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世界最悪供託金は政治は権力者のものと言っている。生活者一般国民は権力者の政治に従順であればいいという事だ。選挙の意味を根底から否定する世界最悪供託金である。

そもそも権力者と一般国民は対立関係にある。一般国民は羊の群れであり、権力者は狼或いは番犬である。この羊の群れに主権者の地位を与えたのが民主主義である。土台無理な話という感じがある。理想論、絵空事を民主主義は言っている。形の上では選挙によって国民の代表が選ばれ、その中の更に代表者が権力を握るという事で国民が主権者という理屈ができ上がるが、国民が選ぶ代表者が世界最悪供託金によって著しく制限されれば理屈は土台から崩壊する。権力者が国民が選べる代表者を限定している。限定選挙、制限選挙である。初めから権力者に従順な代表者(候補者)しか舞台の上に上がれない。国民は偽代表者を選ばされる事になる。権力に対抗しているように見える野党だって、対抗のふりを演じている可能性がある。本気で対抗するなら世界最悪供託金は廃止しなければならない。国民に公約しなければならない。それをやらないという事は本気じゃない、対抗のふりをしているという事だ。世界最悪供託金制度を通過した偽代表者達は、与野党に関係なく特権的地位を与えられる。権力に対抗する筈の野党だって甘い汁を吸わされている。万年与党と万年野党で偽物政治ゲームを演じている。世界最悪供託金制度を認めて立候補する段階で既に民主主義は否定されてしまう。制度があって供託金を納めて立候補しても、世界最悪供託金制度廃止を国民に訴えなくてはならない。それでこそ本物の代表者候補者である。

世界最悪供託金制度廃止を公約する候補者だけが本物の国民の代表者である。公約しない者は全部偽物である。小沢太郎新党には是非ともこの公約を掲げて欲しい。生活者一般国民の注目を浴びる事は疑いない。国政の場で初めて世界最悪供託金制度廃止をぶち上げる事で、革命の火蓋が切って落とされる。一旦この事が国民の知る所となると、どの党も公約に追い込まれる。公約しない事は国民主権に反対していると宣言する事になる。とてもできる事ではない。三鷹市で世界最悪供託金制度廃止の意見書が可決された事がこの事を立証している。

選挙に於いて世界最悪供託金制度廃止問題はあらゆる問題に優先する問題となる。この問題を最初にぶち上げた政党が政治の主導権を握る事ができる。後追いで公約した政党は国民に疑われる。真っ先に手を上げた政党が国民の信頼を勝ち得る。世界の先進民主主義国は供託金制度が無い事を訴えれば、国民は一気に真相に気づく。国民の政治意識の革命が起きる。何故消費税が上げられるのか、何故原発が再稼動されるのか、何故TPPが強行されるのか、何故集団的自衛権なのか、何故辺野古強行なのか、全部理解できてくる。世界最悪供託金が権力に都合のいい候補者、政党しか出て来れないようにしていたのである。国民は騙されていた事に気づく。自公政権は足元から崩壊する。

小沢太郎新党よ、目の前の決定的武器を手にせよ。

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