全体表示

[ リスト ]

 小沢事件によって日本のマスコミの正体が暴かれた。小沢という政治家は民主主義を日本に定着させる事を生涯の夢とする政治家である。実に一貫した姿勢を持っている。小沢一郎はネット界で大人気である。一部小沢から離れる者も出たが、小沢の本質を見誤っている。私は小沢の一貫性に最大の特長を見ている。一貫性を失えば、それは小沢に非ずである。一貫性を支えるのは理想とか夢である。現実の利益などではない。俗の誘惑が通じないのが小沢という政治家である。小沢は最大の目標実現の為に小事の妥協を良しとする。この部分で小沢を見誤る者が出るが、致し方ない。小沢の一貫性は全く微動だにしない。

小沢は言論に長けた政治家である。言論というのは論がある位だから、筋が通ったものであり、一貫している訳である。民主主義定着という夢理想を追い求める小沢一郎は、夢と真反対の現実との間に常に巨大なギャップを抱える事になる。現実と夢理想を繋ぐものが小沢の中で言論を生む。小沢が夢理想を追い求める限り、小沢は言論を自らの中に育む。小沢は思想家でもあり哲学者でもある。言論、思想、哲学は一体である。軸になるのは一貫性である。

科学研究者も一貫性を持つ。重要な研究は一貫性の賜物である
。言論、理論は人間の知的一貫性に於いて同じものである。因みに論を辞書で見ると、物事の筋道を述べること、とある。筋道という言葉の中に一貫性がある。人間の知的活動の一貫性が言論も理論も生み出す。夢と理想を求めて一貫して努力する人間には共通項がある。小保方晴子も正にこれである。ネット界の中でも一貫性に特長のある者達が小保方晴子を応援している。

マスコミが小保方晴子をブラックキャンペーンしている。小沢事件の場合と全く一緒だ。マスコミは本質的に一貫性を持たない。一貫性を持たない一貫性があると言っていい。言論も理論も個人の中で育まれる。個人の一貫性の産物である。マスコミという巨大な組織は国営にでもしなければ一貫性は保てない。西側マスコミは民間企業であり、経済的存在であり、資本の論理に従属する。資本の奴隷が西側マスコミである。西側マスコミには初めから言論などある訳がないのである。マスコミに就職したいという学生達の一般的特徴は軽薄である。言論から最も遠い連中である。

マスコミには初めから言論など無い。あるのは情報収集と伝搬の機能である。権力者が自分に都合がいい情報を収集し国民に伝搬させる目的でマスコミを利用する事になる。言論なきマスコミは初めからブラックマスコミの道を歩むのである。

ネットの発展によって初めて個人が発信可能となった。ネット言論の誕生である。一貫性は個人の中にあり、言論は個人が生み出す。ネットがそれを伝搬してくれる。ブラックマスコミを粉砕するのはネット言論である。

この記事に


.


みんなの更新記事