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 新聞は社会の木鐸などという絵空事神話が嘗てあったが、よく考えてみると企業と言うか組織体は全て政治性を帯びているのであり、木鐸などという絵空事が新聞社に当て嵌まる訳が無かったのである。
 木鐸とは、世人に警告を発し教え導く人、と辞書にある。つまり個人の事である。個人の場合であれば、時として損得抜きに生きる事もある。個人の木鐸はあり得るのである。しかし、企業、組織体は損得抜きという事はあり得ない。人間の集団は強烈な自己保存本能がある。がちがちに利己的な存在である。形の上で損得抜きの組織体もあるが、人間集団は基本同じである。

 人間の集団はがちがちに利己的であるから、必ず政治的存在である。自分の集団にとって一番良い政治的環境を求める。新聞社がこの原理から外れる事があるだろうか? 新聞社こそ最も政治的存在である。全ての新聞社は保守系、革新系どちらかのグループに分かれる筈である。所謂無党派層に属するような新聞社は存在しない。新聞社は結成時点で既に政治的存在である。

 人間は根本強欲であり、まして集団となれば強欲そのものである。偽ユダヤ企業が典型である。新聞社は政治体であり企業でもある。社会の木鐸になる訳がないのである。ちょっと考えればすぐ分かる嘘が長い事堂々と通じていた。NHKは皆さまのNHKで公正中立という神話が成り立っていた。しかし、そんな事はあり得なかった。NHKも巨大な人間集団の原理が働く。NHKも政治的集団、政治体である。

 そもそも新聞社、放送局というものは国家社会の枠組の前提の上にある。本来国営企業的存在である。つまり、体制派の存在である。反体制派は新聞社、放送局など自ら興そうとはしない。マスコミというものは基本的に権力とがちがちに対立する存在ではない。政治的ポジションは色々あれど、根本に権力と癒着する性質がある。本当は自らが権力者になりたい者がマスコミをやっていると見る事が可能である。社会の木鐸などまことにおこがましい。実際はその反対の性質があると見て丁度いいのである。

我々国民は、そういう連中が情報収集伝達という重大な社会機能を持つ事の危険性に敏感にならなければならない。根本に俗の政治体の性格を持つ集団が国民に情報を流す役割を持つのである。特に全国テレビは大変な武器を持っている事になる。俗な政治体が誰も持ち得ない政治的武器を持つという事は、巨大な政治的不正である。社会の木鐸という便利な神話に守られて、マスコミは自らの政治目的を日々達成している。マスコミが民主主義を破壊している事は理論的な結論である。身近なマスコミというものが如何に危険な存在か、国民は知らなければならない。

マスコミはどんな政治体より強力である。NHK、読売など思い浮かべればすぐ気づく事である。日本のマスコミは全てが足並み揃えて小沢事件を引き起こし、日本の民主主義を破壊した。こんなマスコミにつける名前はブラックマスコミしかない。マスコミ神話は完璧な嘘である。

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