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笹井芳樹博士の家族が弁護士を通して遺族としてのコメントを発表した。これは笹井自殺事件の経緯の中で非常に重要なポイントになった。家族の苦しみがどれほどのものか、一般国民にもひしひしと伝わる。ブラックマスコミがでっち上げた舞台とは全く異なる人間の真実の声がある。遺族はマスコミへの恨みを感じさせる言葉も残している。

「このたびのことで、私どもも大変傷つき苦しんでいます。報道機関の皆さまには、私どもの心情をどうかご理解いただき、またプライバシーにもご配慮いただき、これ以上の取材などは控えてくださいますよう、どうかお願いいたします。」

笹井博士は家族宛ての遺書も2通残していた。妻と兄宛ての2通である。遺族はその内容も一部紹介している。
「マスコミなどからの不当なバッシング、理研やラボへの責任から疲れ切ってしまった」

遺族はコメントの最後に「今は絶望しか見えません」と述べている。小保方晴子の絶望は容易に想像できたが、全く同じ絶望が家族にも生じていたのである。この絶望は間違いなく巨大な力に対するものである。公開するコメントの最後に敢えて持ち出された絶望の言葉。そこには単なる個人的絶望を超えた絶望があるものと理解し得る。私の解釈では、ブラックマスコミの巨大な力にこの言葉をぶつけたかったのだろうと思っている。遺族のコメントと遺書の内容から、マスコミへの強い恨みの思いが伝わる。

今回の発表で笹井暗殺は否定された。完全にとまでは敢えて言わないが、本人と遺族のマスコミへの恨みが明確に出た事で、マスコミによる圧殺的自殺、他殺的自殺が事件の中心軸である事が確定した。まさか妻と兄宛ての遺書の創作はあるまい。限りなく完全に否定されたと言っていい。笹井博士と遺族が死の苦しみを以て伝えたかった事の最大のものは、マスコミ批判であったと言える。マスコミの巨大な発信力で個人が狙われたら、そこには死の苦しみ以外にない。人間は社会的生き物であり、ブラックマスコミが社会的の部分を奪ってしまうと、そこにあるのは社会的孤立である。生半可な孤立ではなく、正に絶望の孤独という事になる。小保方晴子に比べて笹井芳樹は社会的自由度がなく、ブラックマスコミの攻撃に非常に脆かったと言える。ブラックマスコミというものが如何に個人にとって危険な存在か、笹井自殺事件から導き出さねばならない答である。ブラックマスコミというものはその巨大な発信力故に根源的に危険物なのである。だから世界一のマスコミ鵜呑み度などという現実は、日本の民主主義不成立を証明していると言っていい。

小保方事件と笹井自殺事件は、ブラックマスコミに対する国民的覚醒を齎す端緒となる事を願う。

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