全体表示

[ リスト ]

不正選挙はずっと川下部分を追及してきた訳だが、川上部分にとんでもないものがあった。気づいてみるとこれが如何にとんでもないものであったか本当に驚きである。欧州の大半が0、米も0。供託金があっても僅かな金額で10万円以内だ。もし欧州で日本みたいな300万円なんてのが出てきたら、きっと異様な目で見られるに違いない。300万円なんて空前絶後である。比例なら600万円。最早同じ星の国とは思えない。供託金の国際比較で日本の民主主義が完全に偽物である事が分かる。欧州の大半が0というのが兎に角強烈である。制度そのものがない。民主主義国家の国民は自由に立候補できるものなのである。どんな具体的状況であるのかは知らないが、供託金制度が存在しない事の根本的意味は間違いなく国民の自由な立候補権にある。

日本国民は未だこの経験がない。立候補するにはお金がかかるのは当然と思って来た。立候補するからにはその程度の金額を出せなくてどうするという感覚が国民にもあっただろう。政治家は組織力を持つもの。金ぐらい自由に工面できて当たり前。こんな常識が国民側にあった。世界最悪供託金制度をほとんど疑う事なく、その中で自ずからに考え方が作られる。1925年から始まった供託金制度である。もう90年の歴史である。国民のほとんど全てが生まれた時から世界最悪供託金制度の中で生きてきた。そりゃあ常識もおかしくなるというものである。川下の不正選挙すら日本ではついこの間まで口にする事を憚られる雰囲気があった。ましてや川上の不正選挙など一般国民は気づきようがなかったと言える。立候補者の問題であり、一般国民いは関係ない。国民が世界最悪供託金の事実を知らず、その意味も知らない。日本の不正選挙は既に川上から90年間も続いて来た訳である。川上が世界最悪なら川下も相当酷いだろう事は容易な想像である。実直な国民は何も知らず公正選挙を信じていた。衆参不正選挙の連発で川下の不正選挙については、多くの国民に疑念を抱かせる事になった。しかし不正選挙の川上には未だに無頓着である。日本国民が如何に民主主義的思考が希薄かという事である。個人主義の風土ではないゆえそうなってしまうのだが、もうここまで徹底的な不正選挙の事実を知ってしまえば放置する訳には行かない。民主主義は勝ち取るものという考えがあるが、正にそうである。日本国民は単に民主主義を与えられてきたに過ぎないから、権力側にいいように制度を弄られて来たのである。民主主義を機能させせなければ馬鹿を見るのは国民である。偽物を与えられていればいつまでも酷い生活を強いられる。民主主義は勝ち取らざるを得ないのである。お上意識があろうがなかろうが、民主主義は正しく機能させなければならない。国民主権を僅かばかりも傷つけるような不当な事は断じて許してはならない。

川下の不正選挙では主役はブラック選管であった。しかし川上の不正選挙の主役は世界最悪供託金の維持に貢献してきた全政党である。共産党は機関紙で不当な供託金制度を批判しながら、大幅に議席を伸ばして何億円もの供託金が返ってきたら、もう批判した事を忘れたのだろうか。全政党、全候補者は世界最悪供託金全廃を国民に対して公約すべきである。国民の自由な立候補権を妨害する世界最悪供託金は、国民主権の蹂躙以外の何物でもない。こんなものを放置してこれから先も世界最悪供託金を支払い続けるなら、政党も候補者も国民主権への侵害者になる。もうこれ以上世界最悪供託金を許してはならない。今後どういう態度を取るかで、政党と候補者の民主主義度が明確に分かる。この問題は政党の存続に関わる問題になる。

この記事に


.


みんなの更新記事