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科学の殉教者と言えばガリレオ。地動説を唱えたガリレオはローマ教皇庁から異端審問にかけられた。でっち上げの裁判にかけられたという説もあるそうである。1612年に第1回異端審問所審査にかけられ、地動説を唱えないように注意された。第2回審査は1633年で、有罪判決。終身刑。しかしすぐに減刑され、大司教宅に身柄を移される。1564年生まれのガリレオはこの時69歳。翌年ガリレオを看病していた長女が死去。更に3年後片目失明、その翌年両目失明。5年後1642年ガリレオ死去。78歳。時の権力に睨まれた科学者は有罪判決後不幸な晩年だったようである。とは言え、死刑判決を受けた訳ではない。殉教とは命を失う事だから、正確にはガリレオを殉教者と言うのは正しくないと思うが、観念の世界では通じると言う気もする。

ガリレオの受けた迫害の経緯を見ると、笹井芳樹博士こそ正真正銘の殉教者と感じる。ローマ教皇庁が今はブラックマスコミである。地動説が万能細胞である。地動説が出回ると困るローマ教皇庁である。万能細胞が出回ると困るブラックマスコミ(偽ユダヤ権力)である。人類はこの4百年間進歩無しである。権力の本質に変化無しという事である。

笹井博士は数世紀に1人の科学の殉教者である。ローマ教皇庁の時代にはマスコミなど無く、ブラックマスコミ時代の科学の殉教者は自死に追い込まれた。ガリレオがあの時代の科学の殉教者となった事で、ローマ教皇庁は時代遅れの権力者というレッテルを人類史によって貼られた。今笹井芳樹が殉教者となった事で、やがてブラックマスコミ(偽ユダヤ権力)が時代遅れの権力者のレッテルを貼られる事になる。嘗ては時代の流れはゆったりだったが、今はインターネット時代である。殉教者の出現によって時代遅れの権力者は急激に時代に取り残される。

科学者の殉教とは、考えてみるとおかしな表現だ。殉教とは辞書にはこうある。

「信仰する宗教のために自分の命を捨てること」「自らの信仰のために生命をささげること」

宗教や信仰の為に命を捨てる事が殉教であり、科学者は宗教や信仰の対極にある存在である。宗教に関わる殉教者は数多くいただろうが、科学者と殉教者の間には途轍もない距離がある。笹井博士は厳密な意味では人類史上初の科学の殉教者であるだろう。小保方晴子の行動によっては、時代遅れの権力者は一気に奈落に沈む。

小保方晴子は科学の殉教者にはなれない。何故なら、殉教者笹井芳樹から科学の信仰に帰依するよう遺言されているからである。小保方が命を捨てれば生命科学の火、万能細胞の火は消える。笹井博士は殉教して科学の火を守ったのである。小保方が命を捨てれば科学の火は消え、殉教とはならない。単なる自殺である。「絶対、STAP細胞を再現してください」の遺言は、正に殉教者の言葉である。小保方晴子には遺言を残すべき相手がいない。殉教者の言葉を受け止める以外に道は無い。

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