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 マスコミは言論機関ではなかった。これは常識の大転換である。辞書にはこうある。
新聞・雑誌・テレビ・ラジオなど,言語で思想を発表したり,意見を交わしたりするために活動する機関。

 マスコミは言論機関と辞書は言っていた訳だが、そうではなかったのである。実際は情報操作機関である。そもそも言論は個人が行うものであり、マスコミと言う組織が行うものではない。情報操作機関が言論機関と取り違えられていた訳であるから、取り違えられていた方は笑いが止まらないだろう。

民主主義を取り巻く環境は厳しい。現実は資本主義という大資本による国民支配体制である。民主主義は正に夢物語である。言論はこの夢物語追求の中から生まれてくる。憲法は民主主義を現実としている。しかし、現実は違う。最大のポイントがマスコミなのである。民主主義が現実である為には、マスコミが言論機関でなければならない。マスコミは常に民主主義について語らなくてはならない。民主主義の危機は常にある。だから常に民主主義を語らなくてはならないのである。

しかし、現実のマスコミは小沢事件を主導した。小沢無罪が確定しても何ら振り返らない。民主主義を標榜すべきマスコミが真逆の事をやっている。不正選挙がネット上で喧しい。これほどの民主主義の危機があろうか。不正選挙が事実なら民主主義は完全崩壊である。民主主義を標榜すべきマスコミは不正選挙疑惑にアンテナびんびんになる筈である。しかし、現実は真逆である。不正選挙の為の情報操作に明け暮れている。最早こんなものが言論機関である訳がない。

情報操作機関であるマスコミを言論機関と辞書でさえ間違えている訳であるから、そんな国家社会で民主主義が成り立つ訳がない。民主主義を成り立たせる為には、マスコミの正体を国民が知る事である。マスコミは国民の必要とする情報を伝達するのではなく、国民を支配する為に必要な情報を流していたのである。今やマスコミは権力者の手先ではなく、権力者そのものと言っていい。マスコミが権力者を決めている。権力者はマスコミに頭が上がらない。マスコミはいつでも権力者を引き摺り下ろせる。

マスコミがその気になれば検察だって潰す事ができる。検察追及のキャンペーンを張れば、検察は終わりである。マスコミに敵う存在は無い。唯一の例外が国民である。国民がマスコミを言論機関と勘違いしている限り、この例外も例外ではなくなる。マスコミは本来的に情報操作機関である。言論機関とは真反対の存在である。こんな馬鹿げた事が永遠に続く筈がない。

マスコミ鵜呑み度世界一という日本国民は、世界一情報操作されている馬鹿国民という事である。世界一恥晒しの国民という事である。マスコミを情報操作機関と認識できるようになれば、日本国民も馬鹿脱出である。情報操作機関の新聞を月数千円出して買う馬鹿を止める事である。国民が一斉に動き出す事で情報操作機関は崩壊し、民主主義が蘇生する。国民を情報操作するマスコミを国民が潰さない限り、国民に主権は戻らない。マスコミに属している者はごく僅かである。それが自由自在に国民を誑かし誘導する。国民は怒りを爆発させなくてはならないのである。国民をそのように導くのがネット言論の使命である。マスコミの正体を国民に教えなくてはならない。

マスコミにそもそも言論など無い。あるのは情報集積と伝達機能であり、言論なきマスコミは民主主義を破壊する方向に行く。とんでもない認識違いが国民の中にあった。小沢事件、衆参不正選挙があり得た根本的背景である。今も何ら変わる所なく続いている。このままでは小沢一郎の個人的政治力だけで構造変化を引き起こす事は不可能である。世界的構造変化の追い風は吹いているが、自ら変化を引き起こしたい。国民がマスコミをブラックマスコミと認識できればいいのである。マスコミなどというものは言論機関なんかじゃないのである。常識を大転換しなければならない。

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