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政治で最も重要なものとは何だろうか。政治には国家検定もない。安倍のようなウマシカでも国会議員になれる。挙句に総理大臣である。政治とは一体何なのかという根本の疑問がある。政治は一個の人間に例えるなら意思である。意志と言ってもいい。一個の人間が存在して、この人間が何をするという部分が国家の政治に相当する訳である。何をするかは何を考えるかであり、価値基準が問われ実行力が問われる。自分は何をしたいのか、何になりたいのか、生きている限り人間は常に判断を迫られる。国家も全く同じである。政治とは国家の意思であり意志である。

一個の人間の意思が自らの意思なのか、他からの強制なのかで全く違うものになる。本当はこうしたい、こうなりたいというのがあっても、いろんなしがらみで本音を曲げる事がある。寧ろその方が普通でさえある。国家に於いても全く同じである。本当に自分の意思なのかどうかが個人に於いても国家に於いても最も重要な事になる。個人も国家も他者他国との複雑な関係の中で生きていて、いつもいつも自分の意思を押し通す事ができるとは限らない。かなりの場合で逆になる事がある。その時でも自らの本当の意思を捨てない事ができるかが最終的に重要となる訳である。場合によっては自らの職どころか命さえ賭して自らの意思を貫く必要が出る事がある。この時逃げるのか逃げないのかで価値が決まる。自らの意思を捨てても構わないという人間もいる。自らの意思など初めから無かったという場合もある。人間は醜い存在でもある。自分さえ良ければいいという考えは相当一般的である。強い者に巻かれてもいい生活ができればいいという生き方もある。多くの人間が自分第一でそういう生き方をする。それはいい悪いの問題であるより、生き物の本能の問題であり、自然な成り行きと考え得る。

個人の場合は個人の自己決定権の行使の範囲であるから構わないのであるが、国家の場合はそうは行かない。国家の意思即ち政治の意思が生き物の本能レベルでは、国家国民全体が不幸に落とし込まれる。安倍などは正にその類である。他者他国の意思に従属し、自分の安全を第一とする事を自らの意思とする。こういう倒錯した意思を持つも者が政治をやる事があってはならない。政治とは意志の強さと言ってもいい。自らの真の意志を貫く強さが政治を目指す者の絶対要件である。

政治とは至って人間臭いものである。意志が強い弱いというのは幼稚園の頃から個人差がある。大人になり欲が絡めばますます個人差が大きくなる。政治では意志の強い人間が活躍しなければならない。意志の弱い人間は政治に参入してはならない。それは国家国民の不幸の原因になる。

人間集団には意志の強い人間が一定の割合で必ず存在する。天の配剤である。こういう人間の中から政治に適性を持つ者が出る。経済に向く者もいる。政治の才能者は必ず一定の割合で存在する。こういう人間を政治の場に送り込む体制が必要となる。これを阻んでいるのが世界最悪ブラック供託金である。政治の才能者は金銭に恵まれているとは限らない。才能はあれど物理的に政治に参入できない場合もある。総理大臣候補生は一般国民の中に潜在的に沢山埋もれている筈である。ブラック供託金によってほとんどが潜在能力を死なせてしまっている。

ブラック供託金体制の覇者である自民党は意志の弱い人間の巣窟である。意志の強い人間が現れれば、集団で排除に掛かる。意志の弱い人間の集団は縄張り化する。集団の利益を第一とし、国家国民の利益など目に入らなくなる。自分第一主義集団が自民党である。意志薄弱政党である。他国の意思を自らの意思とし、国民を騙し続ける。

政治とは自らの本当の意志を貫き通す事である。どんな妨害に遭っても負けない。そんな人間が必ず一定割合で国民の中に埋もれている。それを発掘しなければならないのである。世界最悪ブラック供託金が如何に政治に大罪を為しているか、それは国民自身の問題なのである。ブラック供託金廃止で政治の才能者を政治の舞台に引き上げなければならない。

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