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  今起きている事、この数年の事、本当にとんでもない事が次から次である。我々はネット言論に立場を持って必死で戦っていたような気がするが、これが正に民主主義の戦いであるとはっきり感じている。民主主義は単なる枠組でしかない。民主主義があるから大丈夫なのではなく、別の言葉で言えば選挙があるから大丈夫なのではなく、民主主義は(選挙は)常に権力によって或いは邪悪な意志によって脅威に曝されているのである。国会があって最高裁があって警察があって新聞テレビがあっても、それで民主主義が成り立っているとは言えない。脅威はどこにでも存在する。我々は小沢事件で全てを知った。最高裁も検察もテレビも新聞も、国会も全く役に立たないどころか有害であった。全てが1つになって小沢事件を成り立たせていた。

  こんな巨大な悪事に面と向かうと、全体的な評価と言うものに混乱が生じる。悪事というのは基本的に局所的なものである。それが全面的総合的となると、最早悪事という常識枠では収まり切れない。何か根本的な新たな枠組を持って来ないと、頭の中の混乱が治まらない。

  民主主義というものは何に関するものかと言えば、権力に関するものである。権力というものは国家最大の利権と1つである。権力者にとって何がいいと言ってこの巨大利権ほどいいものは無い。一度権力の味を占めたらもう止められない。今の公明党が分かり易い例だ。皇帝であろうが国王であろうが大統領であろうが首相であろうが、権力者というものは国家最大の巨大利権を手の中に持っている。民主主義で選ばれた権力者であっても巨大利権の点では同じである。民主主義は国家最大の巨大利権の所有者を選ぶ手続きである。だから単に政策、公約がいい悪いの話ではない。権力者と巨大利権の問題が常にある。権力者が巨大利権とどう関係するのかの問題がある。その利権が国外と直結していた場合は、権力者が売国奴になる可能性が出て来る。利権の為に権力者が国家国民を売るというとんでもない事が起きて来る。利権を維持する為にマスコミを買収し、権力機構を歪め、選挙さえでっち上げる。最高権力者にはそれが可能な権力がある。だから、民主主義も権力と利権の問題から決して解放されない。

  今日本はマスコミがブラックマスコミとなり、不正選挙が巨大化し、民主主義は脳死状態、植物状態である。国内利権が国外と直結し、国富はダダ漏れして国民生活は窮乏化の一途である。国民の為の民主主義が国外勢力の為の民主主義になり果てた。権力側には民主主義は効率的で便利な制度と映るだろう。一言で言えばおいしい制度だ。国民にとっては無力感を抱かされる制度だ。

  民主主義はあっても国民が戦わなければ脳死状態にさせられる。権力者は常に国家最大の巨大利権と1つである。国民の為に使うのかどうか常に監視しておかねばならない。そういう目で常時警戒しなければならない。選挙の後こそ国民の目による警戒監視が必要なのである。それはもう戦いである。マスコミは国民に嘘情報を流す。権力機構も同じである。巨大利権構構造が国民を騙す。国民のほとんどが騙される。ネット国民の一部だけが戦っている状況である。騙された国民に不幸がなけれな別にいいのだが、今安倍がやろうとしている事は正に国民の不幸である。国民は民主主義の戦いに負けっ放しである。

  国民は戦いに勝たなければ国民主権を実現できない。民主主義=国民主権ではなかった。激烈な戦いを勝ち抜かなければイコールは成り立たない。我々が得たのは形だけの民主主義で、国民主権は全く存在していなかった。今我々は国民の先頭に立って民主主義の戦いを戦っているのであった。必ず勝つ時が来る。

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