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マスコミが民主主義を破壊していたという驚異の事実があった。マスコミは民主主義への脅威だったのである。脅威は小沢事件によって現実になった。マスコミが民主主義を木っ端微塵に破壊した。その結果出て来たのが安倍ブラック政権である。菅も野田も安倍への繋ぎでしかなかった。よくもまあ菅だの野田だのが総理大臣になったもんだ。安倍位になるとそれなりに納得感がある。菅、野田はそれすらない。日本の総理大臣は完全に偽ユダヤのオモチャだったのだ。

社会の木鐸の筈のマスコミ、特に新聞が民主主義の破壊者とはあまりにも落差があり過ぎだ。もはや常識の範囲を超えている。報道機関は桁違いの発信力を持っている。それ故に報道機関な訳である。民主主義の破壊はこの力が悪用された為に起きた。報道機関は言論機関ではないにも拘らず、如何にも言論機関の如くに振舞った。偽言論を展開して民主主義を破壊したのである。偽言論を報道するという報道機関としてあり得べからざる事が起きて、民主主義は破壊された。

素晴らしい言論があっても、それが国民に届かなければ意味を成さない。偽言論であっても、それが国民に届いてしまえば悪影響が出る。報道機関に言論の能力などない。あれば、言論の道を歩む。報道機関が如何にも言論機関の如くに振る舞う事が、如何に重大問題か国民は知らなくてはならない。新聞社の社説などというものは言論などではない。そんなものを自らの発信力で国民に届けるとは、全く以って許されざる事である。水道事業者がジュースを水に紛れ込ませているようなものである。

新聞テレビというものは使い方一つで民主主義を簡単に破壊できるものであるという事を、国民の常識としなくてはならない。我々はとんでもない状況下に生きていた。マスコミが絶対に信頼できるものであれば、どんどん言論してもいいだろう。あり得ない事だが。性善説マスコミはあり得ない。だから、マスコミは報道機関に徹しなくてはならない。報道機関の言論機関紛いの行為が民主主義を破壊する。報道機関が言論を事実上駆逐して来た。報道機関の偽言論が国民の間に流布して、言論の育つ場所が無くなった。マスコミによる言論破壊があったのが日本だったのである。

言論弾圧という概念はマスコミが被害者となる事がよくある。権力がマスコミに圧力を加えて言論を歪めるという筋立てである。これはマスコミが言論機関である事を前提にしている。バカな話である。マスコミは言論してはならないのである。言論能力もない。マスコミの言論は偽言論である。必ず民主主義に悪影響が出る。

日本はマスコミ偽言論機関によって言論が育つ場所が奪われた。インターネットの登場は正に言論が育つ場所の出現だった。ネット言論が 自らの存在の意味を知る時、日本に言論が芽を吹き大きく育つ。言論の大輪の花が咲き誇る時、日本の民主主義が確立する。マスコミは真の報道機関になる。言論こそが民主主義を支える最大の力である。

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