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昨日の夜のメッセージの段階では自民300超の前提で考えていたが、結局自民は291で前回295を下回った。それを補ったのが維新と公明の「健闘」であった。結局この仲間達で367である。維新は実に便利な道具である。自民を減らしても維新で補う。実質何の変化もない。自民320という予想まであったが、投票日は一部の地域を除いて晴れの天気だった。そしてマスコミの自民圧勝予測への大きな批判もあって、方針転換した可能性がある。微調整だが。それが維新、公明の健闘だったのではないか。仲間内のたらい回しで目くらましという事である。

いろんな人が今回の総選挙結果を総括しているが、まず押さえておかないといけないのは、今回の選挙は不正選挙であった事を前提にしなければならないという事である。目の前に突き付けられた数字の山を見て、これを前提に評価する人が多い。これは決定的過ちである。日本は小沢事件を機に完全にブラック国家になった。ブラック国家の国政選挙はブラック選挙である。これで衆参不正選挙3連続である。民主主義戦争のまともな戦いをやるには、ここからスタートしなければならない。不正の証拠があるとかないとかの問題ではない。ブラック国家はブラック選挙をやるのである。状況証拠は山の如し。最も注目すべきはコンピューター選挙である。巨大な集計事務が完全にブラックボックスになっている。この時点で公正選挙の保証が完全に失われ、不正選挙を前提に考えなくてはならなくなっている。単純な理屈である。コンピューター選挙を頂点にして中間、末端の事務作業の一体化が謀られる。頂点があるから末端がある。末端を探し回ってもそこは無限の世界である。ごく一部の捜索だけでは全体の巨大犯罪を立証する事はできない。全体を立証するには頂点に攻め込まなければダメである。中央のコンピュータープログラムが完全に開示されなくては公正の保証にはならない。完全な開示と言っても本当に可能なのかと言う問題があり、そこの完全性が保証されなくては結局ダメという事で、コンピューター選挙は導入自体が公正選挙への挑戦という意味を持つ。コンピューター選挙を当たり前にやっている時点でアウトである。そこには公正の保証が無い。そんな選挙は無意味どころか有害である。コンピューター時代の民主主義、選挙は初めから戦争である。戦争に落とし込まれている認識を持つ事からスタートしなければならない。ほとんどの人がこの基本認識に欠けている。政治家は全てそうである。本当は政治家はコンピューター選挙について決定的問題提起をしなくてはならないのである。

コンピューターは驚異的能力があり、その驚異は民主主義にとって脅威である。何の疑問もなくコンピューター選挙をやっている今の日本は馬鹿丸出し。コンピューターにいいように民主主義を弄ばれているのである。コンピューターは選挙から一切排除する事が、コンピューター時代の民主主義の基本である。コンピューターは入ってはいけない領域がある。選挙は人間の手作業だけで行わなくてはならない。そこにも間違いや犯罪があるかも知れない。しかし、それは大した事ではない。人間のやる犯罪は高が知れている。コンピューターの能力は神に等しい。その神を人間が利用すると悪魔になる。選挙は人間のやる行いである。神も悪魔も入るべからず。

日本は選挙は全て人間の手作業で行うという事を世界に先駆けて決めるべきである。これに反対する者は悪魔の仲間である。世界中が同じやり方にすべきである。コンピューター選挙などやっている所は少ないだろうが。コンピューター時代の民主主義のあり方を今こそ確定しなければならない。

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