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興味津々だったノーベル平和賞はインドの17歳の少女に決まった。日本国憲法はパーだった。ある筈がないと思いつつ、安倍の酷さにもしかしてという淡い期待もあった。しかし、やはり淡い期待だった。世界的サプライズは起きなかった。偽ユダヤノーベル委員会は無難な答に落ち着いた。日本の国富100兆円のご褒美は結局物理学賞だけだった。物理学賞も平和賞も日本となればちょっと過剰感が出る。平和賞で話題が盛り上がったから、物理学賞でもやっておかないと100兆円ぼったくりとなる。ノーベル賞の正体と言うのか実態と言うのか、よく分かった今回の一連の騒動であった。もういつまでも偽ユダヤノーベルショーにお付き合いするのは止めようと言いたい。本物の巨大革命科学技術はノーベルショーにはエントリーされない。小保方晴子が示してくれた。他にも例は沢山あるようだ。我々は偽ユダヤが提供したものだけを見ているに過ぎない。見せられていない沢山の超科学、超技術があるのだ。ブラックマスコミに煽られるノーベルショーにはもうげっぷが出る。最近のノーベルショーで何か胸躍る受賞があっただろうか。アインシュタインの相対性理論位なら胸も躍るが、一度聞いてもすぐ忘れるようなものばかりだった。だから小保方晴子の万能細胞に胸が躍ったのだ。理研の理事長のノーベル賞野依の受賞理由は何だっただろう。調べてみると、キラル触媒による不斉反応の研究が受賞理由であった。誰もイメージできない受賞理由だ。だからすぐ忘れるというか、そもそも記憶にすらならない。本当にそんなのが沢山だ。如何に小保方晴子の万能細胞が凄いかという事である。凄過ぎて徹底弾圧となったのだ。ノーベルショーは科学業界のアカデミーショーに過ぎない。業界の枠を破壊する巨大発見巨大発明は決してショーの舞台に乗らない。

そんなノーベルショーですからね、日本国憲法が受賞したらびっくりひゃっくりだった訳である。結局それは夢物語だった。偽ユダヤのショーはどこまでも偽ユダヤのショー。私は村上春樹には全く無関心だが、イスラエルを批判した村上が偽ユダヤのショーに乗る事は当たり前に考えてあり得ない。偽ユダヤは自分たちにとって好都合の者にショーの出演依頼をする。不都合の者には決して依頼しない。好都合でなくても不都合でなければアリバイ的に依頼する。受賞の選考過程も何も分からず、突然ご託宣がある。全く馬鹿げた話である。飽くまで業界の選考である。ノーベルショーはブラックマスコミと共にある。今や我々は世界のあらゆる権威権力の如何わしさを知った。ノーベルショーもその中に立派に入る。現代文明の神の如きノーベル賞は作り物である。作り物が間違って日本国憲法に与えられる事は無かった。作り物が日本国憲法を避けたのだ。作り物は本物の前に立てなかった。トンズラしたという事である。

期待を持たせてこのざま。多くの日本国民がノーベル賞に幻滅しただろう。世界的に注目されていた中で逃げた偽ユダヤノーベル賞は、けつを捲った後姿を我々に見せた。これを機にノーベルショーから離れる事である。ばかばかしい毎度のイベントである。

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