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沖縄知事選に見えた強く大きな流れは「沖縄の誇り」であった。翁長は保守革新という古く固い枠組を打ち破り、オール沖縄という大きな枠組を掲げた。最近の保守革新はAチームBチームの偽物だから一般国民には訴求力が無くなった。もう時代は変わっている。保守だの革新だのはもう胡散臭い。政治業者の為の保守革新だ。一般国民は保守だの革新だのでなく、まともな政治を望んでいる。政治とは政治業者の為にあるのではなく、国民の為にある。国民はまともに生きられたら十分なのだ。普通に働いて普通に生活できて家庭が持てて子育てできて老後に不安なし。特別な事ではない。当たり前の事である。普通に働ければ貧困など起きない。今の日本はどうだ。貧困率が先進国で最悪だと言う。米も凄いらしい。日米と言えば嘗ては最も豊かな国だった。ところがこの2国は邪悪同盟だった。偽ユダヤ支配の国だった。1%の更に1%の為の政治をやる。つまり一般国民は富を吸い上げられる。本当に馬鹿げた話である。政治が国民を奴隷にして偽ユダヤが儲かる仕掛けになっている。こんな政治にあって保守だの革新だのは完全に的を外している。もう保守も革新も小汚くなった。偽保守、偽革新である。

こういう時、沖縄知事選で翁長がオール沖縄で沖縄の誇りを掲げた。もうエー加減にセーという県民の思いをこのメッセージで受け止めた。これまでの政治は死んだ。それは政治でも何でもない。ただ国民をだます為のものだった。政治を蘇らせるメッセージを発したのが翁長だったのである。仲井眞には徹底して東京から支援があったようだが、そのやり口自体が汚い。USJの誘致など本当に馬鹿げている。翁長は徹底してオール沖縄の誇りとその上の繁栄を主張した。辺野古に巨大基地を作らせているようでは、誇りも何もあったもんじゃない。誇りを失えば繁栄もない。

政治とは国民の為にある。国民は慎ましい。小沢が言っている。国民の生活が第一。保守でも革新でもないのである。政治とはまともである事である。国民が誇りを持つ事は当たり前の事で、政治が国民の誇りを奪うなどあり得ない。しかしそれが当たり前になったのが今である。政治は権力であり、権力は利権であり、国民は奪われるだけになる。こうなった時、国民は自らの誇りを取り返さなくてはならない。日本を取り戻すなんて事ではなく、国民が誇りを取り戻すという事が今最も必要となったのである。プーチンも正にこれをやったのである。ロシアは誇りを奪われてしまった。プーチンはそれを取り戻した。国家の誇りは国民の誇りである。ロシア人はプーチンによって誇りを取り戻す事ができた。圧倒的人気なのも当然である。翁長は64歳で熟成している年齢だが、沖縄の誇りを掲げる事で県民に頼り甲斐を感じさせた。仲井眞の爺臭さとは対極である。53歳の若さをアピールした下地なども翁長が引き寄せた強い流れに弾き出された。仲井眞も下地も完敗だった。翁長の圧勝はまともな政治の復元を意味した。政治は国民の為にやるのである。誇りの前に利権の誘惑は屈する。誇りは何よりも強い力である。誇りを掲げる政治家でなければもう生き残れない。

偽ユダヤによって政治は死んだ。中露連合が政治を蘇生させる。沖縄も蘇生した。これから政治はイメージが一新される。自公はもう無理である。選挙がうまい具合に続く。自公は消えて行く。

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