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不正選挙の最高峰はコンピュータープログラミングによる不正である。米議会の証言でプログラミングの専門家が不正の発見は不可能と証言していた。ブッシュの不正選挙の時の事である。ソースコードの開示で不正が分かるという話もあったが、どうも違うようである。国政選挙の巨大な開票事務も最終的には数字に帰着する。そこにコンピュータープログラミングが介在し、それは特定の誰かが担う事になる。数とは現象の抽象化である。現象は複雑だが数は一切の具体性を捨象する。ある人間は無数の具体性を持つが、1という数字に帰着させられる。現実実際と数は全く別物である。選挙の実際現実が示す国民の意思と数字は別物である。完全に公正な投開票が行われた時は国民の意思と数字がかなり一致するが、それも飽くまでも判断する人間側の問題である。公正な数字の比較を人間が見て国民の意思が分かる事になる。しかし数字自体は実際現実とは別物である。

数は事物の具体性を一切捨象するが、事物に1対1で対応する。数は高度な認識であるが、事物の正確な認識を誤らせる魔物でもある。高等数学の上に立脚する理論物理学も素粒子や宇宙の真実を表現できるとは限らない。ビッグバン宇宙論などは多分誤った認識である。数で事物の真実に迫ろうとする事自体が誤りである。

民主主義は選挙であり、選挙は数である。数の上に立脚する民主主義は根本的に脆弱である。国民の意思を数で表現する選挙には常に危うさが伴う。数を絶対視する事は民主主義の否定である。民が主である為には、数の上にある選挙民主主義を常に警戒心を持って見る事である。選挙民主主義の横にはいつも落とし穴が口を開いている。

コンピュータープログラマーは巨大選挙の巨大な投開票事務を、極端に言うと1人でプログラミングし結果を数として出すように仕掛ける。正しく仕掛けるか悪意を持って仕掛けるかはプログラマー次第である。プログラマーが邪悪な政治集団に取り込まれていれば、巨大選挙は民主主義の巨大な墓場になる。米の議会証言では「どのような選挙も投票用紙なくして、その正当性を検証することはできません。」となっている。コンピュータプログラミングの世界は一般世界とは隔絶した世界であり、そこに選挙民主主義の決着を委ねる事は民主主義の放棄に等しい。コンピュータープログラミングの正誤はプログラマー当人にしか分からない。もしかすると当人にすら分からない事だってあるだろう。バグの発生はいつでも起こり得る。

ムサシにお任せの選挙民主主義は不正選挙の奨励以外の何物でもない。数は民主主義にとって魔物である。コンピューターに乗っ取られた民主主義が日本の現実である。民が主である民主主義を実現するには、選挙は人間の手作業一本で貫く事である。法律で定めなくてはならない。

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