全体表示

[ リスト ]

新年の第一声です。民主主義定着が小沢一郎のライフワークですが、その為には選挙が公正でなくてはなりません。不正選挙ができる状況では民主主義定着はありません。選挙は国家の巨大利権を巡る争いが本質です。よって選挙は公正にしなければ、国民は不幸貧困に落とし込まれます。選挙は政党や候補者の為にあるものではない。国民が投票するのだから国民自身の為にあるものである。しかし、選挙は結果が全て。開票して結果を出すのは国民ではない。公正に開票して集計してくれるのだろうか。ここが選挙に於ける最大の問題点となる。しかし、この問題点は開票側に全く不問にされている。開票集計する公的機関は公正で正しいと自画自賛している。しかし、公的機関の象徴のような検察が小沢事件で正体を曝した。最高裁の不正も露わになった。凡そ公的機関なるものは巨大利権組織であり、諸外国の役人の腐敗はよく聞くところである。検察最高裁の露わは日本の公的機関の正体を露わにした。日本は政治行政が悉く偽ユダヤ米の傀儡となっている。そんな公的機関が選挙の最重要部分である開票集計を一手に担っているのであるから、公正を所与のものと考える事などあり得ないという事である。

これまでの日本の選挙に於いては、選挙管理委員会が公正な機関という前提が当然のもにとしてあった。国民も何の疑問も感じる事はなかった。しかし、小沢事件によってこの前提は崩壊した。権力は牙を剥いたのである。権力が隠し持った本性を剥き出しにした。小沢事件も国政不正選挙も小沢一郎をターゲットにした点は同じである。小沢事件によって日本は明白なブラック国家になった。公的機関とはブラック機関である事を前提としなければならなくなった。本当にとんでもない事態である。しかし、人間の本性を見抜けばそれが普通の事と思えてくる。我々が見ているのは表面に過ぎない。奥にはドロドロが渦巻いている。ブラックマスコミは選挙のドロドロ部分を一切国民に見せない。マスコミがまともなら国民は一気に不正選挙に危機感を持つ。マスコミとは実に厄介な存在である。ネット言論はこの厄介な問題に取り組んでいる訳である。公正選挙はネット言論に懸っていると言っても過言ではない。強力な言論こそが民主主義を創り守るのである。

国民は公的機関の開票集計を見守っている訳にはいかない。つまり、公的機関の不正選挙の可能性を見守っている訳にはいかないのである。国民は公的機関を信用する事はできない。常に国民の監視の目が光っていないと、公的機関はブラック機関に堕する危険性がある。何と言っても巨大利権が関わっている。無条件の信用など与えられるものではない。巨大利権が関わっているから公的機関の開票集計には厳格な監視が必要である。それが開票監視Gメンの必要を呼ぶ。

選挙管理委員会は開票集計業務組織である。それと監視組織は別である。野球の試合は野球チームと審判団によって成り立つ。開票集計は業務組織、実行組織と監視組織で成り立つ。業務組織だけで厳格に管理すればいいというものではない。現在は総務省によって業務組織だけで開票集計を行わせている。国民には見守るという立場しか与えていない。ここが巨大不正選挙発生の根本原因である。野球の試合は最終的に審判団が成立の可否を決める。選挙も同じである。業務組織に選挙の成立を決めさせてはならないのである。監視組織が不正公正の最終判断をして選挙の成立の可否を決める。ブラックマスコミによる8時当確報道、大勢判明報道は不正選挙ほう助の意味が濃厚である。

選挙管理委員会と選挙監視委員会の2つの組織が選挙に於いては必要になる。選挙監視委員会は国民から希望者を募って全選挙区全開票所で監視の任に当たる。監視者は開票監視Gメンとして選挙を監視する権限を持つ。期日前投票の管理についても監視の必要がある。監視Gメンには大きな権限が付与される。選挙のあらゆる工程を国民に成り代わって監視できる。中央のホストコンピューターについても監視対象となる。監視Gメンを擁する選挙監視委員会こそが国民の負託を受けた選挙の真の主役である。これが存在しない事が国政不正選挙3連発の真の原因であった。

この記事に


.


みんなの更新記事