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モルドバという人口350万の東欧の国があるが、ロシアも関わる国内の独立問題があって政情は不安定だ。日本の外務省はそのモルドバの議会選挙(2014年11月30日)に選挙監視員2名を派遣した。国際監視団の一員という形である。日本政府は外国ではこういう具合に「選挙の公正な実施を支援するため」(外務省)として、選挙監視というものを行っている。民間の動きもある。台湾の選挙はいろいろ問題があるようで、2012年1月15日に公正選挙監視委員会が記者会見を開いていて、ここに日本からあの櫻井よしこ嬢も参加されている。公正な選挙が疑われれば、選挙監視という動きが起こるのは当たり前で、それは官民を問わない。不正選挙は民主主義破壊である。官も民もなく立ち上がらなくてはならない。

しかし、選挙監視というのは臨時にやるものだろうか。公正が疑われた時だけのものであろうか。選挙関係者には巨大利権を巡る争いが選挙というものである。不正は常に起こり得ると考えるのが当然である。選挙は権力側が予算を計上して行う。選挙はそもそも権力側の支配下にあると見なくてはならない。権力側は永遠に権力を維持したい。永遠に巨大利権を享受したい。選挙が公正である環境はそもそも存在しない。選挙を巡る環境は常に危うい。選挙管理委員会は権力側が組織する。権力側に都合のいい管理が行われる恐れが常にある。これは国民主権にとって脅威以外の何物でもない。選挙管理委員会に選挙をお任せという事は、国民主権の放棄である。

選挙の環境は常に危うい。国民主権が保障される為には選挙の監視が必要になる。不正が疑われる時だけ選挙監視の必要が出るという事ではなく、選挙には常時監視の必要があるという事である。つまり、選挙管理委員会と選挙監視委員会の2つが存在しなくては公正な選挙を保障する体制とは言えないという事である。政府の使うお金は国民のものであり、国民主権を保障する為に選挙監視委員会を政府機関として常設しなければならない。この委員会が政府の支配下にあったのでは話にならない。政府からは独立して監視活動が行われるようにしなくてはならない。民主主義は政府の支配下にあってはならない。選挙監視委員会を独立機関とする為の工夫が不可欠である。

それは難しい事ではない。国民が全開票所で基本的に誰でも自由に開票の監視が行えるようにすればいい。選挙監視委員会が国民に開票の監視を行うように選挙期間中しっかりと啓発広報すればいい。国民は自分の生活が懸かる選挙の公正には大いなる関心を払う筈である。多数の国民が全開票所に監視の為に足を運ぶだろう。そもそも国民が選挙は監視するものという意識を持つ事自体が革命である。この革命が民主主義革命である。政府権力を超える国民主権の地位を保障する意識革命である。国民主権を保障する為に作られる選挙監視委員会に予算がつけられるのは当然である。一回の国政選挙に700億円が使われるそうだが、選挙監視委員会の為の予算も計上されなくてはならない。民主主義確立の為の不可欠予算である。

選挙管理委員会と同じように選挙監視委員会にも中央と地方の組織を作り、国民の監視参加を求め、最終的に中央で公正か不正かの判断を下し、選挙成立の可否を決する。この組織が政府に支配下に決して置かれないようにしなくてはならない。選挙監視は一国の問題ではなく国際的な共通項とする必要がある。例えばロシアの監視官が日本に来てもいい。国際的な監視制度で世界の民主主義を防衛する必要がある。選挙監視委員会は選挙管理委員会より遥かに大きな枠組の中にある。プーチンに国連に国際選挙監視委員会創設を提唱してもらおう。

何故か見事に抜け落ちていた選挙監視委員会というものに、国民の意識を向けさせる事が何より重要である。選挙監視委員会の存在は選挙の公正が保障されていない事の証明である。そこに政府予算がつけられる事で国民主権が制度的に確立する。この政府予算は国民予算である。不当な減額は許されない。国民の厳重監視がある。政府は選管、国民は選監を持つのである。

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