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鈍感力という言葉がある。渡辺淳一のエッセイから一般化したようである。細かい事に気持ちが左右されない事は、精神的安定に重要である。日本は若者の自殺者が非常に多い。若い世代の死因の一番が自殺らしい。他の先進国に比べて特異であるようだ。日本人は周りに気を遣い過ぎる性格を持っている。そういう国柄故に鈍感力という考え方が出て来るのだろう。実際は日本人は鈍感力が無いのだろう。しかし、この言葉は平和ボケ日本の鈍感力という見方を成り立たせる意味で、今重要であるように思う。

日本人の集団の中では個々は中々鈍感力を持てないが、集団全体としては非常に鈍感力が高いのではないだろうか。所謂平和ボケという言葉がこの鈍感力と重なっているように思える。日本人の集団の中で気を遣い過ぎて、外部に対しては鈍感になるのではないだろうか。島国根性とも重なるように思う。狭い島の中では互いに気を遣わざるを得ないが、島の外は海で気を遣う相手がいない。外から侵略されない限り島は平和ボケ状態になる。南極のペンギン達は人間を怖がらない。あんな寒い所まで出かける人間はいない。ペンギンは人間に対して平和ボケになる。日本人もそんな感じであろう。

日本のブラックマスコミはそんな平和ボケ国民の特徴を知り尽くし、ボケ度を高く維持するように仕向けた。政治的な事に気を向けさせない。芸能やスポーツに向けさせる。ブラック政府とブラックマスコミは協同して国民を平和ボケになるように仕向けてきた。その間に権力犯罪のやりたい放題をやってきた。消費税もTPPも原発もどれもこれも単独で政権を吹き飛ばす力があるが、ブラックマスコミが国民を平和ボケにして力を封印した。安倍政権自体でっち上げであり、国民の平和ボケを前提としていた事になる。不正選挙が疑われても、日本国民は深刻に考えない。平和ボケというものを考えないとこういう事は理解できない。自宅の周囲が火事になっていても、自分の家に火がつかない限り騒ぎ出さない。これでは単に馬鹿である。ブラックマスコミの使命は国民を馬鹿にする事だったのである。

しかし、そんな馬鹿国民も安倍の狂い咲きでとうとう平和ボケ返上に向かい始めた。日本人は平和ボケをエンジョイしていた。平和を当たり前と思っていた。戦争は海の向こうの出来事だった。日本人は平和ボケを天の恵みの様に感じていた。あの大戦争で全てを失い、平和だけが与えられた。日本人の平和ボケはあの大戦争と裏表である。国中を焼かれ、原爆を2つも落とされた末に得られた平和は、日本人には天の恵みだった。元々が島国根性で平和ボケの素養があった国民であり、戦後の日本国民の平和ボケは世界一だったと言っていい。マスコミ鵜呑み度世界一はこの平和ボケから来ている。

日本人は平和ボケを天の恵みと感じている。安倍はこの恵みを奪いに来た。平和ボケ日本人は怒る。何故安倍一派は突っ走ったのか。やはり安倍らは日本人じゃないのだろう。平和ボケの意味、価値を分からなかったのだ。平和ボケを弄んだのだ。安倍らは平和ボケ日本人から逆襲される。

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