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今我々はマスコミという存在によって民主主義が破壊されている世界に生きている。当然ながらこの事は国民に知られていない。知られていたらマスコミは存在できなくなる。報道機関と認識されてるマスコミが民主主義の破壊者とは、今の常識では考えられない事である。しかし、経過をずっと追っているとそれが事実である事が分かって来る。今やネット界は完全にマスコミが民主主義の破壊者であると知っている。

この事は日本国内に止まるものではないようである。恐らく米のネット国民も知っているだろう。米の場合は米のマスコミについてである。ネット国民は数として圧倒的に少数派だから、まだマスコミは平然と生き残れている。ロシアではウクライナ問題で西側マスコミがあからさまな嘘をついている事が、ロシアの国営マスコミレベルで堂々と指摘されている。ロシアでは米欧日のブラックマスコミは全く通じない。中国も同様だ。マスコミに関しては露中の方が圧倒的に正常である。国営マスコミにも問題があるとしても、米欧日のブラックマスコミのあくどさとは比較にならない。

米欧日のブラックマスコミの中でも日本のブラックマスコミは特異的である。それは国民のマスコミ鵜呑み度世界一が証明している。米欧の国民は自分の国のマスコミを端から疑っている。国民は簡単には洗脳されない。だからドイツだったか、世論調査でプーチンの支持率が圧倒的に高かった。

日本国民の基本的民度の高さは世界一だが、それがマスコミ鵜呑み度世界一に繋がっている点が日本の最大の問題と言っていい。マスコミの本性を日本国民が分かるようにネット言論を持って行かねばならない。米欧の国民は半ば本能的にマスコミを疑っている。日本国民は反対に本能的にマスコミを信じている。この違いを乗り越えないと、日本に民主主義は訪れない。マスコミとは何かという基本的問題に立ち返る必要がある。マスコミという国家の癌組織について徹底的に知る事が必要である。

徹底的に知ると言っても細々した事を知っても国民までは伝わらない。何を徹底的に知るかと言うと、マスコミの本質である。マスコミは報道機関と言われる。これは間違ってはいない。報道とは社会の出来事を国民に知らせる事だから、政治だけでなくスポーツなども含まれる。この2,3週間は日本も世界もワールドカップ報道で一色だった。マスコミが報道機関である事は正しい。

しかし、マスコミは言論機関とも言われる。実はこの部分が決定的に重大である。結論から言えば、マスコミは言論機関ではない。報道と言論はまったく異なる行為である。報道は伝える事で、伝える中身を生み出す訳じゃない。報道はパイプ役である。mediaはmediumの複数形だが、mediumとは中間、中庸という基本の意味がある。情報の発信者と受信者の中間に位置する存在がメディアである。パイプなのである。

言論とは発信行為である。本物の言論はパイプ役にはできない。マスコミは報道機関が根本である。そして、報道の中で言論的行為も交えるから言論機関のようにも見える。しかし、マスコミは報道が業務である。報道に付随する言論的行為は本物の言論ではない。マスコミは報道に徹する必要がある。下手に言論的行為を為すべきではない。自ら発信しそれを報道するなどは、報道の本質を逸脱する。現在のマスコミは自らの報道機能を利用して発信まで業容を拡大している。それが言論機関と受け止められる理由である。しかし、報道機関が言論機関を偽装する事自体が報道機関を自己否定する。当然言論機関である訳もない。

現在のマスコミは偽装言論機関として報道機関ですらなくなっている。だから、ブラックマスコミなのである。即ち、洗脳機関である。民主主義の破壊者という事である。報道機関は報道に徹さなくてはいけないのである。報道機関は言論紛いの事をやってはならない。言論は個人が行うものであり、言論機関という表現自体矛盾している。報道機関は言論機関ではない。現在のマスコミは実に怪しい存在だったという事である。だから日本の民主主義は木っ端微塵に破壊されたのである。

マスコミとは何かについて根本に立ち返って考えを深めなくてはならない。マスコミを言論するという事である。言論がマスコミの正体を暴くのである。

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