興味深い一節を発見しました。 戦の後、隊士のリーダーの一人、大谷内龍五郎という人は隊士90名ほどを 率いて沼津の徳川家達(いえさと)の元に再仕官を求めた、一度は正規の軍と 認めて市中の警備を認めたのだから面倒見てくれと、頼みに行ったわけである。 その再就職運動の中、斉藤金右衛門、上野岩太郎という二人の隊士が抜け駆けの 動きをしたのでこの二人を大谷内は殺してしまうのである。 結果、残りの隊士の再仕官が叶い牧ノ原の開墾に従事することになるのでありますが 大谷内は「いかに全員の為とはいえ二人の隊士を殺したのは私の責任、皆の再仕官が 決まったいま死んでも悔いはない」と殺した上野の弟、斉藤の息子らに介錯させて 切腹をして責任をとったのであります。 なんとこの大家内龍五郎という人が古河藩の国家老の次男ということなのであります。
古河市以外にお住まいの方には興味のない話とは思いますが、私としては興味津々と いう訳なのです。 |
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