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選挙管理委員会には中央と地方公共団体の2つがあり、国民は地方公共団体に対して監視する事ができる。不正選挙は中央と地方が一体となって行う。国民は中央には監視の権限はないが、地方にはある。国民が地方を押さえてしまうと、中央がどう画策しようが不正選挙の実行は不可能になる。国民は自らの力で権力による不正選挙実行を阻止する事ができる。こういう法的構造がある事を主権者国民は知る必要がある。

国政選挙は国家の巨大利権を巡る戦いであり、本質に於いて戦争である。戦争に正義もルールもない。選挙は主権者国民の監視が無い場合、この戦争の本性が出て来る。現在のように国民監視が機能していない状況では間違いなく権力側による選管のブラック化が起きる。選挙は与野党の戦いを表の顔とし、裏の本当の顔はブラック政党と国民の戦いである。与野党の分裂は見せかけである。本物の野党は不正選挙で潰せばいい。残ったのは偽物野党という事になる。不正選挙で維持されたブラック政権は野党にも餌を撒いてブラック化して行く。現在の国会はブラック政党だらけであり、選挙管理委員会はこのブラック政党が作るのであるからもうめちゃくちゃである。国民の無関心、無監視が如何に恐るべき事態を招くかという事を、今こそ国民は認識を新たにする必要がある。

国民はブラック権力によって奪われた民主主義を取り戻さなくてはならない。安倍の「日本を取り戻す」ではなく、「国民は民主主義を取り戻す」という事である。敵は国家の巨大利権で得た巨大資金でブラックマスコミ、ブラック選管を生み出している。国民には大変なハンデである。しかし、国民の民主主義奪回エネルギーを一箇所に集中できれば、この巨大ハンデも乗り越える事ができる。

今回の不正選挙で得られたブラック選管動画は、このエネルギー集中に決定的ヒントを与えてくれた。選管職員による不正選挙の現行犯逮捕に等しい決定的証拠となった動画である。同一筆跡と思われる大量の偽票が撮影できても、ブラック選管やブラック体制を相手に正義を貫く事は無理と見なくてはならない。しかし、ブラック選管職員の国民監視の権利蹂躙の動画は正に現行犯逮捕である。この動画によって最早同じ事はできなくなる。選管という組織は国民と向き合わざるを得ない組織である。選挙は国民が投票するもので、その場所を選管が管理する。否が応でも選管は国民と直に向き合う。投票所=開票所なら有権者も監視し易いが、何故か開票所は別にある。この時点で国民の監視が難しくなる。しかしそれでも国民が意を決すれば監視は簡単である。開票所も投票所と同じく選管は国民と直に接する事になる。絶対公正が選管に課された使命である。国民の目を遠ざけるなどと言う事はあり得ない。不正選挙実行者は死刑である。不正選挙の罪の大きさは途轍もないもので、選管が選挙事務のスムーズな遂行を理由に国民の監視権を不当に制限する事は、自らブラック選管を証明する事になる。国民と接する事が宿命付けられている選管は根本的に脆いものである。だから国民が意を決して監視行動を取り始めるとどうにもならない。今回の動画撮影はたった一人の行動であった。これが多数の行動だったならば、選管はお手上げだった筈である。

開票が多数の国民の監視の目に曝されるとこれまではできた不正が不可能になる。国民側にとって大事な事は多数の目である。どの開票所にも必ず多数の監視の目がある事が必要である。大変な事ではある。しかし、不正選挙の結果は国民に被害が及ぶ。国民は自分が馬鹿な目に遭わないように意を決して開票所を監視する必要があるのである。投票に行くなら監視にも行けという事である。投票は選挙の半分。監視までやって選挙なのである。監視こそが選挙の本質である。国民の選挙に対する意識革命が必要だ。清い一票だけで選挙が終わるのではない。選管をブラック選管にしないように監視する事が何より重要である。市民運動をやっている人々は率先してこの監視行動に繰り出すべきである。民主主義を守るのは国民自身である。清い一票はどこまでも清くあらしめねばならない。その為に徹底した監視が必要になる。選管は脆い組織であるから、国民が意を決すれば監視は簡単である。末端を国民が押さえてしまえば、中央の不正画策は実行不可能になる。ブラックマスコミも何もできなくなる。結果として公正選挙が実現する。国民は選管を押さえてしまえばいいのである。民主主義は国民自らの手の中にあった。

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