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今年のノーベル物理学賞に日本人3人が選ばれた。中国韓国は複雑な反応を示している。日本人のノーベル賞ももう20人超えで、アジアではダントツ。経済がダメでも誇らしい思いにさせてくれる部分はある。しかし20人にもなると日本国内での希少価値は大幅にダウンする。予備軍も沢山おり、受賞も大きな驚きにはならない。今回の受賞では中村修二氏が異彩を放って注目を独占しているようだ。かなり前から出身企業を提訴して話題を振りまいた故によく知られた存在で、私も好意的に見ていたのだが、今回久しぶりに見て相変わらずの攻撃的言論にちょっと嫌気が差して来ている。中村は米国籍を取っていた。初めて知ったが、彼らしいと感じた。琴欧洲だって日本国籍を取っているんだから、中村が米国籍を取ったっていい。実際その立場になれば国籍変更が当然という事もあるのだろう。しかし国籍変更はいい事ばかりではあるまい。自分の為に自国を離れる訳だから、日本国民が挙って祝福となる事もないかも知れない。中村は日本の教育をコテンパンに批判し、米の自由さを褒める。別に中村に言われずともその位の事は知っている。しかし、その大変良い米が今どうなんですか?という大問題がある。ノーベル賞受賞者も山のようにいる米である。しかし、国家としてどうなんですか? そんな国の国籍を取って今後どうするんでしょうか。

ノーベル賞って本当にそんなに凄いのか? 最近の受賞者を見るとあまりそんな感じがしない。毎年毎年受賞者が出るノーベル賞。アカデミー賞と似たようなものではないのか。映画界のアカデミー賞、科学業界のノーベル賞って感じだろう。大リーグのサイヤング賞、サッカーのバロンドール賞とさして変わるまい。その業界の毎年恒例の大イベントという事である。それらの賞を受賞する事は本人には大変な名誉だが、所詮はイベントショーである。毎年毎年受賞者が出る。10年に1人とかであれば凄いと思うが、それじゃあショーにはならない。ノーベル賞も所詮はノーベルショーなのである。偽ユダヤのノーベル委員会が受賞者を決める。小保方晴子の万能細胞は、偽ユダヤによって排斥された。革命度が大き過ぎると、偽ユダヤは認めない。ノーベル賞って結局は体制内の褒賞制度なのだ。中村を見ていると、その感を強める。ノーベル賞を取ったからって、何でも言える立場になった訳じゃない。高々ある分野の世界的成功を収めたに過ぎない。先端的分野と言えば聞こえは良いが、今人類が根本的に必要としているのは先端的能力ではない。根本的包括的能力だ。プーチンが代表例だ。先端的能力は悪徳権力に利用される。ノーベル賞的能力は人類の根源的幸福よりも権力に利用される方向に行く。ぶっちゃけて言えば、偽ユダヤ権力支配に取り込まれて行くのである。今人類に求められてる能力がそんなものである訳がない。科学や技術じゃ無く、哲学とか思想の能力こそ今人類に必要とされている。ノーベル文学賞があるなら、ノーベル哲学賞があってもいい。役立たずの経済学賞よりはいいだろう。もっと言えば、ノーベル言論賞があっていいのである。今や言論こそが権力悪から人類脱出を可能にする。権力悪の体制の中で物理学賞も化学賞もないだろう。今人類が本当に求めているのはノーベル賞的能力ではない。ノーベル賞は偽ユダヤ体制の為にある毎年恒例の大イベントショーである。毎年人類はこのショーに大きな影響を受けている。

ノーベル平和賞に日本国憲法が選ばれたら、ノーベル賞も見直してやろう。ノーベル賞の本質から言って無いと思う。安倍があまりにひどいから有るかも知れない。ノーベル賞と日本国憲法のノミネート問題はいろいろの意味で面白い。笑える問題である。ノーベル賞とはそういうものでしかないのである。

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