全体表示

[ リスト ]

ポロシェンコが戒厳令を敷く可能性を示した。しかし、本当はそんな事はやりたくないとも。その理由が、民主主義を制限する事になるからと。戒厳令の敷かれた国に誰が行くだろうかとも。ポロシェンコのウクライナって民主主義国だったのか。クーデターで権力を奪取しても民主主義国を名乗れたのか。新たな発見だ。確かに議会の選挙も行われていたし、民主主義国である事を完全には否定できない。安倍の日本も同じだ。選挙は変わりなく行われている。国政不正選挙3連発ではあるが。民主主義にも偽物と本物がある。ポロシェンコも安倍も自分の国が民主主義国であると言う事はできる。世界がそれを嘘つけとも言わない。偽物であっても民主主義は民主主義という事なのだ。

最早民主主義というだけでは実態を表さなくなった。民主主義の全てがいいという事では全くない。偽物の民主主義は民主主義ではない。当たり前である。偽物のダイヤをダイヤとは言わない。不正選挙は選挙とは言わない。不正選挙は権力犯罪である。偽物の民主主義は民主主義ではない。じゃ何なのだ。命名の必要が出る。不正民主主義は変だし、適当な表現が見つからない。困った事だ。偽物としか言いようがない。

民主主義の一応チャンピオンと目されていたのが米である。世界中に民主主義を広める事を使命と己惚れていた国である。しかし今や世界中のまともな市民は米を民主主義国家とは思っていない。偽物である。米が偽物なのであるから、ウクライナも日本も米の傀儡国家として民主主義の本物国家である訳がない。G7の先進民主主義国家も実は偽物であるという結論になる。もうこうなるとこの地上に本物の民主主義国家を見つけ出すのは非常に難しい問題になる。あるかも知れないが、小さくひっそりと存在しているのかも知れない。

民主主義は本物である事が非常に難しい制度である。形だけ整えるのは簡単。形に中身を伴わせるのが困難なのである。権力の本質は強欲である。主権者国民の生み出す富を収奪する権力者という構造がある。形だけ整えても権力者は中身を伴わせない仕掛けを施す事ができる。米の大統領選挙など複雑な過程で、そういう仕掛けができるようになっている。米は供託金制度こそないが、他の方法で権力が偽ユダヤの手から離れないようになっている。米でも主権者国民など絵空事である。

権力の本質は下品である。民主主義の本質は上品である。形だけの民主主義では下品な権力が無実化する。下品な権力に対抗して民主主義に中身を伴わせなくてはならない。民主主義は下品な権力との戦いというマイナスから出発する。民主主義は偽物から出発するのである。偽物を本物にするのが民主主義の戦いである。

世界最悪ブラック供託金という下品極まりない制度がある日本である。偽物民主主義を自ら制度化している下品な国家である。これでG7の一国と言うのであるから、G7も恥ずかしい偽物集団である。力を失うのも当然である。日本は本来清貧の国である。世界で最も上品な国家である。下品な制度を撤廃すれば立ちどころに本来の上品さが蘇る。日本は世界で最も上品な民主主義国家になる可能性がある。一般国民の政治参加の扉を完全に開ければ可能である。

この記事に


.


みんなの更新記事